アストラル体投射 10-3

ページ名:アストラル体投射 10-3

「光」は否定的な要素である


 完全な闇の中では、アストラル体は肉体から遥かに容易に分離できる。「光」はアストラル体を肉体へと堅固に縛る傾向があるものの、この事と関係無しに離脱は達成できるのも事実である。だが一般的に、最も熟練した離脱者のみが、これを行えるであろう。


 この事を知る事で、あなたは完全な闇の中で開発を試みるのが最良と信じるであろう。そして、多くのオカルティストらが助言しているのも事実である。だが私自身は、そのような助言はしない。完全な闇が初心者には最良の条件ではない多くの理由があるからだ。


 おそらく、あなたはこう言うだろう。「なぜかは知っているよ。離脱してからも、闇の中だと何も見れないからだろう」だが、そうではない。ひとたび離脱したらアストラル視覚は働き、肉眼では完全な闇である部屋も、もはや闇では無くなる――あなたはアストラル体の目を用いて、あらゆる場所に「霧のような」明りを見るだろうからだ。それはあなたが夢の中で見るようなもので、放散光と呼ぶ事が出来ようが、明るすぎるでもなく、暗すぎるでもなく、物質世界の物を通じて適切な光に見えるのだ。


 だがあなたは完全な闇の中で眠り、途中で起きた時に自分がどこにいるのか分からなくなった体験は無いだろうか? この状況で心に訪れた不快な効果を思い出せないだろうか? あなたは自分がどっちに向いているか気付かず、自分の頭がどこで足はどこか、ベッドがどちらに向いているか、部屋の扉はどこにあるかなどを考えた事を思い出すであろう。


 ほとんどの人々は完全な闇の中で目覚めて、自分の方向がわからなくなった体験を1度か2度はしているだろう。私の友人の1人が語った話では、彼が深夜に起きた時に自らが方向を見失って、部屋の扉へと向かうつもりだったのが反対側のドレッサーへと向かい、その扉を開けて中に入ろうと努め、その間自分が部屋の扉を開けていると思っていた! それでいて常に意識があったと主張している。それから彼は間違いに気づき、部屋を壁伝いに回っていき、やがては真の扉を見つけたのだった。


 あなたがベッドに横たわり、その頭もベッドの頭の方角に、足はベッドの足に、右側に窓が、左側に扉が、ドレッサーが片方の側にあるなどとしよう。言い方を変えれば、あなたは意識的に方角を知り自分の場所に気づきながらベッドに入ったとする。あなたは眠りに入り、後に目を覚まして、自分が実際の方角とは違った場所に横たわっていると考える。あなたは方向の感覚を失う。なぜか?


 それは完全な闇の中にあり、それによって方向の感覚を失うからだと考えられないだろうか? 眠りに入る前に真の場所を伝えていたあなたの意識は、左側にある扉へと導くのではないのか? これは視覚が無いからだとあなたは考えるか? そうならば、あなたが闇の中の部屋を進む時に、その方向を惑わすものは何か? この問題には一つの解決法がある。


 あなたがベッドに向かう時に意識的に自分の場所に気づくようにする。事実、それによってあなたは眠る前に起きてから、目をつぶってでも部屋を出る事もできよう――それは単純に、あなたが真の場所を「知り」、見る必要が無いからだ。では、しばらく寝てから起きたら、時には自分が違った場所にあると信じるのか? あなたは起きて、扉があると思う方向へと向かったら、そこにはドレッサーがある事もある。以前にはどこにいるか「知って」いて、目をつぶっても導けた意識に何が起きるのか? それは以下の様な事がしばしば起きている。


 あなたが眠ると、アストラル体が肉体から離脱し、肉体とは違った角度で横たわる事もある。眠っている最中に感覚は鋭く、心に体が違った角度で横たわっているという印象を与える。そしてあなたが肉体で目を覚ますと、アストラル体により作られた印象が心に残っていて、あなたが実際とは違った角度にあると考えさせる。そして見る事が出来ないので、あなたはそれを肯定も否定も出来ない。


 そのため、あなたは起き上がり、扉だと思っている場所へと向かう。そして代わりにドレッサーに行ったりする。そしてあなたは視覚や他の感覚によって、自分が惑わされていたと気付くまで、この印象の影響下にあるだろう。


 この点を別の方法により説明すると、ある人が道の真ん中で立っていたとして、目に覆いを与えても、彼はその前の方向を知っているだろう。この人は視覚に頼らずとも「知っている」。だがこの人を盲目にして、それからしばらく回転させたとしたら、自らの方向の感覚を失うだろう。そしてこれが睡眠中のアストラル体の動きが、肉体でもそうだと離脱者に信じさせ、実際にはそれはアストラル体のものなのである。


 完全な闇の中で眠っていて、途中で起きても自分が違った場所にあると考えるが、特に気にもせずにまた寝るだろう。この心の状態――自分が実際にあるのとは違った場所にあると考える――で外的な離脱にあり、突然にアストラル体を肉体へと引き戻す事が起きたとしたら、この人は肉体ではなく、潜在意識の意志がアストラル体をそれまで置いていた場所にいると「考えさせ」るだろう。


 そしてアストラル体の落下と関連する落ちる夢を見て、この人は自分が粉々にされ、恐ろしい悪夢を見たと考えるだろう。だが通常はその前に潜在意識はこの示唆を取りやめ、表層意識はこの示唆が間違いで、肉体はその場所には無かったと気付くだろう。勿論、これは滅多にある事ではないが、心は実際に自らを欺く事もでき、そう働く事もある。誰も心が何をなすかを「明確に」知る事はない。だが落ちる夢を見て、実際に地面でバラバラにされた所まで経験している僅かなケースの記録があると私は信じている。私自身、そのような特別な夢をいくらかは経験しており、それらが事実であると考えさせている。


 また完全な闇の別の望まない効果としては、心にある種の抵抗を作る事がある。そしてこれは、完全な闇の中で暴力的な引き戻しを経験し、自らの方向の感覚を失うならば特に事実である。真に不快なものがあるとすれば、それは恐ろしい夢を伴う暴力的な引き戻しであり、意識を取り戻しても自分の真の場所を見たり気付いたり出来ない事である。


 特に初心者、さらにそれよりも神経質な人への私の助言は、寝室に入る際に常に充分な明りを付けておき、あなたが起きた時にも部屋の周囲の家具の配置から、自らの場所を即座に理解できるようにする事である。あなたが望まない事があるとすれば、それは自らの方向の感覚を失う事である。それは肉体のみならずアストラル体にも影響を与える事が多く、さらに時には潜在意識の心にも影響を与える事もある。私は確信しているが、夜明けの薄明かりはアストラル体投射の実践では最良の光の条件であると、あなたも見い出すであろう。


余分な光による肉体への再合一


 私が「光」と関連して、かつて経験した興味深い体験をここで話すとしよう。私がいつも寝る部屋には窓があり、それは街灯と直接向き合っていた。ベッドに横たわると、私は窓を通じて街灯の光を見る事ができ、この光は寝室へと差し込んでいた。電気会社によって一年の期間により、時にはいつもよりも一時間ほど灯りは遅れる事もあった。


 ある夜、私は灯りがまだ点いていない時に寝室で眠り、意識的な離脱を生み出すのに成功した。私のアストラル体は肉体から上昇し、2フィートほど離れた。だがまさにこの時に、部屋に灯りの光が流れ込んだ! するとアストラル体は肉体へと向かって「ビュン」という音と共に落ちていき、引き戻された。この「ビュン」はこれまで聞いた事のないほど長い音で、それは騒音を「感じる」かのように、我が頭蓋骨の中の脳に響いた。


 あなたはハワイアン ギターの弦で鋼鉄が流れる音を聴いた事があるだろうか? まさにそのような音であり、再合一の時によく起きる。このケースからあなたは、過剰な光の問題を見る事ができるだろう。さらに興味深い話を加えると、悪夢に苦しむ多くの人々は、明りの付いた部屋で寝ているからだと気付き、消すと問題が消え去っている。このように「光」の問題は多いのである。


 キャリントン氏が引用するランセリン氏によると、さらにアストラル体投射へ影響する要素を数え挙げている。私は個人的にはこれらの経験は無いが、あなた自身の開発に影響を与えるのに価値があると思うので、ここで転載するとしよう。


 湿気:周囲の空気は乾いて清潔で、気圧は高い方がいい。
 空中の電気:高いならば、体験するのに不都合である。
 性:男性の方が離脱しやすく、女性は受容的、あるいは霊を「見る」のに適している。
 世話:可能ならば、離脱者や見霊者は独りの方が良い。


 ここでの「世話」とは、実験が共同で行われる場合にのみ関連している。ここでは、離脱者は見霊者の前に現れようと試みたり、共感的な友人らの前で現れると、離脱の成功に利益があると信じるという類である。


 私が信じるに、一般的にあなたが試みようとする事を他者に話す事は何の利益も無いと、あなたは見い出すであろう! 他者が助けとなるのは、彼らが霊媒でもない限り、寝ている時だけだからだ! これは「ジョニー、お前が良い子なのは、寝ている時だ」という言葉を思い出させる。


 他者が離脱者の傍で寝ていると、力を与えるように思える「理由」を説明する事はできないが、個人的にこれは事実だと私は知っている。また起きている他者の存在が離脱者の傍にいると(彼らが霊媒でない限りは)、どれだけ静かにしていても、離脱に反発する力となる傾向があるのも私は知っている。


テレパシーによる引き戻し


 ここで、私が最初に偶然に体験し、それから意図的に2人の違った人物と試みて、いずれも成功した小さな実験について述べよう。ある気だるい午後に、私の12歳だった弟が、ベッドに横たわって昼寝をしようとしていた。そして私も弟に習おうと考え、その隣で寝た。


 我々の間は1フィート(約30センチ)ほど離れていて、両方とも眠りに入っていった。私はアストラル体投射について考えていた。離脱しようと意図していたのではなく、心をリラックスさせた状態で、私がよく体験していた一見して奇跡と思えるこの現象について考えを巡らしていた。


 我が心は緊張からは遥かに離れていて、さらに私の隣で寝ている弟に対しても離れていた。私が思い出すに、その時はアストラル体がどのように肉体から離脱するかについて軽く考えていた。関連した言葉が自然と心に浮かんでいた。そして、アストラル体がよく引き戻される事について考えると、すぐに私の弟に暴力的な引き戻しがあった。


 これが1度のみだとしたら単なる偶然だろうが、これは何度も起きたならば、他人の考えがアストラル体の動きに影響を与えられるという根拠があるだろう。そのため、これが偶然かを確認するために、私は同じ条件を再び作って試してみると、同じ結果を得た。


 それから私はこの条件のバリエーションも試してみて、私の弟が寝る時に隣に横たわり、意志の努力によって、アストラル体が肉体から「跳ねる」ように努めた。我が心での強制的な示唆により、弟のアストラル体を肉体から離脱させようとした。だが、これは「働かなかった」。強制的、意識的な思考は、離脱や引き戻しに対しての軽く静かな――どうでもよいと言えよう――考えの時と同じ効果をもたなかった。


 それから私は同じ実験を2人の友人にも行い、同じ結果を得た。離脱と引き戻しへの軽くて静かな思考では、引き戻しの結果を生み、意志的で緊張した思考では、何の効果も生み出さなかった。


 この対象者は睡眠中は受容的なムードにあり、アストラル体は静けさの領域へと浮かんでいて、我が心から放たれる思考と調和していて、アストラル体の彼の心を調整し、我が心からの(テレパシーによる)印象を受ける。そして、我が思考が引き戻しへと向かうと、そのアストラル体も肉体へと戻っていくのであろう。


 私はほとんど誰でも2人の人間が、私が述べた事を正確に行うならば、この引き戻しを起こせると固く信じている。そしてアストラル体投射を試みようとする人が、共感的な友人の助けが欲しいと望むならば、それは最初に試みる際での最良の実践であるとも信じている。それは2人の心が調整されると、いわば「登録される」と言え、2人はより外的な試みへのルートを見つけられるからだ。私はここで再び、正確に従うべき実践について述べるとしよう。


 離脱者とその助手は、ベッドや試みをなす場所でお互いに横になる。夜に眠る前に行うのが最良である。離脱者は何を行うかについては考えず、自然と眠るようにする。一方で助手は心の中で、離脱者のアストラル体が肉体から起き上がるという事に集中する。


 そして助手の心には緊張が一切あってはならず、離脱者のアストラル体が肉体から3、4インチ(約7から10センチ)ほど離脱する――離脱者が眠りより「起き上がる」のみの――視覚イメージを浮かべるにすぎないようにする。そしてこの思考を強制せずに、ヴィジョンが自らと関連する思考も浮かぶようにさせ、それらはアストラル体についての事で、やがては引き戻しの考えともなる。この最後の思考の時に、離脱者は引き戻しがあるだろう。


 オカルト学に興味のある人ならば、これらを行うのに困難は無いだろう。離脱者と助手の間の調整は、離脱者が眠りから「起き上がる」時に起きて、助手の心の中でのイメージと一致して行うだろう。


 それにより、助手の心の状態が結果に影響を与える。助手はまず離脱者のアストラル体が静けさの領域にあるという考えとヴィジョンを保つようにし、それから引き戻しの考えへと変える。この引き戻しは酷いものではなく、瞬間程度の不快さしかない事に気づくであろう。


 だが私は、アストラル体の離脱の試みは、(本書を一読して)ひとたび正確に何をすべきかを知ったならば、助手を用いずに行うのを勧める。あなたがそうする事で、より強い自己制御、状況に対する自己の支配を開発させ、他者の心から放たれる意識、無意識の思考に影響されなくなるだろう。


 私は他者が自分の傍にいると、常に離脱が難しい事に気付いた。離脱者がアストラル体で意識を取り戻して最初に考える事は、自分が肉体にいるというものである。そして初めて離脱した際に、肉体の傍で動いているものがあるのを感じたら、すぐに肉体へと戻るのだ。


 事実、これは私が常に経験している事で、真の離脱者は誰であれ、離脱中に自分の肉体へと近づいて来るものかあれば信用しないと認めるだろうと私は信じている。そのため何年も私は鍵をかけた部屋でしか離脱しようとせず、そうする事で私は安全の心の感覚を得るのに気づいた。


 あなたもこれを試みる事で利益があるのに気づくだろう。あなたが「見霊者」を実験に参加させる必要がある時には、この見霊者を隣の部屋に留まらせて、離脱者に「触れない」ように参加者全員に理解させるようにする。キリストすらもマリアに「私に触れるな」と言っているのだ。おそらく、あなたはこの重要性について、ここまで極端にする理由を理解できないかもしれない。だがあなたが意識的な離脱を体験したならば、全ての一見して無関係に思える事も自明のものとなるだろう。


 またあなたが達成しようと試みる事を他人に話してはならない。これは価値のある助言である。おそらくあなたはこれも気付かないだろうが、あなたが真に離脱を望むならば、その望みを自らの中に留めておくのだ。これは「ストレス」となり、この「ストレス」は離脱を生み出す。離脱について話す事は、あなたの中のこの「ストレス」を解放する事になる*1


アストラル体投射 11
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。これは無論、「ニューソート」の教えと厳密に一致している。この教えても、この点を強調している。