アストラル体投射 10

ページ名:アストラル体投射 10

第10章


離脱の開発に用いるための適切な「ストレス」を決める


 今や我々は、何が睡眠中に潜在意識の意志にアストラル体を動かすよう刺激するかを理解したので、なすべき全ては睡眠中に潜在意識の心に浮かび上がり、留まるのに充分なだけ強い要素を開発する事である。


 この要素を選ぶ際には、まず最初に頭に浮かんだものではなく、分析をしてから個々のケースに適して――潜在意識の心で開発するのに難しすぎず――、離脱の法則と調和し、全く新しく始めるのではなく既に強く開発しているなどの要素を選ぶべきである。以下のような質問を自らに尋ねよ。私の夢の中でよく現れたり、起きている時にも心に浮かぶ欲望は何か? それを満たすためにアストラル体を動かす必要があるか? それは性の欲望か?(そうだとしたら、用いるべきではない――それは肉体の受動性を許したりはしないだろう)それは他の誰かに復讐をする欲望か?(そうだったら、開発しようと努めるべきではない)私が好む習慣はあるか? それは望ましい習慣か? その夢をよく見るか?(これは潜在意識の心に強く根差し、寝ている間に示唆するのを示すものである)それは我がルーチンの一部か? 我がルーチンを私は好まないか? などである。


 このように自らに尋ねるのは、どの要素が開発するのに最適か――あなたの特別な要求に最も適っているか――を決める為だけに行う。あなたがアストラル体投射のための必要条件を学んだならば、言うなれば、より科学的に要素を選ぶ事も出来るようになるだろう。あなたが開発しようと試みる要素を私が決めるわけにはいかないが、我が助言としては幾つかの理由から「渇き」を試みるのを勧める。


 その理由の第1は、あなたが数時間の僅かな努力で「渇き」を潜在意識の心に強く印象付けられるのに、なぜ数週間はかかるだろう潜在意識の心に強く印象付けられるだけの粘り強いルーチンの習慣を開発しようと努める必要があろうか? 第2に、渇きは満たされ「なくてはならない」。潜在意識はこれを知っており、水を得るために体を動かそうとあらゆる事をする――そのため肉体が動かせないならば、強い決意でアストラル体を離脱させようとするだろう(私はこの方法を後に詳しく説明するつもりである)。


無能力――アストラル体投射と肉体の夢遊病の本質的な違い


 あなたが行う特別な教授を与える前に、このプロセスの別の様相を学ぶのは不可欠である。我々は離脱のためには、潜在意識の意志がアストラル体を動かす考えを持つだけではなく、肉体が「無能力」(金縛り)にある必要もあるのを学んでいる。


 肉体を静める方法を学んだ後に、「ストレス」と「無能力」の両方を組み合わせる方法も学び、これらは望んだ結果――アストラル体投射をなすためには行う必要がある。あなたも思い出すだろうが、この肉体の「無能力」とは異常なまでに受動的、非活動的であり、潜在意識の意志が重なっている2つの体を動かそうとしても反応しないほど受動的な状態である。


 この状態になると、アストラル体は肉体から分離をする。まさに眠りから「起きる」ように、潜在意識の意志が体を動かそうとすると、霊体は静けさの領域で止まる事無く離脱するであろう。


 潜在意識の意志がアストラル体を動かそうとしても――つまり、示唆が浮かび上がり、霊体は静けさの領域にあっても、肉体が適切な受動性の状態に無ければ、霊体は肉体へと戻り、2つの体は共同して動くであろう。この時の意識は部分的だったり無意識だったりしよう。また、(部分的に意識があるならば)夢のように行動したり、欲望を満たそうとしたり、習慣に従ったりするだろう。これは「肉体の」夢遊病状態であり、アストラル体の夢遊病のように、途中で意識を取り戻すだろう。


 これらの唯一の違いは、片方では肉体は無能力状態にありアストラル体が離脱するが、もう片方は肉体は無能力状態になく、2つの体が共同して動く事である。夢遊病の研究は、アストラル体投射の意味合いを理解する助けともなる。これらには類似性があるからである。肉体もアストラル体と共に動くか、アストラル体のみが動くかの違いは1つの要素しかない。その要素とは肉体の「無能力」にあり、それを望むようにもたらすための特別な技法もある。


 この技法について説明する前に、まず最初に肉体の夢遊病の原因と継続性と、アストラル体投射の原因と継続性の類似性について見てみよう。これまで知られている限り、両方のケースでの原因は、潜在意識の表面に印象――習慣、欲望、夢の性質がある――が浮かび上がり、潜在意識の意志に示唆として働く事にある。


 霊体が離脱をしたり、肉体の眠りに入ったならば、心の状態は同じである。肉体は夢遊病者は――アストラル体の夢遊病者のように――心にある夢のように動く。この夢遊病者の動きは確実なものであり、それを観察する人はその制御する知性に驚く事だろう。


 この夢遊病者が別の人と出会っても、それを完全に無視するか、夢遊病者に部分的に意識があったとしたら、この人は夢の中の登場人物に加わるだろう。アストラル体でも似たような状態では、他の人物――地上のものにせよ霊にせよ――を夢の中で出会い、同様に夢の中の登場人物となる。私がインディアンを撃っていた夢を思い出してほしい。私の傍に立った「リトル プリースト」の事を!


 ある著者の知人についての話では、この人物は寝てから自分の店の扉をロックしようと夢遊病で彷徨い、さらに近くにいた警官にも止められたが、夢遊病状態でそこまで歩いていたという。


 我々はこの印象が潜在意識の心の表面に留まり、この人が寝ている間に潜在意識の意志を活性化させるかについて見る事ができる。肉体が無能力状態にあるならば、肉体ではなく、この人のアストラル体のみが店へのルートを旅していただろう。


 あなたは「このケースでは、欲望、習慣、夢による印象ではない」と言うかもしれない。だが実際にはそうなのだ! 夢見る者の心について考えると、この店の扉をロックしようとする「習慣」は明らかに止められている。また、店がロックされているかどうか知りたく、ロックされていないならばロックし直そうという欲望もあった。


 あなたは分析によって、「全て」の夢遊病と、全てのアストラル体投射が、同じ本質的な諸要素――適切な種類の欲望、習慣、夢――によって起こされている事に気づくだろう。夢遊病者の行動の研究により、このどれへと導かれるかは知らなくても、欲望、習慣、適切な夢へと導く何らかの手がかりを見い出すだろう。


 そして強い習慣は霊体を離脱させたり、夢遊病者を動かしたりし、夢の示唆は、この習慣を満たす事から逸らすものすらも同様に働く。これは一般に起きている事であり、常にその時の最も強い示唆によりこの人の心は支配される。


 この事を示すのに、ある人が空腹のままでベッドで横たわったとしよう。この人の潜在意識の心の表面には食物への欲望が沸き上がり、留まるだろう。そしてこの欲望が充分に強いならば、「食物」への示唆が潜在意識の意志へ与えられるだろう。


 この人の肉体が無能力状態にないならば――そして、意識を取り戻さないならば――夢遊病状態となるだろう。そして肉体が無能力にあるならば、「食物」への示唆に支配されて離脱するだろう。他の夢の示唆が無かったり、食べるのを示唆する夢を見たり(ほとんどそうなるだろう)したら、この人はこの印象の支配下にあり続けて、台所、レストラン、パン屋などへと、心に浮かんできた食物の「相対的な思考」に基づいて、行くだろう。


 この欲望を満たそうとする途中で、部分的な意識状態(つまり夢の中)で心に別の印象がもたらされたならば、この人はこの食物の欲望を忘れて、何か別の事を行い始めるだろう。


 では、この人が「食物」への示唆の影響下で離脱するか、肉体が夢遊病状態にあり、その相対的な印象はパン屋であって、パン屋へと向かっていたとしよう。そして途中で銀行を通過し、そこではこの人は両替をしたり資産を置いていて、よく預金をする習慣があったとしよう。この習慣は彼を支配し、パン屋へと向かうのを続ける代わりに、銀行へと入ろうとするだろう。


 この人がアストラル体にあるならば、銀行の扉を通過してから、預金をした後にいつも辿るコースに従って出るだろう。この人が肉体の夢遊病状態にあったら、銀行の扉へと行くが、そこが閉まっていると夢に見て、振り返って家へと戻ろうとするだろう。この人は起きている時に動きを導く示唆のように、寝ている時にもその動きを導く示唆に従うだろう。


 ウォルシュ博士はこのように記している。「一部の人々には、夢遊病はほとんど同じように起きる。各状態で、あたかも演劇のように、あらゆる言葉、しぐさ、その他の行動が正確に同じように起きる。この発作の演劇の途中で不意に止められると、次の発作では止められた地点から続けるようになる。


 この点は医師チャーコット氏の扱ったケースでよく表されている。氏の患者は新聞配達員で、夢遊病状態にある時には自らが小説家だと信じていた。この患者は2、3ページほど書いてから、それらを取り上げると、発作は収まった。そして次の発作では、前に書き終えた続きから書き始めていた。」


 ここでもまた、我々は(書くという)欲望と習慣が原因となっているのを見る事ができる。また、肉体の夢遊病とアストラル体投射が同じ基盤の上に堅固にあるのも見てとれる。その違いは単に、アストラル体が活動ている間に、肉体もそれに伴うほどに充分に活性化しているか否かに過ぎない。


渇きにより起きたアストラル体投射


 飢えの適切な示唆によって、肉体の夢遊病やアストラル体の離脱が起きて、台所、レストラン、パン屋へと行くように、同じタイプの人物が「渇き」の示唆の下にあるならば、水飲み場や川やその他の欲望が満たされる場所へと行くだろう。


 この線で最初に実験をしていた時、つまり寝る前に自発的に水を飲む欲望を刺激した時、私はアストラル体の離脱をうまく引き起こす事が出来た。この欲望・ストレスを強めるために、私は実験のしばらく前から飲むのを止めて、また飲む事を考え、グラスに入れた水を凝視し、ほとんど自分の口へと付けようとしてから取り除くなどをする事で欲望を強めさせた。


 眠る前に、私は塩をスプーン8杯ほど飲み込むように自ら強制した。これはあなたも想像できるように厳しい試練であるが、それにより心に植え付けられる「ストレス」について考え、それによりたとえ睡眠が挟んでからも蓄積される、飲みたいという欲望について想像してみよう*1


 この方法による最初の離脱では、夢の中で私は意識を取り戻した。私は汚れた道を歩いている夢を見た。それは溶けそうなほどに暑い日だった。私は喉が渇いたが、飲む場所が見つけられずにいた。私は自らのシャツを脱いで、それを絞る事でそこに付いていた汗を飲もうとすらした。


 我が渇きは増大していた。私は衰弱し、太陽により盲目となった。そして最終的に私はある農家へとたどり着いた。そこには風車があった! 私はその下にある水槽へと全力で走っていったが、そこは空だった! 私はその上の風車を見上げるが、それは止まったままだった。もし動いていたら、水をポンプでくみ上げるだろうと知っていたので、私はよじ登って、風車の頂上に上がると、手で風車を動かそうとした。それにより、水槽に水が来たら飲もうと思った。


 私は風車にあった梯子を昇り始めるが、頂上に到着するとともに風車は急速に回転しはじめて、私の服を引っかけて、私を空中の外側へと投げ出した。私は空中を飛ぶのを(夢の中で)喜んだ。我が家の近くにある川へと速やかに向かっているのを見て、そこで水を飲めると思ったからだ。すぐに私は川のそばに来て、跪くと飲み始めた。この瞬間、私は明白な意識を取り戻して、自らがアストラル体でこの川岸にいるのに気づいた。そこは我が家から100ヤードほども離れておらず、釣りのために私はよくこの川に訪れていた。


 あなたはこの体験の中に、アストラル体投射と関連する幾つもの要素があるのに気づいただろう。まず水への欲望があり、夢の中で(風車を昇る事で)上昇し、(風車が服を引っかける事で)外側へと移動し、川の傍で意識を取り戻すが、そこでは私は釣りをする「習慣」があった。


 渇きのストレスを刺激する事で、私は先に述べた、キッチンへと行き(アストラルの)手で蛇口を開こうとして目覚めた体験を、何度か再現する事もできた。あなたがアストラル体である場所で意識を取り戻したならば、似たような条件では同じ場所で意識を取り戻す可能性が高い事を思い起こしてほしい。


渇きにより起きる肉体の夢遊病


 以下に述べる出来事は私の知り合いが体験をした事で、どのように渇きの「ストレス」がアストラル体投射と肉体の夢遊病を起こすかをよく示している。ある中年の男性がいて、元は多くの水を飲む習慣が無かったが、徐々に飲む欲望を強めていった。やがてはこの人は多く飲むようになり、最終的には寝ている最中に起きてもするようになった。


 この人はベッドから起きると、夢遊病の状態で靴を履いて、1階へと降りて、帽子をかぶると外へと出て、井戸のバケツを取ると水を汲んで、家へとそれを持ち帰ってから飲んでいた。これを毎夜、定期的に行っていた。


 そのため医者が呼ばれて、「神経の病」だと診断された。だがこの医者の処方を以てしても、この人の夢遊病は止まらなかった。最終的に別の医者も呼ばれて、この第2の医者はこの人の動きを毎夜観察し、その全ての詳細を記録した。


 やがてこの医者は水を飲みたいという患者の欲望が夢遊病の原因だと結論づけ、この人をさらに慎重に診断した結果、常に激しい渇きを伴う胃炎があるのを発見した。そしてこの胃炎を治療するとともに、この人物の水を求める激しい欲望も消えて、自然と夢遊病も止まったのだった。


 ある人に彷徨う激しい欲望、犯罪的な欲望などがあり、それを抑圧されていたら、それは寝ている間に活性化し、肉体として夢遊病となるか、アストラル体の離脱を起こして、この欲望を満たそうと試みるだろう。


 ウォルシュ博士はこう述べている。「一般的に夢遊病患者は無害で、自らの経験や内なる性質に従っている。私が以前に読んだある本では、昼間には最も温和な事務員が、夜には盗人となるというケースもあり、また別のケースではスティーブンソンの小説の有名なハイド氏のようなものもあった。これらのケースでは、昼間には抑圧されている強い夢、衝動によるものと言えよう。」


 そしてウォルシュ博士は正しい。これは寝ている間に活性化させる示唆によるものであり、アストラル体で離脱するか、肉体も伴っていくかは、一つの要素――「無能力」にのみ拠るのである。


アストラル体投射 10-2
↑ アストラル体投射


*1 言うまでも無いが、健康には多大に悪影響があるので、読者にはこの実践は勧められない。