アストラル体投射 6

ページ名:アストラル体投射 6

第6章


眠る目的*1


 「分離(separation)」と「非合一(discoincidence)」は、一般に概ね同じ意味で用いられているが、アストラル体の現象では実際には違った状態である。アストラル体は肉体から非合一状態となり、なおも分離はしていない事もあり、そのためこの2つの言葉には明白な違いがある。すなわち、アストラル体は肉体と1インチほど合一から離れていて、2つの体はなおも部分的には同じ空間を占めているが、これらの部分はお互いに合一していない状態である。


 あなたは「これが事実だとしたら、我々は既に知っているはずだ」と言うかもしれない。だが、私はこう反論しよう。実際に毎夜、あなたが眠る時には、あなたのアストラル体は僅かに肉体との合一から離れるのだ――おそらくは1インチにも満たないか、それ以上にだ。いずれにせよ、寝ている間には非合一がある。そしてこの非合一は微かなものであり、離脱はこの非合一の延長線上にあるにせよ、それにはほとんど寄与しない。普通の人、完全にアストラル体投射には「不感症」な人も、寝ている間には常に僅かに合一から離れるのだ。


 ヘレワード キャリントン氏は、著書で以下に述べた時に正鵠を得ていた。
「眠りについて過去には様々な説が出てきたが、完全に受け入れられた満足のいく説は無い。例えば、「化学説」では、起きている時に特定の毒性物質を身体は蓄積していて、寝ている間にそれらを解毒すると仮定している。他の説では、眠りは脳に血液を循環させる特別な状態のためとしている。さらに別の説では、特定の腺の働きで眠りを説明しようとする。また他の説では、筋肉のリラクゼーションのためとする。また他の説では、外的な刺激の欠如が、深い眠りを起こすのに充分としている。


 これらの説全ては、眠りの諸事実を説明するには充分ではない。我々は生命力、個々の人間の霊の存在を受け入れない限り、疑いなく、眠りについての満足のいく説に到達する事は無いだろう。この霊は寝ている間に概ねは離脱し、霊界に滞在している間に霊的な活性化、滋養を得ているのである。」


 眠りについて我々が理解していない一つの事があり、それは「無意識のプロセス」である。我々はどのようにして無意識がもたらされるのかを知らず、意識がどこへと消え去るのかも知らない。だが我々は眠りの目的を「知って」いる。あなたのアストラル体が常に肉体と合一していたら、「神経エネルギー」を活性化する事は決して無いだろう。我々はこの寝ている時の非合一を、自然な非合一と名付けられよう。ここでは誰もが「静けさの領域」へと赴く。ここでは自然の働き以外には肉体の活動は無いからである。あなたが他人の寝ている姿を(アストラル的に)見るならば、寝ている肉体と、その上に(おそらく僅かに1インチに満たないほどに)浮かぶアストラル体の姿を見る事だろう。私はここでは「自然な」眠りについてのみ語っている事を忘れないでほしい。


 通常、アストラル体が合一から僅かに離脱してから再合一しても、寝ていたり、静かに起き始めている人は気づく事は無い。また、このようにゆっくりと起きていると、これらを意識的に比較する事もできない。これらは通常は入眠時に起きて、先に述べたように、眠る人はほとんど気づくことが無く、感じたりもしない。これについてウォルシュ氏が述べた事を思い起こすとしよう。


「眠りは徐々に訪れ、筋肉はゆっくりとリラックスし、感覚は鈍くなっていく。多くの人々は眠る時には、穴に滑り落ちたり登ったりする感覚があり、時には目覚めが始まる。これらの人々は神経質なタイプであるが、疲弊や僅かな心身の不調も、この感覚を引き起こす事がある。入眠時に心理的に起きるこのセンセーションに注意を払う事で、筋肉のリラクゼーションとそれに伴う沈んだり滑ったりする感覚に気づく事も可能である。」


 さらに、あなたがこの入眠時の最後の瞬間まで意識があるなら、神経質や疲弊した人がしばしば行う、この分離の働きを感じる事もできよう。では、なぜ彼らは行うのか? なぜなら、アストラル体は寝ている間に、普遍的、宇宙的なエネルギー*2を充填するために、静けさの領域、合一から僅かに分離するように移動するからだ。神経質や疲弊した人は、この「コンデンサー」(アストラル体)は大いに働くようになる。つまり、神経がこのような状態では、アストラル体は容易に移動し、その後にすぐに無意識に陥るようになる。このように眠る人はアストラル体の移動を経験する。


 別の奇妙な感覚とともに、精神が現実にあるアストラル体で、沈んだり滑ったりする感覚を得る事がある。なぜなら、両方の体の感覚があり、肉体は下へと沈んでいるような感覚があるからであるが、実際にはアストラル体が上昇しているのである。眠っている人は勿論、自らが肉体にあると考えているが、実際にはそこから1インチに満たないほどに分離しているのである。


 ここで疑いなく、ある疑問があなたの心に浮かぶだろう。「アストラル体投射の働きがある間、眠っている人はアストラル体の分離の感覚を「感じる」だろうか?」 眠っている人は、何が起きているのかを知るためには、自然と意識がある必要がある。そしてこの人に、あるセンセーションがあり、それらの意味合いに慣れていたならば、アストラル体が緩められる「徴候」として常に認識するだろう。


 これらの「フィーリング」について知るためには、広範囲の離脱の体験をする必要はない。入眠状態でこれらを体験するたろうが、この人は自らに注意を向けて、眠ろうとする中で何が起きるかを見ようと努める必要がある。言い方を変えると、精神を緊張させる事なく、意識と無意識のバランス――僅かに意識の方に傾いて――を保つよう訓練する。そしてこの状態を入眠でもよく保つと、自らの霊体が静けさの領域へと入り、分離を感じるだろう。それらは通常は沈む感覚や、突然に空気が自らの体の中心の下、ほとんどが胃の下で濃縮される感覚がある。その後に、意識があるならば引き起こされる感情によって、僅かな体の引き戻しが起きる。


 さらに私が一つ読者の注意を向けたい事がある。潜在意識が広範囲な離脱を起こそうとする時に、アストラル体は強硬症に陥る。これは合一した時か、静けさの領域へと入った時に起きる。肉体と合一している時にアストラル体が強硬症に入ったら、肉体もまた強硬症に入るだろう。だが霊体が静けさの領域にある時に起きたら、肉体は強硬症には陥らない。これらは突然に起きたりはせず、ほとんど気づかないほどゆっくりと起きて、離脱者がそれらに気づくには、非常に感受性を強くする必要がある。


 あなたが入眠時にこの沈んだり滑ったりする感覚を経験し、驚いて(通常は飛びあがり)、自らがこの時に僅かに上昇したと考えるだろうが、あなたが慎重に精神の変化を観察したならば、意識はゆっくりと消えていくのに気づくだろう。ゆっくりと消えていき――ほとんど無くなり――それから滑る感覚と飛び上がる感覚が同時に起きて、あなたは再び意識を取り戻すだろう! だがあなたがこの瞬間に考えるならば、自らが意識があると確信しないだろう。これは「未知」の瞬間であり、この時に潜在意識は霊体を動かすのである。


夢の制御


 この時に多くの夢が心に沸き上がり、あなたはこれらを特定の夢へと制御する能力を得て、この夢の中でアストラル体を静けさの領域へと入らせるのではなく、動かし続ける事が出来るだろう。読者は本書を読み終える前に、アストラル離脱者が夢を見ていて、突然に意識を取り戻し、自らの体が夢に適した環境へと離脱しているのを見い出す方法を知るであろう。私はこれを何度も行っており、それらの例を後に述べるとしよう。よって、あなたも訓練によって、望んだ夢を作り出す事が出来よう。これは「真の夢」と呼ばれ、この夢の制御はアストラル体を離脱させる一つの方法である――また心地よい方法でもある。


 この主題について、ヘレワード キャリントン氏はこのように述べている。「また、「真の夢」を生み出せる実験もある。ここでは、あなたは眠りへと「落ちる」プロセス*3の中で自らを観察する、夢の状態へと通過する中で、意識を観察するのが非常に重要である。あなたがこの意識を観察する実験をするならば、徐々に眠りに落ちる時まで意識を保てるようになるだろう。そしてこの――眠りに向かう意識の――自己観察は、非常に興味深いものがある。


 あなたがこれを行うのに熟達したら、心の目で瞼の裏に特定のシーンを作り出し、堅固に保つようにせよ。そしてあなたが眠りに落ちると共に、このシーンも目の前で保ち、その最後の瞬間――あなたが眠りに落ちる直前――意識的に自らをこのシーンへと転移させる――言い方を変えると、絵の中へと足を踏み入れる。そして、あなたがこの必要な点まで自ら開発したならば、壊れない意識のまま夢の状態へと運ぶ事が出来るだろう。そしてこの方法によって、あなたは意識を完全に継続させ、意識に断絶は無く、この夢の絵の中へと足を踏み入れて、意識的に夢を見続ける。これが真の夢を見るプロセスであり、この夢が完全に起きたならば、あなたは眠っている間に起こった全ての事を完全に思い出せるであろう。」


 私はキャリントン氏が、この「真の夢」を見るための方法と、アストラル体を空間――夢の部分で演じる――へと離脱させるために用いる夢の制御の技法とが、どれだけほとんど完全に一致しているかを知っているかと思う。キャリントン氏の説明に対してさらに一歩、アストラル体を離脱させるために必要な事は、潜在意識が意識によって造られた夢に引き付けられるような「場面」を作る事である。後にあなたが離脱の技法と、離脱のために肯定的、有益な諸要素を誘引する方法を学んだならば、アストラル体を実際に夢から離脱させる事も出来るようになり、夢の働きの間で目覚めて知った全てを思い出すか、意識は幅広く目覚めるだろう。この場合、この夢は消え去って、あなたは肉体の外へと離脱しているのに気づくだろう。


 これらについて、あなたはヴァン エーデン博士が従って成功した方法を思い出すだろう。だが夢を作り出す際には慎重に行い、この夢は意識によって完全に考え抜かれたものにし、潜在意識が再創造できるようになるまで、繰り返し作成するようにする。そしてこの作り出す夢の性質は重要であり、アストラル体が自然と分離できる動きと照応した線で建てる必要がある。それにより、夢でのセンセーションも、アストラル体の動きにより作られるセンセーションと一致させ、アストラル体が目覚めるようになる。


 この夢の性質は、起こり得るものであり、夢を見ている人が感じるセンセーションは、離脱のセンセーションと一致したものである必要がある。それにより、分離が引き起こされたら、このセンセーションと感情は心地よいものとなり――霊体は意識を取り戻し始める。離脱の際に生み出される動きやセンセーションと同意する動きやセンセーションがある夢は、霊体を離脱させやすくするだろう。


 ここでの動きとは無論、夢の中での自己の動きの事である。夢の中での自己の動きは、常に夢に参加したものである必要がある――単に立って見ているだけではいけない。夢がこの性質であり、望みや抑圧された望みを中心としたものならば、(離脱のための)肯定的な諸要素はなおも強くなるだろう。後の章で私は、「夢の制御」によりアストラル体投射を生み出す、特別な教授も与えるつもりである。


 だがここで一つ警告がある! あなたが神経質、容易に影響されるタイプ、「意志」が欠落していたり、怖がりならば、またあなたが強迫観念に入りやすいと信じる理由があったり、不調和な環境で生きているならば、このアストラル体投射の実践を試みてはならない。あなたがこれらのタイプならば、決して「自らの内側について考え」たり、「眠りに落ちるプロセスを観察」したりしては「ならない」。そして自らの興味を「サイキック」文化ではなく、「世俗的な」文化へと向けるのだ。


「神経質」な被験者は、サイキック実験に最適である


 誰もが寝ている間は僅かに合一から離れる、つまりアストラル体が「静けさの領域」へと移動するものの、神経質な人は他の気質の人よりも素早く、容易に、大きく離脱する。結局のところ、気質は離脱で大きな役割を演じているからだ。神経質なタイプは肉体と強く結びついておらず、離脱に最適な人物である――もっとも、他のタイプは不感症と決めつけるわけにはいかないが。


 ヘレワード キャリントン氏はオカルトの全ての領域に精通しており、氏の著書の中にある、フランスの科学者、オカルティストのシャルル ランセリン博士の実験の要約を、本書全体で自由に引用しても問題は無かろう。


「実験のためには、正しい、あるいは適した気質の者を選ぶ必要があり、それらを見つけられなかったならば、実験は失敗しやすいか、部分的な成功しかしないだろう。この「気質」は、「人格」や心で作ったものと混同してはならない。気質は人体の主要なエレメント、器官、系により作り出される心理状態である*4


 気質には神経質、胆汁質、リンパ質、血質の4つの主要なタイプがある。それらのうちの神経質の人は、全ての種類のサイキック実験に最適である。胆汁質の人は最も受容的であり、血質の人は主観、客観の両方で幻覚に陥りやすく、リンパ質の人はあらゆる観点から、これら全てで最も適していない。


 無論、人の気質はこれら全てが混ざり合っているものである。これらの1つが純粋な状態の人は滅多には見つからない。だが、神経質が主要な人は――他の全てのサイキック実験と同様に――この試験に最も適している。次に、全ての人間には神経の力の特定の流れ、「神経活動の外延化」と呼ばれるものが常にあるが、「霊媒」や「サイキック」として知られるタイプの人物には、これは非常に明白となる。彼らからの流れる力は、生物計、筋力計などで知られる特別に作られた機械によって計測することもできる。


 この種の幾らかの機械は、フランスの実験者らにより発明されており、体の片方の側面から、さらに反対側からも放出される振動する力を示す。通常の人間は、これらの諸力は均等である。だがそうでない場合は、自らの周囲に奇妙な現象が起きやすい。これらの総体的な力は、先に述べた機械によって計測する事ができる。」


 ランセリンが指し示すように、全てのタイプの人の中に、宇宙的なエネルギー、あるいは力は入ったり出たりしているが、目を覚ましている時には、特に神経質なタイプには、外側へと流れる力が内側へと向かう力よりも強い。そして眠っている時には――コンデンサーを充填する自然な方法である――アストラル体のコンデンサーが肉体から分離する。そして神経質なタイプはより多くの量の再充填が必要なので、他のタイプよりも、合一状態からより容易に、素早く、大きな距離で分離するのである。


アストラル体投射 6-2
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。「眠りは自然な回復であるが、それがどのように行われるかは未知である」 R.J.A.ベリー、王立協会フェロー著「脳と精神」489ページより。
*2 キャリントン注。人間の体は休息と睡眠の間にエネルギーを充填するという、この理論については、拙著「Vitality, Fasting and Nuirition」(225 - 350ページ)や他の書(「A.S.P.R.ジャーナル」1908年4月号、「サイキック学年報」1908年8月など)の中で、かなりの長さで擁護している。この説をさらに述べると、人間の体は蒸気エンジンよりも電気モーターに似ており、一般の説(食物の中の化学物質の組み合わせが、体の生命エネルギーを補充する)は過ちである。実際には、休息や寝ている間に神経系は生命エネルギーを充填し、食物は壊れた繊維を補充するのに過ぎないのである。この説を支持する意見は、さらに(a)疲弊した場合、(b)日々の観察、から導かれる。これらは、どれだけ食物を食べても起き、このエネルギーを回復させるためには我々は寝る必要があり、どれだけの食物もこの眠りと取り替える事は出来ない――ゆえに人間の体は他の全ての機械とは違う。また(熱量計実験などの)生理学の諸事実は、一般に受け入れられている説と同様にこの説でも説明出来る事も指し示している。さらに、そのような説が事実ならば、通常の物質主義的な説では説明不能の多くのサイキック現象も説明できよう。(この説を詳細に擁護するために、読者にこれらを述べてきた。)アストラル体はこのエネルギーの「コンデンサー」、蓄積機、器であるという、マルドゥーン氏のこの考えは、この観点の拡張であり、アストラル体を神経系とこのエネルギーが生み出される宇宙的な貯蔵庫との間のリンクとしている。我々の諸理論は上手くかみ合っていており、超自然的な物理現象やアストラル体のリアリティーと仲介する働きを含めるために、生理学の一般理論は最終的にはこれらの線で修正されるべきであると私は感じざるを得ない。
*3 マルドゥーン注。ここで「眠りに落ちる」という表現を使うのは偶然なのか、それともこの落ちる感覚から来ているのか私は不思議に思う。
*4 キャリントン注。この引用はランセリン氏の観点の要約に過ぎない事を、読者は心に留める必要がある。