アストラル体投射 5-2

ページ名:アストラル体投射 5-2

複製された触覚


 先のヴァン エーデン博士の内容の中で、そこに含まれているある興味深い性質についても考えてみよう。博士が(夢の体あるいはアストラル体で)窓の傍に立って外を見ていると、犬が走ってきて、ガラス越しに博士を見てから、また走り去っている。アストラル体の博士を見ている事からして、明らかにこの犬はアストラル的に見ている。そして動物が人間のように行えない何の理由も無い。


 犬は特に微細な感覚を持っているように思える。私は感受性が高い犬の話を何度も聞いている。また私はかつて犬を飼っていた。実際、この犬はもう13歳になるが今でもいる。「ジャック」がその名前で、雑種犬であったが私には常に真の友である。私はアストラル体で離脱している最中にジャックが見れるかどうか試そうと思い、自室の隅に寝床を作っておいた。私はジャックが離脱中に干渉したり騒音を出したりせす、夜にこの部屋の扉に誰かが来たら唸るだろうと信頼していた。


 ジャックには一つだけ困ったことがあった。この犬はいびきを鳴らして寝ていた。そしてこの犬が寝ている間に私が「離脱」して、我が存在が犬を起こすかどうかである! そしてある夜、これは偶然だと思っているが、私は意識的に離脱をして、ジャックはまだ寝ていなかった。ジャックは部屋の床に立っていて、ベッドの私の肉体をじっと見ていた。あたかもベッドに飛び入って一緒に寝るのを許すのを待っているようだった。


 部屋の反対側から、アストラル体の私はジャックの注意を惹こうと試みた。私はこの犬の視野に入るようにと移動し、手招きをして呼んだ。だが犬の目はなおも肉体の私をじっと見ていた。一度は顔をアストラル体の私の方へと向けて、鼻を鳴らしたが、これは僅かな間のみであり、今の私自身よりも抜け殻の方を見るのを望んでいたように思えた。ジャックはこの抜け殻に私がいない事を感じてすらいないように思えた。


 だが最後に興味深い事が起きた。ジャックはベッドに飛び乗って、肉体の側面に近づいて、そこで丸くなった。そこで奇妙なことが起きた。犬の重量がベッドに加わった事で、バネによって私の肉体は僅かに上下に揺れたが、アストラル体の私も同じように上下に揺れて、アストラル体は立っていて、肉体は水平であるにもかかわらず、肉体と完全に調和して動いた。


 さらに最も驚くべき部分は、この犬は肉体のそばで丸まっていたが、アストラル体の自らのそばにも犬の感触があり、私が再び肉体に合一するまで、我がアストラル体の側面に犬の重量を感じてていた! この触れるフィーリングや感覚はどのように転移させられていたのだろうか? これは肉体で活動している時に感じるのと同じように、フィーリングの流れを通じて感じていた。これは離脱中には、まず肉体で起きて、ケーブルを経由してアストラル体にも伝わっていた。言い方を変えると、あなたがアストラル体にいる最中に肉体の感覚を感じたとしたら、あなたはコードの活動範囲内にいる事になる。そして、肉体での感覚を感じたとしたら、それは「力の線」を経由して、あなたが真に感じる場所であるアストラル体へと伝えられたのである。


 だがこれは触覚の特異性の1つに過ぎない――視覚の異常な働きのように、これらも(私の知る限りにおいて)コードの活動範囲内でのみ起きる。我々は視覚も、たとえ動いていても、肉体のものをアストラル体へと複製させられる事もある。先の例で、犬がベッドに飛び乗った重みで肉体が上下したのをアストラル体でも感じたようにである。


 私は長い間、コードの活動範囲内ならば、肉体が触れた部分がアストラル体の同じ部分でも感じるのを知っていたが、逆もまた可能であるのを聞いた。アストラル体の部分で触れたのが、肉体の同じ部分でも感じられるというものである。そして、一部の高名な権威者らは、これが事実であると見做しているようである。例えば以下の引用にあるようにである。


「私が行った実験では、催眠の示唆によって2つの体を部分的に分離させるのに成功した。その間、被験者は深いトランス状態にあり、アストラル体あるいはエーテル体の独立した存在は、その感受性と動性の働きにより証明されている。


 ゆえに、この内なる体がある程度は緩められた後、私はこの体に針で刺してみた。そして、刺したのは実際の肉体から数インチ離れていたにも関わらず、彼女の実際の肉体に刺されたような反応があった。


 私は肉体から6から8インチ(15から20センチ)離れたエーテル体の表面に針で刺してみたが、医学者からは感覚の「反響」として知られる現象により、肉体にも伝わり、被験者は実際に肉体そのものに刺された感触があった。」


 似たような実験は他にも行われており、これらのテストの結論を強化している。そしてキャリントン氏も著書「Higher Psychical Development(高次のサイキック開発)」で、以下のように述べている。


「あるフランスの実験では、感覚性と動性、つまり感覚の力と動力の外延化と彼らが呼ぶ多くの有用な実験がなされた。もし私がマッチ箱を動かそうと手を伸ばすならば、まず触れる必要があるだろう。だが、私が霊媒だったとしたら、我が手を半インチほどマッチ箱から離して置いたら、マッチ箱は動くだろう。それは真に動くのである――この場合の理論は、私の指からあるエネルギーが放出されて、指とマッチ箱の間の空間を繋げて、動かすのである。これは動力の投射である。


 一方で、私が自らの指を刺したら、その指が触れた部分のみを感じるだろう。だが――深い催眠とトランス状態での一部のケースで起きるように――肉体を超えて感覚性が投射されたならば、あなたが指から半インチほど離れた空間を刺しても、それを感じるだろう。そしてこれらがド ロシャス大佐や他の実験で行われた事なのである。彼らはアストラル体を肉体から離脱させて、いわば横に置いてから、この体を刺してみて、アストラル体の刺したどの部分も、元の肉体でも感じたと主張している。


 これは無論、昔の「魔女術」の伝説と酷似している。この伝説では魔女は犬や猫に化けているが、もしこの犬や猫が撃たれたり、目を抜き取られたりしたら、翌日には魔女の片目が無いのが見つかる――反響である! この驚くべき類似性は、奇妙で興味深いものである。」*1


 私はこれらについて、先に「実体化」との繋がりについてで述べており、あなたも思いおこすであろう。


 離脱した霊体がコードの活動範囲内にあるならば、肉体の部分の触覚がアストラル体の同じ部分でも感じることについては長い間知っていたが、逆の場合は私には「新しい知らせ」であった。そして、これらの実験の正当性について何の疑いも抱かないが、アストラル体は物質には触れられず知覚出来ないのに、どのように針がアストラル体を刺して、それを感じられるかは理解出来ないと告白せざるを得ない。この感覚性の「反響」を発見した実験者らは、科学者であり、信頼が出来る人物であるのを思い起こしてほしい。非物質であるアストラル体に針がどのように実際に接触できるのかを私が理解できない事は、これらの主張への何の論駁にもなっていない。


 この問題を解決するために、幾らかの純粋に理論的な説明が私の心に浮かんでくる。これらの内容を読んでいると、被験者は催眠状態下にあり、この感覚の反響は、この条件だからもたらされたのではないかと思える。また、この示唆や催眠無しに離脱した場合には、似たような事が起きないのではないかとも思える。


霊体は針先を感じる事無く通過できる


 2年ほど前に、このアストラル体に針を刺す事での感覚の反響についての内容を、私は初めて読んだ。そして私も粗雑な「刺す」テストをやってみた。ベッドの長さほどのボードを用意して、幾つかの針をそこに外向きに置いていって、私が眠る場所から80インチ(約2メートル)ほど直上に、針が下を向くようにしてこのボードを設置した。


 私がこの実験を試みようとした期間に、1つの離脱に成功し、また意図しない離脱も経験した。分離は広範囲のものではなかったものの、私はこのボードを少しも感じる事無く通過した。この理由から、フランスの実験者らが得た感覚の反響は、催眠によって引き起こされたものではないかと私は推測するようになった。だが私が間違っている可能性についても、全く認めている。では次に、これが催眠による感覚の欺きによるものかを見てみよう。私は以下において、L.A.ハーレードン教授の論文を引用しよう。


催眠トランス状態での感覚の欺き


「この状態(催眠トランス)が完成すると、被験者の精神は、催眠術師により示唆がなされて活動を引き起こされるまでは睡眠状態に留まる。そして被験者は、蒸気機関車が運転手の操作に従うように、催眠術師に自動的に反応するようになる。被験者は無論、この時には考える自動人形に過ぎない。自らを構成するあらゆる概念を支配するのを止め、事実を意識的に判断する力も無くなる。なぜなら、それらを比較する能力が無くなるからである。


 そのため、被験者は楽器のように操られる――考え、感じ、行動するのは、催眠術師が望むように考え、感じ、行動する。だがこれらは表される事はない。それは、自らの意志が催眠術師の直接的な支配下に置かれるからではなく、その意志は停止し、全ての精神活動が催眠術師が彼の意識に印象付けるよう選んだ示唆によって操られるからである。


 被験者の自己制御の力を失った精神は、どの支配しようとする考えのくびきも払う事が出来なくなる。暴君的であるが、その命令を実行せざるを得ない。常識のテストに適うよう判断する事もできずに、全てを受け入れるしかなくなる。この精神は何の事実も、たとえ最も親しいものすらも思い出せず、それらを掴む範囲外へと去るのである。」


 別の箇所でもハーレードン教授はこう述べている。「感覚と知覚の器官の全ては、被験者に与えられる示唆を伝えるチャンネルとなる。多くの場合、見たり動いたりする事で、催眠術師は被験者に示唆を伝える事ができ、それは語られた場合のように強力なものである。」被験者が深い催眠状態にあると、針を肌の上を走らせても、被験者にそれを感じないと示唆したならば、そうなるのである。


 次に、もし針をアストラル体(催眠の影響下で離脱させた体)の占める空間で刺したならば、被験者の肉体で痛みを感じさせられない事があろうか? 我々は既にアストラル体、ケーブル、肉体に同時に存在できる感覚の流れについて学んでいる。そのため、想像された痛みすらも、被験者には想像「しなかった」リアルとして体験でき、複製された感覚を通じて、肉体でも感じるであろう。


 ここで私が疑問に思うのは、被験者は催眠術師の制御下にありつつも通常の意識だったのか、それとも欺瞞的、幻覚的、妄想的だったのかである。私は後者だったのではないかと思う。実際にアストラル体の感覚の部分に針を刺しても、被験者に通常の意識があるならば、そこで感じたであろう。だが、催眠術師がアストラル体が占める場所を刺しても、そこで感じないと示唆したならば、この同じ感覚の反響が起きたのではないかと思う。


 個人的には、どのようにして被験者自身が離脱中に何が起きているかを真の意味合いを理解し、それでいて催眠の影響下にあるかを理解できない。ほとんどのフランスの実験は、催眠下の霊媒を通じて行われているが、霊体の通常の状態でもこのような結果が出るかは私は何とも言えない。


 だが私が感覚の反響について断言できるのは、これらは全て私の推測であるという事である。実際問題、私は催眠術で引き起こされるアストラル体投射についての何の権威でもない。だがアストラル体に物が触れる事による、アストラル体から肉体への感覚の反響を、私は「一度も」経験した事が無い――もっとも、アストラル体の引き戻し「自身」はよくある事である。


 霊体が「力の線」の末端で実体化し、残された肉体に針を刺したとしたら、複製された感覚を通じて、霊体にも痛みが伝わるだろう。これは論理的にあり得る事である。一方で針を非物質的な体に刺して、針がアストラル体と触れずにいても、痛みを感じるのは(私には)あり得そうにない。離脱したアストラル体に針を刺したら、実際に感覚と接するという、この理論が真実であると仮定するとしよう。そうだとしたらアストラル体は、常に「鋭い」物を観察して避け続けなくてはならないのだろうか? もしそうしなかったら、この鋭い物は離脱者の感覚と接するであろう! この理論には何かが間違っている。私はこれは感覚の欺きであると信じている。


 だが、(フランスの権威者らが主張するような)感覚の反響は不可能というのは、特にそれがこのような高名な人々が真実であると宣言するならば、愚の骨頂であろう。だが私が一つ確実に思えるのは、そのような感覚の反響が起きるとしたら、それは霊体がコードの活動範囲内である必要がある。


 再び「コードの活動範囲」について思い起こすとしよう。これはほとんど分離する間際の範囲であり、アストラルの「力の線」は活動していて、最も細い大きさとなる場所である。さらに、押したり引いたりする圧力があり、複製された感覚は伝達し、複製された動きもそこにあり、強硬症はほとんど常にあり、アストラル体の不安定は通常の事であり、呼吸や心拍がケーブルを活動させ、アストラル体の引き戻しも起こり得る。簡潔に言うと、分離した状態でも霊体は完全に自由ではなく、異常な体験が存在しうる領域である。ここでは霊体は分離するものの、なおも肉体の部分と繋がりがあり、「力の線」の媒体を通じてであるが、これは離脱者の状態に応じて概ね堅固にある。


アストラル体投射 5-3
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。この「反響」の奇妙な内容の多くの例を、Adolphe D`Assierの著書「Posthumous Humanity」で読者は見つけるだろう。この本では、このようなケースと「魔女術」の一部の現象とを関連付けようと試みている。また、拙著「The Problems of Psychical Research」の「魔女術 その事実と愚行」の章での同じテーマについての我が議論についても参照せよ。