アストラル体投射 5

ページ名:アストラル体投射 5

第5章


不安定の効果


 一般的に潜在意識は霊体の強硬症を、コードの活動範囲の終端で解放するのに私は気づいた。だがこの範囲内で離脱した体の動きが回復すると、(意識がある初心者の場合は)ほとんど常に肉体への再合一の動きがすぐに始まる。


 この霊体がコードの活動範囲内で解放されると何が起こるかについて、ここで詳細を述べるとしよう。アストラル体が離脱し、肉体から8フィート(約240センチ)ほどの距離で垂直に立っているとしよう。そこはコードの活動範囲内で、アストラル ケーブルの押したり引いたりする圧力がある。そこで霊体に動く力が与えられると、まるで酔っ払いの千鳥足や、歩くことを学んでいる子供のように、一方に偏ってはもう一方に偏る動きとなる。ここで感情が刺激され、霊体は再び強硬症となり、肉体の上で水平の姿勢へと引かれて、そこから降りて再合一する。


 無論、これらを何度も経験しているうちに、離脱者はやがては慣れていく。離脱者はまず最初に実際に歩くのを学ぶ必要があり、コードの活動範囲内で動く力が与えられる。またコードの活動範囲内で動く力を与えられた際の、別の望ましくない性質は、離脱者は真の安定を保つのが難しく、自失したり眩暈がしたりして、自らは安定して立っているが周囲全体が揺れていると考える。だが潜在意識は霊体がコードの活動範囲外へ出るまで強硬症に置くように努め、通常は成功する。


 アストラル体投射の間には、多くの個々の要素があり、それら自身で複合体となり同時に働いているので、私は読者が困惑せずに説明できるかは疑問に思う。だがこれらの働きのほとんどは、コードの活動範囲内で、霊体が肉体から分離するものの、まだ肉体から自由ではない状態で起きる事は覚えておく必要がある。実際問題、コードの活動範囲内では、たとえエーテル体が肉体から完全に分離されていたとしても、完全な離脱と見做すべきではない。


 この「コードの活動範囲内」は、多くの人には未知の概念のように思える。実際、私が知る限りにおいてこれまで誰も説明しておらず、述べてすらいない。さらに私の意見では、この分野の研究では、コードの活動が存在する事すら知らず、霊体は肉体から離脱したらすぐに自由になると信じているようである。


 アストラル体投射を試みる学徒が、コードの活動範囲内で強硬症から解放されたり、動きを与えられたり、意識を持つようになったり、完全な五感を持つのは、あまり有り得そうではなく、滅多には起きない。意識的な離脱をする能力を持つとされる霊媒らが、ケーブルの収縮する働きについてこれまで語っていない事は、彼らがコードの活動範囲内で完全な通常の意識を持っていなかった可能性が高い。コードの活動範囲内では潜在意識がアストラル体投射に関する決定的な計画を持っており、これが正確に働く――潜在意識の意図通りに――ならば、コードの活動範囲の末端あるいは外まで、通常は霊体は意識を取り戻さないと私は信じている。


 アストラル体が肉体と合一する場所からコードの活動範囲の末端まで動くのに、決まった時間は無く、個々の気質によってそれらは決まる。ある人々は――離脱へと向けた強い肯定的な諸要素を自然に保有しているので――速やかに移動し、時には自らで止められないほどである。そのような人々は、(通常は夜に寝ている時に)非意図的な離脱を何度も体験している。


 他の人々は――肯定的な諸要素の介入の機会や、これらの諸要素を意図的に引き起こす事によって――離脱はできるものの、その動きはより遅い。さらに他の人々の中には、完全に意識があり、健康で、目を覚ましている時にすら、離脱に対して有益な諸要素を持つ事もある。その際にエーテル体は震え始めて、眩暈がして、肉体から分離する。まず肉体は動き、ねじれ、震え始める。次にエーテル体は強硬症となり、肉体から分離し始める。そして肉体も同様の症状を起こす。それからエーテル体は完全に分離し、肉体は倒れて、リラックスして横たわる。


 これは一般的に「癲癇」と呼ばれる。過去8年間、私は――医学界を困惑させてきた――この病を研究していて、最終的に私は、この病が襲ってきた時に何が正確に起きるかを、先に述べたように知った。通常、患者の肉体のどこかに不調があり、それがエーテル体の分離の基礎的な原因となっている。特に脳の障害や性器の異常が、一般的な原因である。また太陽神経叢へのガスの圧力が、患者を癲癇にするケースも私は知っている。


 精神異常はこの病と常に関連して現れ、私の意見(これは私のオリジナルではないが)では、精神のアンバランス――すなわち、あらゆる種類の狂気――は、エーテル体が肉体に密接に繋がっていないのが原因となる*1。もしも――医学からにせよ、心理学からにせよ、その他の学問からにせよ――これらの治療薬が発見されたとしたら、この2つの体を強く結びつける結果となるだろうし、人類に対して何という神からの贈物となろうか!


 エーテル体と肉体の間の交流が異常だったとしたら、癲癇の場合のように、一部の患者は愚かとなる。だが私の知人のある女性は、癲癇になった時に、非凡な遠隔透視の力も授けられている。また、カエサル、ナポレオン、ソクラテスのような歴史上の一部の天才らは癲癇持ちだった。特別なケースでの精神の異常が特別な結果をもたらす理由について、我々はごく僅かしか知らない。


矢印は離脱時に霊体が取るルートについて示している

これは空を飛ぶ夢、その後に落ちる夢となる前に霊体がよく取る姿勢である

また、霊体はここで立った姿勢となる事もよくある


感覚の異常


 コードの活動範囲内では感覚の働きはかくも異常となるので、「感覚野」に何が起きるか、何が起きないかの完全に満足のいく説明をするのは、ほとんど不可能である。そのため最良の説明、少なくとも私にとっての最良の説明は、私が体験した奇妙な感覚の働きについて語る事である。


 まず最初に視覚について述べるとしよう。我々の2つの体が合一していて意識がある場合、これらの霊的なものを、自らが遠隔透視者でない限りは、振動が一致するか、その範囲内にあるかした場合にのみ見る事ができ、我々の目は調整される。そして我々の2つの体が分離し、意識がある場合には、視覚は常にすぐに回復するわけではないが、それが行われたら、振動の幅は増大し、我々は先に見ていた物質のものだけではなく、アストラルの物も見る事が出来るようになる。これは「アストラル的に見る」や「アストラル ヴィジョン」と呼ばれる。


 まだ2つの体の分離が近く、そして意識がある場合に、この「見る」のが起きるには様々な方法がある。アストラル ケーブルはアストラル体と同様に「感覚の流れ」を蓄積する能力があり、この感覚は――コードの活動範囲内ならば――2つの体の間を行き来したり、両方の体とケーブルに同時に存在する。しばしば霊体は(コードの活動範囲内で)分離する事があり、意識は働いている。その際に離脱者が(密接にあるならば)肉眼で、同じ部屋にいる霊体が空中で動き、立ち、横たわるなどを見る事もある。


 眠っている人が時には意識を取り戻して、自らのアストラル体を肉眼で見る事があると先に述べたと私は信じている。その際にアストラル体は、自らの肉体の1フィートほど上の空中に水平に横たわっている。この体は空中で休んでおり、薄く透き通っていて、震えているように見える。これを見たら驚きのあまりに、ほとんどすぐに引き戻されて目覚める。そして自らの肉眼でこれら全てを見たと主張し、こう言うだろう。「私はこれを肉体から見た。私はアストラル体が自分の上で横たわっているのを見た。それゆえ、私は肉体の中で意識があった。」


 一見、この人物には真実に思えるが、実際にはこの人は肉体には一切意識は無い。アストラル体の中に意識があり――肉眼からの「視覚の流れ」がケーブルを通じて伝わっていたのである。肉体はアストラル体を実際には見ていない。肉体の上で横たわるこのアストラル体は、肉眼で見ているのではない。なぜなら、肉眼では霊体を見る事はできないからであり、さらに言うと、肉体の目は閉じられているのだ。意識の座はアストラル体にあり、視覚の流れはアストラル体の目にあるのではなく、その特有の動きを止めて、ケーブルを通じて肉眼への回路を作っている。


 これらを示すために、我々が肉体にいる時の通常の視覚について考えてみよう。我々は目から見ると言えるが、それは目からの視覚の流れが意識へと向かうからである。次に、我々の目とそこから流れる「ワイヤー」がソケットから取り除かれ、あなたの1フィート前に、あなたの方を向いて置かれたとしよう。あなたは自らから見るのではなく、自らを見るだろう。そしてこれが、時にはアストラルの視覚の流れがケーブルを経由して、霊体自身を見る方法である。そしてこれはアストラル ヴィジョンの異常の1つに過ぎない!


 さらにこのアストラル ヴィジョン以上に複雑で神秘的な現象もある。それは二重のアストラル ヴィジョンである。これは離脱者が肉眼から見ると「同時に」、実際に意識があるアストラル体の目からも見る時に起きる。これが起きたら(非常に珍しい事であるが)、離脱者は部屋の中で動くアストラル体を肉体からのように見るが、「同時に」ベッドで横たわって目を閉じている肉体も、動きまわるアストラル体の視野から見る事ができる。


 そのような信じられない出来事を体験したら、あなたは何を考えるだろうか? あなたがお互いに離れた2つの場所から同時に見るならば、何を考えるだろうか? そうなると、あなたは2つの場所に意識が分裂したと信じるのが自然だろう。だがあなたが既に学んだように、意識は肉体の部分ではなく、アストラル体の中で働いている。この二重のアストラル ヴィジョンは、二重の意識がある必要はない。これの視覚の二重の流れであり、一つは「力の線」を通じて肉体へと流れており、もう一つはアストラル体へと流れているのである。


 私が初めてこの体験をした時、私は二重の意識があると考えた。だがすぐに私はこれは単なる二重のヴィジョンであると発見した。これは(私の知る限りにおいて)肉眼からの単独の視覚の時のように、コードの活動範囲内でのみ起きる。もしこの二重のアストラル ヴィジョンが起きている最中に、霊体がコードの活動範囲を超えて動いたら――パチン!――肉眼からのヴィジョンは消え去る。


 次に、二重の意識、あるいは肉体とアストラル体で同時に意識を持つ可能性について意見のある権威者らがいる。私自身はこれは不可能とは言えない。そのような二重の意識が生み出されるのを否定するには、私は多くの神秘的なものを見過ぎている。だが私は自らがそれを経験した事があると信じていない。以前は二重の意識と考えていた事が、今では実際には二重の感覚の働きであると理解している。


 ヘレワード キャリントンは著書「Higher Psychical Development(高次のサイキック開発)」でこう述べている。


「アストラル体は無論、「夢の体」と密接に繋がっており、概ね同じものである。オランダのヴァン エーデン博士は、自らの夢の体に対して、大いに興味深い実験を行っている。博士は寝ている間の全てを思い出せるように、この体へと意識を移し、それからこの体を制御し、これを通じて物質世界の物理的な物を操作するように努めた。


 博士は完全には成功しなかったが、非常に近いところまで行った。そして完全な二重の意識も達成している。博士はベッドで寝ている間に、腕を胸の上で置いているのを明白に思い出している。それと同時に、自らが窓を通じて外を見ていて、犬が走っていて、博士をガラス越しに見てから再び走り去った事、さらにこの犬の詳細も明白に思い出している。それから博士は夢の体が、寝ている肉体のある寝床へと向かい、その横に横たわり、無論すぐに肉体で起きたのを思い出している。だが博士はこの間、2つの体の意識の二重性の極度の感覚を経験していた。」


 この文であなたは、ヴァン エーデン博士が、2つの体で同時に意識を保っていたのを見ただろう。私は博士の記録と似たような体験を何度もしていて、最初は自らの意識が2つの体にあると私も信じたが、後にこの神秘をさらに探求した結果、これは先に述べたように、ヴィジョンの二重の働きであると結論付けた。


 私は先に注記していて、ここでも繰り返すが、私は二重の意識の可能性について否定するには、多くの驚異を見過ぎている。そのため、私はヴァン エーデン博士の主張を少しも否定したりはしないが、博士の信じる二重意識と、私が信じる二重ヴィジョンは極度に似ている事は指し示したいと望む。ヴァン エーデン博士が与える内容は、二重ヴィジョンの結果として説明するのも容易なのに、あなたは疑いなく気づくだろう。ここでは意識は一つのみであり、アストラルの力の線が視覚を肉眼が占めている場所へと運んでいるのである。


 二重の意識はたとえ可能であったとしても望ましくないと私には思える。意識が実際に自らを増殖でき、霊体がいない時の肉体にも意識があるならば、これまで述べてきた、意識は非物理的な分身を通じてのみ働くという主張は偽りとなる。そしてもし分離している最中も、肉体にも自らの意識を持つならば、内なる人(アストラル体)は何に用いるのだろうか? 分離された最中も、「両方の」体は同時に意識を持てるだろうか? 私はそうは思わない。二重の意識だと考えられているものは、実際にはアストラルの「力の線」を通じて伝わってきたアストラル ヴィジョンと、霊体の目で見たものの同時の働きによるものだと私自身は考えている――そして、真実と信じるに足りる充分な理由がある。


 今はこの二重の意識の問題については置いておいて、二重のヴィジョンについての議論に戻るとしよう。二重のヴィジョンがコードの活動範囲内で多く起きるのは「確実」だからである。私はさらに――意識的な離脱の最中に、コードの活動範囲内で――視覚は3つの形で働くとすら言う事ができる。(通常の)霊体の目からのものと、肉体の目からの視線と、両方が同時にである*2


 一般的に、視覚は霊体の目からのみ経験する。だが、先に述べたような例外もある。そして本書では通常の働きのみならず、これらの異常な働きについても深く説明してきた。だが私は読者に、私が述べてきたこれらの離脱の異常な性質については、長く集中しすぎないようにと助言をしたい。これらを心に留めるならば、自らの開発にも影響を受けるだろう。アストラル体では「考えるならば、そうなる」*3からである。


アストラル体投射 5-2
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。この狂気の問題について、「The Maniac」(これは最も価値のある心理学の文書である)の匿名の著者は、脚注で以下のように述べている。「エゴは肉体から安全に退き、肉体とエゴを繋ぐエーテル体は「鞘」から抜かれて、残りと合一する。そして肉体は傷つく事は無い。「狂気」の問題は、肉体の生涯の間で分離すべきではない、2つの「鞘」(肉体とエーテル体)の間で分離が起きるからである。これらは肉体の損傷無しには「部分的に」分離できず、また肉体の死の原因とならずに「完全に」分離もできない。(略)麻酔状態では「エーテルのリンク」に直接的に働くものがあり、肉体から分離させるのを医者らが既に発見しており、次はエーテルのリンクを逆向きに働かせる方法、肉体から分離した場所でエーテル体を戻す事について発見しようとしている。彼らがそれを発見したならば、この2つの体の分離が原因となる全ての「狂気」を治癒する手段を見つけるであろう。」
*2 マルドゥーン注。時には離脱した霊体が、目を用いずに体の別の部分から見る事もある。それについては、後の章で詳しく述べる。
*3 箴言 第23章7節から。