アストラル体投射 4

ページ名:アストラル体投射 4

第4章


典型的な「離脱の」夢*1


 アストラル体の離脱により引き起こされる、幾らかの種類の「飛ぶ」夢があり、それらについて本章では述べるとしよう。


 1. 落ちる夢
 2. 空を飛ぶ夢
  a. 泳ぐような夢
  b. (真上へと)飛ぶ夢
  c. 大きくジャンプする夢
 3. 体や頭が波打つ夢
 4. 頭が何かにぶつかる夢
 5. 幻覚的なものへと移動する夢


 あなたは今まで空を飛んだり落ちたりする夢を経験した事があるだろうか? あるとしたら、それらがいかに不快であるかを知っていよう! そのような夢の原因については多くの理論があるが、その一部は高名な著者によるものとしても正しくない。だが、あなたがアストラル体投射を体験したならば、そのような夢は容易に説明できる。ではウォルシュ博士が落ちる夢について何を言っているのかを見て、我々がこれまで学んできたアストラル体投射の内容とどう比較できるかに注目しよう。私は以下においてウォルシュ博士の本の引用をしよう。


「落ちる夢は楽しいものからは遥かにかけ離れている。一般的にこれらは夢を見ている者にショックを与えて目を覚まさせる(引き戻し)。また崖などから底に落ちた夢を見たら死ぬという迷信があるが、これは確実にフィクションである。ベッドで死んでいる人物を発見しても、その直前に落ちる夢を見たか尋ねたりは出来ないからである。一方、この迷信はその信念を証明できない。無論、ヒステリー症や神経質な人物が、そのような鮮明な落ちる夢を見て、麻痺や弱体化の結果となる事はあろう。


 落ちる夢は飛ぶ夢――その前に起きる――と共に見る事もあれば、独立して起きる事もある。例えば、ある人が空を飛ぶ心地よい夢を見ていると、突然に落ち始めたりする。あるいは、先には飛ぶ事なく、山頂や他の高い場所から落ちる夢を見たりする。落ちる夢では、地面へとぶつかる前に我々は常に目覚める。なぜなら、夢の時には目を覚ます途中にあり、それが完成する前に起きるからであり、また夢が刺激させる感情は、目を覚めさせるには充分に強いからである。


 落ちる夢には多くの解釈が可能であるが、一般的な解釈は空を飛ぶ夢とも関連している――この両者の違いは、前者では呼吸はより阻害されゆっくりとなり、肌の痺れは増大する。不健康が時にはこれらの変化を造り出す事もある。


 エリス氏が引用するジュウェル氏はこのように述べている。「落ちたり飛ぶ夢を特に研究する観察者らは、これらは明白に血液の循環の不良が原因とみなし、医者に対して、被験者の心臓の活動を規則化させ、適切な医療をするように述べ、その結果被験者らは常に安静になり、そのような夢を見ないようにさせる。」だが、たまに見る落ちる夢は、そこまで深刻には見做されないだろう。


 眠るとすぐにこのような夢を見るのは珍しい事ではない。先に述べたように、睡眠は徐々に始まり、筋肉はゆっくりとリラックスし、感覚は鈍くなっていく。多くの人々は眠りへと向かう最中に、穴を落ちたり登ったりする感覚を経験し、時には目覚めが始まる。これらの人々は神経質なタイプであるが、疲弊や健康から僅かに逸脱した場合でも、この感覚にかかりやすくなる。入眠時の心理的な感覚に注意を払う事により、筋肉のリラックスとそれに伴う沈んだり落ちたりする感覚を感じるのも可能である。だがあなたが感受性が強すぎたり神経質ならば、そのような注意を向けるのは勧められない。


 硬いベッドの使用は、この入眠時の沈む感覚をしばしば防ぎ、そのため一部の沈む夢も防ぐだろう。ベッドにたるみがあるならば、入眠時の沈む感覚を増やす事もあり、あるいは睡眠中の人物が姿勢を変える事で、落ちる夢の感覚を引き起こす事もある。これらの不安な夢で苦しんでいる人物は、騒音を出すシャッターやきしむベッドのバネを取り除く事で解決する事もある。


 我々が目覚める時に感じる、高い建物の端へと引き寄せられたり、急速に高い場所へと上昇するような感覚は、落ちる夢について幾らかは説明するであろう。目覚める時に感じるこれらの感覚の主な説明は、血圧の低下である。夢は実際の生のシーン、特にその人物が実際に遠い距離を落ちる感覚を経験していた場合には、それらを再演する事がある。睡眠中の血圧の低下は珍しくはなく、肉体の僅かな障害でも起きる。この事も落ちる夢の一部を説明するだろう。」


 これらのウォルシュ博士の文は、落ちる夢の理想的な説明と、その原因についての幾つかの説得力のある説明を与えている。そしてこれらの原因の一部は、疑いなく落ちる夢を引き起こすだろう。だが私が確実に言えるのは、落ちる夢の通常の原因は、離脱した霊体の肉体への再合一である。


 分身が肉体から数フィートほど離れていて、否定的な要素が起きたとする。アストラル体は立った姿勢から、肉体の直上の空間で水平の姿勢へと回転させられ、それから肉体へと沈んでいく。霊体が肉体の上で水平の姿勢にあり、微かな意識の目覚めが起きた時に、落ちる感覚はしばしば起きる。それから飛んだり浮かんだりする夢が始まる。この時に起きる感情は、より否定的な要素を引き起こし、速やかに沈む感覚が起きる。それにより夢は落ちる恐ろしい感覚のものへと変わる。霊体が肉体と再合一する――引き戻される――と、そのショックは肉体にも起きる。


 これらは離脱がどのように夢でも――似たような行動を取らせて――印象を与え、それらが感情を刺激させて、霊体を肉体への再合一へと向かわせるかを示している。夢そのものは、霊体が肉体へと再合一するよりも長いインターバルを取るように思わせるが、実際はそうではない。この夢は一見すると長い期間を取るように思えるが、実際には短いインターバルで起きる。


 あなたが落ちる夢を体験した事があるならば、速やかに肉体へと再合一すると、どのような感覚があるかを正確に知るだろう。完全に意識のあるアストラル体の引き戻しは、完全でない場合と同じ感触を与える。私の最初の離脱よりもかなり前から、私はほとんど毎夜のように、落ちる夢、浮かぶ夢、激しい引き戻しを経験していた。僅か数インチ肉体からアストラル体が分離するだけでも、それが降りていく間に落ちる夢を経験するだろう。


 私はウェルシュ博士と完全に同意している訳では無いが、博士はこれらの夢についての理想的な説明を与えている。そのため、博士の文から1つずつを引用し、アストラル体投射の現象に当てはめてみよう。引用した文の前には「W.」を付ける事にする。


 W.「落ちる夢は楽しいものからは遥かにかけ離れている。」これは激しい感情が刺激され、アストラル体をより激しく引き戻すからである。


 W.「一般的にこれらは夢を見ている者にショックを与えて目を覚まさせる。」これはアストラル体の「引き戻し」である。


 W.「落ちる夢は飛ぶ夢――その前に起きる――と共に見る事もある。」
 通常起きるように、落ちる夢の前に飛ぶ夢があると、この浮かんだり飛んだりする感触をまず最初に認識するが、それはアストラル体が実際に肉体のいずれかの側の上を浮かんでいるからである。意識が微かに戻った時に浮かんでいるので、この感触が感情を刺激させ、ケーブルと肉体に影響をし、霊体を肉体の直上へと引き戻していく――そのため、飛ぶ感触があるのである。次にアストラル体は肉体へと降りていき、落ちる感触を与える。肉体と再合一したら、肉体に引き戻す感覚やショックを与える。


 W.「あるいは、先には飛ぶ事なく、山頂や他の高い場所から落ちる夢を見たりする。」
 これはアストラル体が肉体の直上に既に来て、意識を微かに取り戻した時に起きる。これはアストラル体を下ろす、あるいはケーブルの圧力によって急速に引き戻す動きに過ぎない。


 W.「落ちる夢では、地面へとぶつかる前に我々は常に目覚める。なぜなら、夢の時には目を覚ます途中にあり、それが完成する前に起きるからであり、また夢が刺激させる感情は、目を覚めさせるには充分に強いからである。」
 落ちる夢では常に地面に激突する前に目を覚ますと、ほとんどの権威者らは同意するが、これは事実ではない。私はこのような夢で地面に激突した事が何度もあり、他にもこのような夢を見た人に幅広く尋ねた事がある。その大半は、私のように、引き戻す働きがあった正確な時間に地面に「激突」している。つまり、夢の中で地面にぶつかるのと、アストラル体が肉体にぶつかるのとが、同時に起きている。時には、落ちる夢で地面へと激突して、軽く引き戻しのみを経験し、再び夢へと戻り、実際には僅かにぶつかったとしても、大怪我をした夢を見る事もある。


 W.「落ちたり飛ぶ夢を特に研究する観察者らは、これらは明白に血液の循環の不良が原因とみなし、医者に対して、被験者の心臓の活動を規則化させ、適切な医療をするように述べ、その結果被験者らは常に安静になり、そのような夢を見ないようにさせる。」
 アストラル体投射の別の証明である! 心臓の働きを規則化させる治療をする事で、落ちる夢を見るのを防ぐのは、これはまたアストラル体の肉体からの分離も防ぐからである。ストリキニーネを取る事で離脱を防ぐ事になるが、これは心臓の働きを規則化させる事で、肉体の異常な受動性を防ぐからである。私の後の章で、どのように心拍を遅くする事で、離脱を促進させるかについて述べるつもりである。この肉体の異常な受動性は、常に心臓によって制御されている。


 W.「これらの人々(沈む感触を経験する人々)は神経質なタイプであるが、疲弊や健康から僅かに逸脱した場合でも、この感覚にかかりやすくなる。」
 疲弊、神経質などは、常にアストラル体の分離を促進させる。眠りに入るほとんど前に、宇宙エネルギーを充填するために、アストラル体は僅かに肉体から分離する。入眠状態で数インチほど肉体から分離する事もある。


 また博士は「我々が目覚める時に感じる、高い建物の端へと引き寄せられたり、急速に高い場所へと上昇するような感覚は、落ちる夢について幾らかは説明するであろう。」とも述べている。これも全くの真実である。私は自らの経験から知っている。


 私のこれまでの批評にもかかわらず、ウェルシュ博士の本「The Psychology of Dreams(夢の心理学)」は、大いに啓蒙的で興味深い本であるのを見い出している。そして読者も夢の現象に興味があるならば、一読するのを私は勧めるのである。


多くの落ちる夢の原因を、どのように私は見つけたか


 私が子供の頃、ほとんど毎日のように近所の同じくらいの年頃の子と遊んでいた。この子は丘の上に建てられた正方形の、とても大きな屋敷に住んでいた。その屋敷の平坦な屋根にはベランダもあり、屋根裏部屋の階段からのみ通じていた。


 私とその子とは何度も、このベランダへと行こうとしたが、毎度その子の母親によって、我々の計画は台無しにされた。だがある日、この番人は不在だった! その日、我々は兵隊ごっこをしていて、敵軍を観察するために「山から見下ろす」と称して、このベランダへと行った。しばらくはベランダの中央付近にいたが、やがて私は端へと向かって匍匐前進していった。それから手すりを保っている柵の間から頭を出して下を見た。私は眩暈がして、地面へ向けて落ちていく気がした。手すりが無かったら、そうなっていただろうと私は信じている。この時、私は怯えきってしまい、ベランダの中央へ向けて匍匐しながら後退し、それからすぐに屋敷の中へと戻った。そして階段を一気に降りていき、屋敷から外へと出た。その後は、私は常に高いベランダへ行くのを恐れるようになった。今でも考えるだけでも、私を不安にする!


 それから1年ほどしてから、私は落ちる夢に苦しめられるようになった。そして、あらゆる落ちる夢は同じ内容だった。夢の中では私は友達の屋敷の上――ベランダの中央から匍匐前進した場所の直上に浮かんでいた。そして夢の中では、私は端(兵隊ごっこをした日に、私が見下ろした場所そのもの)に即座に到達してから、落ち始めた。そして地面へと激突する瞬間に、私は夢から飛び起きた。これらの夢では常に、私は制服を着た大人の兵士だった。


 それから私が幾らかの意識的な離脱を体験した頃に、ある夜、この夢が再発した。私は友達が住んでいた(これは我々が「山から見下ろす」兵隊ごっこをしていた時から、7年ほど過ぎていた)屋敷の上に浮かんでいた。だがこの時には、空中に浮かんでてもそれほど驚かなかった。やがては私は落ちるのが始まる場所に止まった。だが私は落ちずに、そのまま屋根の端の空中に留まった。私はゆっくりと意識を取り戻していき、周囲を理解するのに充分になると、私は自らがアストラル体として離脱していて、肉体から3フィート(約90センチ)ほどの直上の空間に横たわっているのに気づいた。そして夢の中では、大きな距離を落ちているように感じるが、実際にはアストラル体が落ちるのは、ごく僅かな距離でしかないと、ここで付け加えるのも問題ではないだろう。


 アストラル体は夢の中でそう考えていた場所には実際には無い。だが、その活動は夢の中で行われていたのと同様であった。アストラル体の動きから導かれたセンセーションが何らかの形で、私が子供の頃に屋根の端から覗いた時に受けた潜在意識の印象と繋がり、夢を引き起こしたのである。


 これにより、私は「落ちる夢」の意味合いを理解した。夢の中で私が屋敷の上を飛んでいる時には、アストラル体は肉体の片面の上を浮かんでいる(ここで意識が目覚めると、私は実際に浮かんでいて、その浮かぶ感触が意識に来る)。すると感情が刺激され、ケーブルが引き寄せられ、霊体は肉体の直上へと移動する(夢の中では飛ぶ)。この時の夢では、私はベランダの端にいた。霊体が降下していくと、夢も落ちるものに変わった。アストラル体が引き戻されるとともに、意識は戻っていった。そしてこれは、落ちる夢の現象を説明する!


 では、この章の始めの疑問へと戻ろう。アストラル体の活動が(浮かぶ、飛ぶ、落ちる)夢を引き起こさせ、この夢が感情を刺激し、感情は肉体を活性化させ、ケーブルを引くようにし、霊体を再合一させる。そしてこの合一全体は、一つの本質的な原因――感情――から来ると言えよう。動き、センセーション、夢、音、これら全てはこの感情を起こす要素となる。感情そのものは、肯定的、否定的なものがあると言える。センセーションが心地よいものならば、感情もそのように影響される。これは離脱への肯定性と言えよう。だがセンセーションが心地よいものではないならば、感情は否定的なものとなろう。


 通常、霊体が浮かんでいる最中に否定的な感情を起こすものは、「目覚めるプロセス」である。ある人が浮かぶ夢を経験していて、その間にアストラル体は実際に浮かんでいて、この夢が心地よいもの、この人物が楽しめるもの――例えば、パイロットとなるものなど――だったとしたら、このセンセーションは心地よい感情を起こし、意識は介入したりはしないだろう。この場合、この人は心地よい飛ぶ夢を経験し、アストラル体は中に戻るのではなくて外へと向かうだろう。これは離脱への肯定的な感情であろう。


 飛ぶ夢はしばしば、心地よいものとして思い出させる。私にはとても心地よい飛ぶ夢を経験している親友がいる。彼が言うには、飛ぶのはあまりにリアルだったので、目を覚ました直後も、自らが地面から浮かんでいると感じたほどだったという。またこれらの夢では、常に自らが地面から数フィート浮かび、人々の頭の上を動いていたように思えたという。


 心理学者によって与えられる、飛ぶ夢についての一般的な説明は、胸の上下運動が原因というものである。だが、エリス氏などは、そのような夢は呼吸の動きのみで説明できるものではなく、それまでもたれていた物への触覚の喪失が不可欠という意見を持っている。また神経症は重要な兆候である。ウェルシュ博士はこう述べている。「癲癇では、時には体が軽くなり浮かぶ感覚がある。ある患者は軽い発作のみで、「天国へと浮かんだ」ように感じたと主張している。この起き上がる感覚は、瀕死の人物にも起きる事があり、天国へと運ばれるという考えへと導く。ある瀕死の人物が述べた「私を取らないでくれ。そのまま下ろしてくれ」という言葉は、このセンセーションが起きていたのだろう。」


 落ちる夢、浮かぶ夢、起き上がる夢、飛ぶ夢に対する理論は、世界の終末まで語られ続けるであろう。ある研究者は、「落ちるセンセーション」は太古の時代からの遺物であり、我々の「猿」だった時代から受け継がれる経験と記憶を表しているという。この説明は、私がこれまで聞いたものの中でも最も馬鹿げたものという「賞」を得ている。別の変な信念は、落ちる夢の「落ちる」のは、「落ちた女」「落ちた魂」などの象徴に過ぎないというものだ。


 実際には、ほとんどの「空を飛ぶ種類の夢」の下にある原因は、アストラル体の現象の中に見い出せる。夢が起きた時のアストラル体が行う特有の動きが、どの種類の浮かぶ感覚を経験するかを決める。あなたが霊体が離脱する時に取るルートについて注意を払うならば、アストラル体投射と空を飛ぶ種類の夢との関係について、より容易に掴めるだろう。アストラル体は肉体から水平の姿勢に上昇し、それから立ちあがるか、片方に少し移動してから立ちあがるのを思いおこしてほしい。


 後者の動きは珍しくはなく、アストラル体が水平の姿勢のまま、ある程度――たとえば4フィートほど――上昇し、それから片方へと水平の姿勢のまま数フィート移動し、しばらくそこで横たわってから起き上がる。これはほとんどの離脱での動きであり、多くの空を飛ぶ夢が刺激される経験である。


 だが別の動きもある。アストラル体は水平の姿勢のまま先に述べた高さまで上昇し、それから片方に数フィートほどゆっくりと移動し、再び元の場所へと移動して、肉体の直上へと戻る。それからまた動くのを繰り返す――この全てにおいて、床と並行の水平の姿勢を保っている。あなたが数えきれないアストラル体の活動やアストラル体投射を観察していたならば、霊体がコードの活動範囲内にある時の、この驚くべき性質に印象付けられるだろう。これ性質とは、動きの繰り返しである。


 これは常に私には印象深く、母親が子供をある程度の距離のある場所へと向かわせるのを許すのに似ている。母親(潜在意識)は、子供(アストラル体)を彼女から少し離れた場所まで行くのを許し、それから戻す。子供は戻されるたびに、徐々に遠い場所へと行くのが許される。やがては子供は、母親が呼び戻せない距離(コードの活動範囲外)まで行くのが許されるようになり、子供は望むように行えるようになる。だがしばらくすると、母親は子供を呼びに来て、家(肉体)へと連れ戻す。だが時には潜在意識は(ほとんどの母親と同様に)子供を繰り返し戻す事無く、そのまま家から向かわせるのを許す。


 「恐怖」は、多くの落ちる夢の原因となる。ある人のアストラル体が空中に水平に浮かんでいて、夢(空を飛ぶものではなく、通常の種類の)を見ていたとしよう。この夢は彼を恐ろしくさせるが、それを思い出せずにいる。この夢が引き起こした感情が激しく、夢の体(アストラル体)の肉体への再合一が始まる。そのため、落ちる夢となるのである。


 私の家族の1人は、少し前にそのような体験をしている。彼女は最初は家に泥棒が入り、賊の1人が彼女を撃とうとしていた夢を見た。彼女は怯えて、その感情が速やかに夢の体を肉体へと戻すようにした。そして彼女は、この動きがなされる事で「落ちる夢」を経験した。


 酷いフライトを昼間に経験した後に眠ってから、落ちる夢を経験するのも珍しくはない。それが何であれ、この恐ろしい出来事は、眠っている間に心の表面へと浮かび、感情を刺激するからである。


アストラル体投射 4-2
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。夢についての文献は勿論、数えきれないほどある。そのため、ここで厳選した参考文献を挙げる事すら不可能であろう。だが私はここで、読者が――アストラル体投射の問題に光を投げかけるものとして――興味を持つであろう幾らかの本を挙げるとしよう。それらは、Arnold Forster夫人の「Studies in Dreams」、Horace G.Hutchinsonの「Dreams and their Meanings」、Ram Narayan編の「The Dream Problem」、C.W.Leadbeaterの「Dreams」、A.M.Irvineの「The Dreams of Orlow」、Frederick Greenwoodの「Imagination in Dreams」、L.W.Rogersの「Dreams and Premonitions」、J.W.Dunneの「An Experiment with Time」、H.Carrington(著者)の「The Nature of Dreams」である。