アストラル体投射 2

ページ名:アストラル体投射 2

第2章


アストラル強硬症


 他の本でもアストラル強硬症について述べられ、これが多くの違った現象の原因となると書かれているので、この現象についてより包括的に理解する必要があるだろう。我々全ては強硬症について聞いた事があるだろう。ウェブスター辞典では、これは「突然に感覚と意志作用が停止し、筋肉も硬直する状態」と定義されている。これは正に、アストラル体が肉体と重なり合っている時に体験する事である。だがこの強硬症は、潜在意識の制御下にあるアストラル体に起きて、先に述べた体験で示したように、肉体から分離して存在できる。この強硬症の時にアストラル体は硬くなっていき、それは肉体の強硬症と似ていなくもない。


 ある人が肉体の強硬症にある時、それはアストラル体の強硬症が原因となる。我々の多くは催眠術でこの例を見た事があるだろう。被験者は強硬症の下で、頭と足によって水平に空中に支えられて、体の真ん中には重りを乗せられ、その上からハンマーで叩きつけられても、びくともしないのである。これが肉体の強硬症を作り出すアストラル体の強硬症である。


 霊体が肉体から離脱し、強硬症の影響下で力が無くなると、潜在意識は望むようにこの体を動かせる。これは超知性の持つ知恵の例である。我々全ては、柔らかい生身の体を立った姿勢へと持ち上げるのがいかに難しいか、だが抵抗なく堅固となった体だといかに容易であるかを知っているだろう。そして潜在意識はこの法則を用いているように思える。アストラル体が強硬症で動かされている最中も、意識は機能したり、部分的に機能したりする事もある。だが通常は、この強硬症が取り除かれるまでは機能しない。


 アストラル強硬症は、その離脱の始まりから、霊体が垂直、立った姿勢になるまで続く。霊体が立ってから、自由を回復するまでしばらく時間が必要なのも珍しくはない。一部の離脱者らは、この時点までしか行けず、そこから自由にはなれずに――再び肉体へと戻される。離脱の全てで強硬症の状態である。


 この状態ではアストラル体は常に不安定で、上下、前後、左右に揺れている。これは真に不完全な離脱である。霊体が強硬症から解放されるまでは、完全な離脱とは見做されないだろう。そして完全な離脱から再び肉体に戻る時にも、垂直に立った状態から水平にするために、この体は再び強硬症になる。


離脱のタイプ


 離脱には3つのタイプがあり、それらは意識的、部分的に意識的、無意識的と区分されよう。最後のタイプ(無意識)にも、この現象は2つの違った形があり、第1のものは動機の無いものであり、第2は夢遊病的なものである! 無動機、無意識のアストラル体投射は、単に垂直に立ったままの無意識のアストラル強硬症である。私が前述したように、離脱者は立った形でこの現象はよく起きている。


 無意識の区分では、無動機、動機(夢遊病的)な2つの種類があるように、意識的な区分でも無動機、動機のタイプがある。無意識の動機、無動機のタイプと、意識的な動機、無動機のタイプの唯一の違いは、後者では離脱者は起きている事である。明らかに無動機のタイプは常に先立って起きており、動機タイプへと進む。


アストラル夢遊病


 肉体での夢遊病があるように、眠っている間にアストラル体で歩き回る人々もいる。これについて、私は「アストラル夢遊病」と名付けている。これは無意識の無動機の状態より進んでいる、無意識の離脱の状態である。これは霊体が強硬症から解放されているが、なおも無意識のままの状態で、一般に考えられているよりも多く起きている。


 多くの霊媒は眠っている間にアストラル体で旅をしているが、それらを行っている最中に意識を取り戻す事は無い。結果として、彼らはこの事に気づかない。先に述べたように、意識が介入した時には、ほとんどの場合にアストラル体は強硬症で立っているか、夢遊病にある。これは私が意識を取り戻す際の最も一般的な経験で、自らがアストラルの夢遊病にあるのを見い出したものである。アストラル夢遊病では、肉体の夢遊病と似て、潜在意識が彷徨う体を動かしている。


アストラル夢遊病の間での意識による中断


 アストラル夢遊病の散発的な間隔で、ごく僅かな短い間に眠っている意識や、部分的な意識が活動する事がある。この「目覚め」の断続的な閃きが起きると、混乱したデタラメの情景、音などを造り出す。そして翌日には離脱者は、乱雑で幻覚的な記憶を思い出すであろう。


 この中断された夢遊病には、数えきれない違ったバリエーションがある。意識の数えきれない度合いと混ざり合った、完全や不完全に働く情景が、正確にその混乱に従って、自然と記憶に植え付けられる。この情景の働きが通常に近く、意識の状態も通常に近いほど、覚えていられるのは明らかである。


 あなたは完全に未知の場所を訪れるも、その情景を前にも来たことがあるという、微かだったり明白だったりした記憶があり、それでいて実際には来たことが無いと知っている事はあるのではないだろうか*1。その場合、あなたはそこに中断されたアストラル夢遊病の状態で来ていた可能性が高い。さらに考えると、潜在意識は時にはアストラル体をある場所へと送り、後に離脱者が肉体でその場所を訪れる事もある。だがそれより多いのは、これは離脱ではなく遠隔透視のヴィジョンによるものである。


 アストラル体投射の間での意識の中断は、常に夢遊病と決まっている訳では無い。これらは無意識で無動機の状態でも起きるからである。意識の閃きが起きた時にアストラル体が夢遊病状態にあったとしたら、変化する環境を通り抜けているのを容易に見て、その記憶は混乱している事が多い。一方でアストラル体が無動機の状態にあるならば、その記憶はより単純で特定のものである。我々が見る夢の全てが意識の中断によるものとは言えないが、その一部はそうである。私は後の章で、アストラル体投射と夢との関係について指し示すつもりである。


遠い場所への離脱


 この現象での別の区分は、「遠い場所への離脱」である。アストラル体が肉体から分離してから、無意識の状態のうちにどこか遠い場所へと旅をするが、時には目的地で意識を取り戻すというものである。霊媒は通常は、見たい情景や出来事のために、行きたい場所へと潜在意識に送るようにと自分が起きている間に教える。そしてトランス状態に入り、それが中断して意識を再び取り戻すと、霊媒は望んだ場所にいるのに気づくものの、その途中の旅についてはほとんど覚えていない。


 そのような場合、実際の距離の事は覚えていない。なぜなら、この飛行は光の速さで行われるように思われ、常に無意識にあるからである。明らかに、実際の途中での道やそこにあったものは、離脱者の意識には意識的に記憶されていない。またアストラル体で遠い距離を進む――肉体からは遥かに遠い――離脱者が、霊媒的な手段によって他者によって見られたという記録もある。


 ウィリアム T. スティードが、ある知人の女性について話す内容は権威のあるものである。彼女は遠い場所へと離脱して実体化する特別な才能があった。彼女は友人らには大きな心配と不安の種となった。なぜなら、彼女は予想しない時に彼らに訪問して、実体化し、恐れさせたからだ! 彼らは自然と、彼女は亡くなっていて、現れたのはその「ゴースト」だと考えた。だが、それらが何度も繰り返されるうちに、やがて友人らもこの現象に慣れていき、大きな興味と驚きで見るようになった。


 多くの遠い場所への離脱と称するものは、全く離脱ではない可能性が高く、実際には霊媒自身の潜在意識の創造物にすぎない――潜在意識のみが遠い景色のヴィジョンを見て、意識的なアストラル体がそこまで行っていない。この「遠い場所のヴィジョン」について、ある著者はこう述べている。


「このようにして遠くの景色を見るのは、望遠鏡で見るのに似ていなくもない。人間の姿は通常は、これらの望遠鏡で見るように非常に小さく見えるが、その極小のサイズにも関わらず、近くにあるように明白に見える。時には何が行われているかだけではなく、何を述べているのかを聞く事もある。だが多くの場合は、そのような事は起きない。これは視覚から必然的に導かれるものというより、追加の力の発現と考えるべきである。


 この種類の場合は、遠隔透視者は実際には自らの肉体を一切離れておらず、単純にある種のサイキックの望遠鏡を自ら造りだして用いているように思われる。結果として、自らのサイキック能力を用いて、遠い情景を眺めているのである。例えば、このような遠隔透視者は見ている最中にすら、その情景を口で説明するのである。」


霊体の3つの移動速度


 霊体が旅をする際には3つの違った速度がある。第1のものは自然あるいは通常の速度で、離脱者は意識があるかアストラル夢遊病状態にあり、周囲の環境を移動する際に用いる。この場合、単に歩くにすぎない。


 第2のものは中間の速度で、それにより離脱者は努力せずとも通常の速度よりも早く移動するが、知覚を失うほどに早くはしない。これが起きると、離脱者は移動しているようには感じず、全てが自分の方に近づいてきて、通り抜けていき、過ぎ去るように見える。これは早い列車に乗っていると、外の景色が「後ろへ進む」ように見えるようにである。
 この時には霊体は扉を通り抜けているようには見えず、扉の方が霊体を通り抜けているように見える。この光線(煌き)はアストラル体を避けるように見えて、この中間の速度で共に移動するように、その後ろの2フィートほどに伸びる。
 この煌きは青光り――アストラル体の色――するように見えて、彗星の背後にある尾のように、その背後に尾を造る。この中間の速度で離脱者はかなりの距離を、意識を失う事無く素早く移動する。


 第3のものは、超自然的な移動速度――考えられないほどの速度である。これは離脱者が無意識にある時に常に起き、霊体が遠い距離を行き来する時に働く。
 そのような速度で膨大な場所を通り抜けて移動しつつ、それらを認識するのは不可能である。なぜなら意識はこれらを考えるには遅すぎて、わずか1つの考えを造り出す前に、既に目的地に到着しているからである。


 私がここで述べた離脱したアストラル体の3つの速度については、永遠に分離したアストラル存在(死者)の場合でも真実である。一部の人間は、離脱したアストラル体は常に超速度で動くと考えているが、それは霊体が非常に遠い距離を動く場合にのみ当てはまっている。別の場合には、中間の速度が用いられるだろう。さらに他の場合には、自由な霊体は自らの肉体の時に適したようなやり方、つまり歩いて移動する。


離脱の誘因となる病的状態


 アストラル体投射は自然と寝ている間にのみ起きると仮定すべきではない。これはまた、離脱者が実質的に無意識である、どの状態でも起きる。病の時――特に、鎮静状態となる種類の病の時――にアストラル体投射が起きる事もあり、実際しばしば起きている。


 より体が弱まり、不活発となり、気力を弱める程に、アストラル体は容易に離脱できるのは事実である。そのような状態では、アストラル体の分離を刺激する内なる働きに対する肉体の抵抗が弱まるからである。疑い無く、死の床にある多くの人々は、肉体が最後の息を発する前に、既にアストラル体は起き上がっている――もっとも彼らはその事に気づかないであろう。


 ほとんどの種類の霊媒の働きは、肉体の衰弱が誘因となると私は強く信じている。霊媒の中で肉体の共同作業が少ないほど、潜在意識の圧倒させる影響が強まるからである。この「病的状態の要素」は、アストラル体投射の場合でも当てはまる。この文を書いている最中、私はこれが多くの有名な権威者らの意見と反するのに気づいている。


 人気のある意見では、肉体の共同作用(健康)はアストラル体投射の現象を生み出すには不可欠であると考えられている。だが私は経験を引用し、その反対が事実であると信じられる特別な理由を指し示す事で、この考えが間違っていると見做されるのを望む。私が何がアストラル体の投射を造り出し、支え、影響するかについて、他者の意見に同意しないとしても、この段階での私自身の経験から、そうしなくてはならない。もし私が不同意する方々が正しいとしたら、私は例外となる! だが私はこの「病的状態」の問題は後に述べるとしよう。


 離脱は催眠やメスメル主義的技法によっても引き起こされる。アンドルー ジャクソン デイヴィス――ニューヨーク州ポキプシーの町の予言者――が、メスメル主義者のウィリアム リビングストンの手によって、若い頃にアストラル体投射を引き起こされたのは重要な事実である。ディヴィスの最初の体外離脱体験は、空中をらせん状に移動するというものであった。


アストラル体投射 2-2
↑ アストラル体投射


*1 いわゆるデジャヴと呼ばれる体験である。