人間の尊厳についての演説 6

ページ名:人間の尊厳についての演説 6

 次にはヘブライの古代の密儀(カバラ)から私が引き出し、不可侵のカトリック信仰の堅信に含めた事に話を移すとしよう。これらを無知な者らの考え、想像力の泡、詐欺師らの物語から解放し、実際にはこれは何であるか、その真の性質とは何か、どこから引き出された考えなのか、誰が著名な著者なのか、誰がこれらを確証しているのか、どのように神秘的なのか、ヘブライ人の継続的な中傷に晒されている我々の宗教の布教のために、いかに我々の信仰に不可欠であるかを、誰もが理解できるようにしたい。有名なヘブライ人の師らだけではなく、我々自身の宗派でも、エズラ、ポワティエのヒラリウス*1、オリゲネス*2ら全ては、モーセは先に記した(旧約聖書の)律法の五書の他にも、シナイ山で神より律法のより秘密で真の説明を受け取っていると書いている。また彼らは神はモーセに人々には律法を教えるよう命じたが、その解釈を書いたり漏らすのは許さず、それらはヌンの子ヨシュア*3にのみ伝え、さらにヨシュアはそれを沈黙の厳格な誓いとともに、後を継ぐ高祭司らに伝えたとも述べている。単純な歴史の訓話を通じて(この教えを)示すのは充分である。神の力、その怒りは不義な者に、その慈悲は善人に、その正義は万物へと向けられ、人々に神的で有益な律法により、よく祝福されるよう生きるように、真の宗教を崇拝するようにと教えていた。この律法の堅固な殻、(ヘブライ)言語の粗雑な衣の中に隠されていた神秘、いと高き神の秘密の意図を人々に明かすのは、聖なるものを犬に与えたり、真珠を豚に投げる以外の何物でもあるまい? 結果として大衆からこの教えを隠し続け、秘儀参入者らのみが継承するこの決断は、人間の思慮分別の助言からではなく、使徒パウロが述べる知恵の言葉、神の命令によるものであった。そして古代の哲学者らは、この注意を慎重に行っていた。


 ピュタゴラスはその僅かな部分のみを書いており、それについて死の床で娘のダマに確証している。エジプトの諸神殿に彫られているスフィンクスは、謎々の手段によって、大衆からこの神秘の教義を守るように警告している。プラトンは至高の形質についてディオニュシオスに述べている書の中で、「これらの言葉が他者の手に渡り、私があなたに伝えようとする事を知るようにはしないため」、謎々の形で書くしかなかったと説明している。アリストテレスは「形而上学」の諸書の中で、神の事柄は公にする部分としない部分があると述べていた。これ以上に例を出す必要はあろうか? またオリゲネスは、命の師、イエス キリストは弟子らに多くの事柄を明かしたが、大衆が知る事のないようにそれらを書き記さないように命じていたと主張している。アレオパゴスのディオニシオは、我々の宗教の創始者らによって、より秘密の神秘は、εκ νον εις νουν δια μεσον λογον、すなわち(師の)心から(弟子の)心へと、書物としてではなく、言葉の手段によってのみ伝えられていたと書く事で、この主張に強力な確証を与えている。なぜならモーセが神の命によって与えられた律法の真の解釈は、ほとんど正確に同じような方法で明かされ、それは「カバラ(Cabala)」と呼ばれており、これはヘブライ語で「伝える」という我々の言葉と同じ意味がある。この正確な点は無論、この教義は師から弟子へと、書かれた文書によってではなく、啓示の正当な継承を通じて伝えられていた。


 キュロス大王*4がヘブライ人をバビロン捕囚から解放し、エルサレムの神殿もゾロバベルの下で復興した後、ヘブライ人は律法の回復も考えた。この時代に祭司らの頭だったエズラは、モーセの書を修正した。だがエズラは、イスラエルの民の流浪、虐殺、逃亡、捕囚の結果、古人らが口承で伝えられてきたこの教義は、もはや保てないのに気付いた。これらを書き記さない限りは、この天の教えは疑い無く消え去るであろう。人々の記憶はそう長くも保てないからである。結果としてエズラは全ての賢者らがなおも生きている間に会議へと召集して、律法の神秘について記憶している事全てを会議で話すように決めた。それらの話された内容は書記によって70冊(サンヘドリンの議員の数とほぼ同じである)の議事録へと記録された。そのため、教父らよ、あなた方は私の証言のみを受け入れる必要はなく、エズラ自身が述べる事を聞きたまえ。「40日が過ぎてから、いと高き方はこのように述べた。まず第1のものは公に書き、価値ある者も無き者らも読めるようにせよ。だが最後の70の諸書は隠し、汝の民の中でも賢者のみが手に取れるようにせよ。彼らは理解の小川、知恵の泉、知識の川の傍に住むからだと。そして私はそのように行った。」*5これらは、エズラの言葉そのものである。これらはカバラの知恵の諸書である。これらの諸書でエズラが明白に述べているのは、理解の小川の傍に住むとは、超物理的な神の聖なる神学の事であり、知恵の泉とは知性的、天使的な形についての正確で超物理的な教義の事であり、知識の川とは、自然についての最良の確立された哲学の事である。


 我々がその統治下に幸福に住んでいる現教皇インノケンティウス8世聖下の直前のシクストゥス4世聖下は、我々の信仰の公共の利益のために、全ての可能な手段を用いてこれらの諸書をラテン語に翻訳するように命じ、この教皇聖下の死の際には、それらのうちの3冊が既に完成していた。ヘブライ人はこれらの書を、40歳になるまでは触れる事すら許されないほど高く敬っている。私はこれらの諸書をかなりの金額で手に入れ、最大限の注意と緩みない努力ともに始めから終わりまで読み、(神が我が証人であるように)これらの中にはモーセの教えよりもキリスト教に近いのを見い出している。これらには、三位一体の神秘、御言葉の受肉、メシアの神性も見い出せる。また原罪、キリストによる贖い、天のエルサレム、悪魔らの没落、天使の位階、煉獄や地獄の苦しみについても読める。我々が日々読む聖パウロ、ディオニュシオス、聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌスの書と同じ内容を私はここでも読んでいる。哲学の問題については、ピュタゴラスやプラトンに聞くのと同じようなもので、これらの教義はキリスト教信仰と密接にあるので、我らがアウグスティヌスはこれらの書を入手したのを神に終わり無く感謝している。一言で言うならば、ヘブライ人の教えと我々の教えとの間には矛盾点は一つもなく、ヘプライ人はこのカバラの諸書を論駁したり確信したりもできず、もはや彼らに隠れ場所は無いのである。この点で私はある偉大な権威の証人、大学者アントニウス クロニクスについて引用できよう。アントニウスは自らの家での夕食会の際に、私もこの時には同席していたが、この言い伝えの深遠な学者であるヘブライ人、ダクティルスが、三位一体のキリスト教教義に完全に同意しているのを聞いているのだ。


 ここで我が議論の主な点についての回想へと戻るとしよう。私はまた、オルペウスとゾロアスターの詩を解釈する我が方法の概念についても加えよう。オルペウスはギリシア語でその文書を読み、事実上は完全なものである。ゾロアスターはギリシア語版では不完全だと知られているが、カルデア語版ではほとんど完全に読める。両方の書とも、古代の知恵の著者にして父だと見做されている。ゾロアスターはプラトン主義者らにしばしば述べられ、常に最大の敬意を持たれていた事については言うまでもない。だがカルデア人のイアンブリコスはピュタゴラスに関する書の中で、オルペウスの神学をモデルとして受け取り、それによって自らの哲学を定めたと述べている。この同じ理由から、ピュタゴラスの発言は聖なるものと呼ばれていた。なぜなら、これらはそれぞれオルペウスの教えから導かれたからである。この源から、数のオカルトの教義とその他のギリシア哲学の偉大にして深遠な全てのものは流れ出たのである。だがオルペウスは(これは古代の神学者ら全てに共通する事であるが)神話の織物に自らの教義の神秘を織り、詩のヴェールで包んでいたので、その賛歌を読む者は、これらはおとぎ話で全くありふれたもの以外の何物でも無いと信じる事だろう。この慎重に縺れさせた謎、物語の奥からオカルト哲学の秘密の意味合いを引き出すのに、私がどれだけの労苦をし、困難があったかを述べる事で、知られるようにもできよう。この困難は、これらの問題は重く難解で知られておらず、他の解説者らの書や努力の助けも借りれない事で、さらに大きなものとなった。


 そしてなおも、私は(900の議題の)大きな数を示すために些細な事も集めたと、(批評家らは)犬のように私に吠えに来るのである。だがこれらは全ては曖昧な疑問ではなく、最も鋭い論争の主題であり、これらを巡って最も重要な学派らが、あたかも剣闘士のように対峙しているのである。私に対して非難をし、一方で自らを哲学の指導者だと装っている者らには、未知で思いもよらない多くのものを提示してはいない。実際問題、彼らが述べるような過ちから私は完全に自由なので、私が提起できるものよりも、少数の点での議論に留めているのだ。もし私が(他の事で常とするように)これらの問題をその要素の部分へと分割し、バラバラにするのを望むならば、それらの数は数えきれなくなるだろう。これらの900の議題の1つ、すなわちプラトンとアリストテレスの和解に気づかない者には、他の事柄は述べるつもりは無い。これらは私が単に数の事で受けている疑いが起きる事も無く、進展するであろう。これらの600以上の議題は、その哲学が私と違うと考えている他者との論点を数え挙げた結果であり、彼らは同意するであろう。これらについて確実に私は述べなくてはならなかったが(もっとも、このようなやり方は中庸ではなく、我が性格には適していなかったが)、私への妬みと誹謗をする者らのせいで言わざるを得なかった。私はこの議論について明白にしておくのを望んだが、それは私が多くの偉大な事を知っているからだけではなく、他者が知らないであろう多くの偉大な事を知っているからである。


 そして今や、尊敬される教父らよ、この主張が事実により不当な非難から解放され、我が提案が、あなた方の望む満足を――高名な博士らよ、この論争にあなた方が準備が取れているのを、最大限の喜びとともに私は見ているからだ――これ以上遅らせる事無いように、幸福で順調な結果となるように神に祈りつつ、今や戦いのトランペットの音とともに、戦いに加わるようにしようではないか。


↑ ピコ デッラ ミランドラ


*1 310年 - 368年。ローマ末期の司教、ラテン教父の一人。「西方のアタナシウス」とも呼ばれる。
*2 184年 - 253年。古代キリスト教最大の神学者。死後には異端の嫌疑も受ける。
*3 シラ書 第46章1節。
*4 キュロス2世。紀元前601年 - 紀元前530年。アケメネス朝ペルシアの初代国王。オリエント諸国を統一し、空前の大帝国を建設した。ユダヤ人をバビロン捕囚から解放したので、メシアと呼ばれる事もある。
*5 第二エズラ記 第14章5-6節。