薔薇十字団の真の歴史 13-7

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 13-7

 翌日の午前10時頃、支配人が再び我々の元へと来て挨拶をしてから、我々のもとへと訪れに来たと親しげに述べた。そして椅子を用意させ、そこに座った。我々のうちの10人(残りの者らは低級の者らか、外へと行っていた)が傍へと座ると、彼はこう述べた。「このアパヌア島、あるいはアラビア語でチリッセ島(そのように彼らはこの島を、それらの言語で呼んでいた)の我々は、その孤立した状況や、秘密厳守の法によって、また我々自身の旅人も持ち、稀にしか異邦人を受け入れないので、人が居住している世界のほとんどの場所をよく知ると同時に、自らを秘密にしています。そのため、知らない人間ほど質問をするのに適していて、理由があるので、時間を潰すために、私があなた達に質問をするよりも、あなた達が私に質問をする方が良いでしょう」我々は謙虚に彼に感謝をし、我々が既に経験した事から考えるのは、この幸せの国以上に価値のあるのは世界のどこにもないと思います。ですが、我々は世界の様々な場所からの者らと出会ったので、やがては天の王国でも出会いたいと望むので、(この地はかくも遠隔にあり、我らの救い主が地を歩いていた時代より未知で広大な海により隔離されていているので)この国に来た使徒は誰で、どのように(キリスト教の)信仰へと住民は導かれたのでしょうかと尋ねた。彼の顔は、最初にこの質問がされた事を大いに満足しているように見え、こう述べた。


「あなたは天の王国をまず探し求めているのを示していますね。我らの救い主が帰天してから20年後、我々の島の東海岸、数マイル海の方で、夜の間に巨大な光の柱が立つのを、ダムカルの民によって見られました。それは、柱か円柱状で、海から天へと向かって大きく伸びていました。その頂上には、巨大な光の十字架があり、柱の本体よりも輝いており、それはかくも奇妙だったので、町の市民らは砂浜へと集まり、幾つかの小さなボートを用意して、この驚異的な柱へと近づきました。ですがボートがこの柱に60ヤードほどの距離まで近づくと、束縛されたようになり、先には進めなくなりました。彼らはみな立ち、この光を天の徴として見ていました。そしてこれらのボートの中に、薔薇十字団の賢者らの1人が乗っていました。その館あるいはカレッジはこの王国の目であり、この賢者は光の柱と十字架に献身的に熟考しつつ、自らの面を降ろして、それから跪いた状態から立ちあがり、両手を天へと上げて、このように祈りの言葉を述べました。


「天地の主なる神よ、あなたの創造の働き、その秘密を明かし、(人の歴史の中で現れた全ての)神の奇跡、自然の働き、術の働き、全ての種類の騙りや幻について区別するよう、我らの団に恵みを与えたもう方よ。私はここにて我が民に、いま我らが見ているものは、あなたの指で、真の奇跡であると認め、証言します。そして我らの書から学ぶ限り、あなたは奇跡を、神的で素晴らしい目的のためにのみ働くゆえ(自然の法はあなた自身の法であり、大きな理由が無ければそれらを超える事はしないゆえに)、我らは最大限の謙遜とともにこの大いなる徴が繁栄し、その解釈を与え、あわれみと共にこれを使用するのを許したまえ。あなたがこれを我らに送ったことで、ある程度は約束しているように思えるゆえに」


 そして賢者がこの祈りを行うと、他のボートとは違い、自分が乗っているボートが束縛から解放されているのを見つけました。そのため、賢者はボートをゆっくりと光の柱へと近づかせて、すぐ近くまで来ると、光の柱と十字架が崩壊し、天空の無数の星へと飛ばされ、すぐに消え去り、その海の場所には杉の小さな小箱以外は何も残っていませんでした。それは海の上を漂っていましたが、海水で濡れていませんでした。その箱の尖端ではシュロの小さな緑の枝がありました。薔薇十字団の賢者はこの箱を大きな崇敬とともに取ってボートに入れて、自ら箱を開いたら、そこには1冊の書と手紙が入っているのを見つけました。それは良質な羊皮紙に書かれていて、リネンの布で包まれていました。この書はあなた方が持つような旧約、新約聖書の全ての正当な書を含んでおり、この時代にはまだ書かれていなかったヨハネの黙示録や、新約聖書のその他の幾つかの書もまた、そこにはありました。そして手紙には、このような言葉が書かれていました。


「私、ヨハネ、いと高き御方の僕、イエス キリストの使徒は、ある日、栄光の幻が我が前に現れて、ある天使から、この箱を海岸から海へと流すようにとの警告を受けた。そのため、神がこの箱が来るようにした土地の民に対して、その日は、父なる神と主イエスからの救いと平和と善意が彼らに来る日であると証し、宣言する」


 他にもこの手紙と書で大きな奇跡が起き、これが使徒ヨハネの元の言語で書かれた賜物であると確証させました。この時代、この島にはヘブライ人、ペルシア人、インド人が原住民の他にもいて*1、誰もが自分の言語で書かれているように、この内容を読めたからです。よってこの島の住人全ては、この聖ヨハネの使徒的、奇跡的な福音伝道によって、無信仰から救われたのです」


 そこで彼は話すのを止め、部屋に使者が来て彼を呼び戻したので、これがこの日の会話の全てであった。翌日にも支配人は夕食後の我々の休息時にすぐに来て、「他にも質問はありますか」と述べた。少ししてから我々のうちの1人が尋ねた。尋ねるのを恐れるよりも知りたい事があり、彼の我々に対する稀な善意によって勇気づけられ、質問をするのに耐えられたのである。我々は彼の過去の発言から、この幸せな島は世界からは僅かしか知らず、それでいて世界の全ての国々のほとんどを彼らは知るとあり、ヨーロッパの諸言語と我らの国や出来事の多くを彼らが知っている事で、我々はそれが真実であると確認している。だが我々はこの遠隔での発見まで、この島について僅かも知らずにいた。我々は彼らの船のいずれかがヨーロッパの海岸へと来たとも聞かない。この広大な海での秘密の島の状況では、それは驚くことではない。だが彼らはこのような遠い距離にあるヨーロッパの言語、書、出来事の知識を持っている。それは我々には思いもよらず、神の御業に属するように思える。彼らは他者からは隠されていて、それでいて、彼らには他者は日の光のように開かれている。この発言に対して、支配人は慈悲深い笑みを浮かべた。我らは、ここが風の霊らを世界中に送って、他の国々の情報を集めている魔術師らの島であると考えているかのような、このような質問をする事をお許し願いたいと述べた。それに対して、彼は謙遜な態度で我々に答えた。だがその知識を持つ顔つきの雰囲気と、その快活な話しぶりから、我々は確かにこの島には超自然的な何かがあるが、それは魔術的というより天使的なものであると考えるのに充分であった。だがこの質問をなすに至った疑いの原因が、異邦人らに関する秘密の法があるという彼が先の発言にあるのを我らが思い出したからだと、真に知らせるようにした。この事について、彼はこう述べた。


「あなた方が覚えていた事は正しいです。そして、この事について明かすのは適法ではなく、全てを明かす訳にはいきませんが、その一部についてはあなた方の満足が行くように語りましょう。3,000年前には、この世界の航海は(特に遠洋の航海は)今よりも大きなものであったと理解してください。これが、かの大洪水から残された人々を救った箱舟の例が、人々に冒険の勇気を与えたためか、そうでないかはともかく、これは事実です。フェニキア人やティルス人、さらに彼らの植民都市のカルタゴ人は大きな艦隊を持っていました。東に向かっては、エジプトやパレスティアへの航海も大きなものでした。中国やアメリカも豊富に大きな船を持っていました。この島にも1,500の大きな船を持っていました。この時代、この地は知られ、先に述べた全ての国々からの船により訪れられていました。また航海術を持たない国々も、彼らと共に来ました。ペルシア人、カルデア人、エジプト人、ギリシア人といった、ほとんど全ての国々の民もここに来て、その子孫は今日にも我々のうちにあります。我々の船も公に航海をしていました。


 この時代、かの聖地に住む人々は繁栄していました。偉大な者の説明によりあなた達も知るように*2、ネプトゥーヌスがそこに植えた子孫ら、壮麗な神殿、王宮、都市、丘(我が薔薇十字の不変の格言を参照せよ)、多数の航海可能な川(土地や神殿の周囲を取り囲んでいる)、スカーラ コエーリのように人々が昇る様々な階層の丘は全て詩的、伝説的で、ユダヤやペルーではコヤと呼ばれ、メキシコではティラムベルとも呼ばれた、軍事力、商業、豊かさのある力と誇りある諸王国でした。ある日、ここから2つの大遠征隊が送られ、ティラムベルの遠征隊はユダヤを通じて地中海へと、コヤの遠征隊は南海を通じてこの我らの島へと向かいました。先の遠征隊はヨーロッパへと向かい、あなた方のかの著者は、ベアタの書にて関連している事柄を述べています(「世界の調和」の第1の書の序章を参照)。確実にこれらは起きましたが、古代のアテナイ人がこれらの軍を追い払った栄光をどのように行ったかについては、私は何も言えません。ですが確実に、この航海から船も人も故郷に戻る事はありませんでした。コヤの遠征隊も、この島の寛容な敵と出会わなかったら、同じようになっていたでしょう。フロアテスと呼ばれたこの島の王は、死から生へと3度蘇った者で、賢者にして大いなる戦士であり、自らの軍勢の力と敵の力を知り、上陸部隊を彼らの船から分断し、その艦隊と陣営を相手よりも多くの数で包囲し、一方的な虐殺となる前に降伏するように強制しました。もはや王の慈悲にすがるしかない彼らに対して、王は二度とこの島とは戦わないと誓う事のみをさせて、全て安全に解放しました。


 だが神の復讐がなされて、そう長くない後にこれら誇り高い王国は、100年もしないうちに洪水あるいは氾濫によって完全に破壊され、大河と高山をもつ大陸は、旧世界のどの部分よりも下へと、海の底へと沈みました。この沈没はほとんどの場所では40フィートより深くは行かなかったので、これは人々や獣らの多くを滅ぼしたものの、森の中にいた少数の野蛮な住人らは逃れました。鳥も高い木々へと飛ぶことで逃れました。人々については、多くの場所の建物は洪水よりも高く建てられていたものの、この氾濫は長く続いたので、溺れなかった者らも飢餓によって滅んでいきました。そのためアメリカには僅かな人々しか残されておらず、この民の野蛮さ、残りの世界よりも少なくとも1000年は若いのも、驚くことではありません。大洪水とこの特別な氾濫との間には多くの時が流れたためです。山々に留まるこの人種の哀れな生き残りは、再びゆっくりと復興したものの、単純で野蛮な民なので、以前のような文字、技芸、文化を保てませんでした。彼らは山の住人らと同様に(非常に寒いので)虎、熊、山羊の毛皮を着ていましたが、谷へと降りていくと、そこは温和な気候なのを見つけ、裸で過ごす習慣へと変わっていき、それは今日まで続いており、ただ鳥の羽根のみを大きな誇りとして身に着けています。この大事件によって、我々はこれまで最も近い場所にあって最も交易していたアメリカとも途絶えました。世界の他の場所でも航海は大きく衰退し、他の国々との交易もまた、それ以来止まっています。


 ですが、我々の船隊の他国への現在の交流の停止については、我々の船隊はその数、大きさ、船乗りの質、航海術、その他全てにおいて、常に偉大なものであり、なぜ我々がこれらを母港に留めているかについてお話ししましょう。今から19,000年前に、我々が今でも最も崇めている王がこの島に君臨していました。それは迷信的なものではなく、王もまた死すべき定めでありましたが、その神的な能力からです。王の名はエウゲニウス テオディダクトス(あなたは、この名を我らの「法の理想」と読めるでしょう)といい、我々はこの王を我が国の立法者として崇敬しています。この王は大きな心、計り知れない善意を持ち、その王国と民を幸福にするために日夜働いていました。そのため王は、この王国が5,600マイルの円周があり、その大半が稀な豊かさなので、外国からの交易無しにでも自らを保てるのを考慮し、また船は漁業や島内の港から港へと、また我々の島の近くにある王権の範囲内の小さな島々への輸送に用いられるのも見い出し、この豊かな地は、既に幸福に確立しているものを永続化させるための高貴で英雄的な意図以外の何も望まないと思い起こしました。そして、この王国の他の基本的な諸法と同様に、王は異邦人を島へと入れ、交流するのを禁ずる法令を出しました。にも関わらず、王は人道主義の全てを保ち、遭難した異邦人らを助ける事は例外とし、そして今あなた方はその恩恵に浴しているのです」この言葉とともに、我々は全て起き上がり、頭を下げた。


 彼はさらに述べた。「この王はまた、なおも人道主義と政策を保つのを望み、異邦人らをその意志に反して抑留するのは人道主義に反し、それでいてこの国での知見を持って祖国に帰るのは政策に反すると考え、異邦人はこの国に住むのを許可し、いつまでもいても良く、退出しても良いと命じました。ですが、この禁令から何世紀も経っても、我々の記録によれば13人のみが何度かに分かれて帰還しました。これら少数の者が外国で何を報告したかは知りませんが、彼らが何を言おうとも、それらは夢と取られたのは間違いありません。我々の航海については、この立法者の王は全て保つのに適すると考えましたが、この制約には1つだけ敬意ある例外があり、異邦人らとの交流のために物質を保ち、損害を与えるのを避けるというものでした。そしてこの王の偉大な活動の中でも卓越したものは、我々が薔薇十字の神殿と呼ぶ、団あるいは結社組織の設立です。これは地上にこれまで存在した最も高貴な基盤であり、この王国の要石です。この組織は神の働きと被造物の研究に捧げられています。一部の者らは、これは創設者の名前、F.H.R.C.その館が少し崩れたものだと考えています。ですが記録では、このように述べられたと書かれています。私はヘブライ人のかの王(ソロモン)の意味と取っています。これはあなた方にも良く知られており、我々にも知られています。我々はあなた方が失ったこの王の書の一部を保有しているからです。すなわち、薔薇十字のMの書で、そこに王は過去、現在、未来に起きる全ての事柄と、命と動きのある万物について記しました。これは私に、我々の王はヘブライ人のかの王の象徴を自らに見い出し、この基盤の組織の称号としてこの王を称えたと考えるようにさせました。また私は古代の記録から、薔薇十字団あるいは結社は、時には聖なる館と、また6日の働きのカレッジと呼ばれているのも見つけました。それにより、我が偉大な王は、ヘブライ人から神が世界とその万物を6日で創ったと学び、そのため自然の万物を探求するこの館に、第2の名前も与えたと私は考えています。


 王が全ての国民に王権の及ばない地への航海を禁じた時、にも関わらず、12年に1度は2隻の船によって様々な航海をするように命じました。これらの船のいずれかに、3人の聖なる館の仲間らを乗せて、彼らの任務は我々に航海先の国々の状態やその出来事の知識を与えるためでした。特に世界中の学問、術、工芸、発明を取得し、我々にあらゆる種類の書物、道具、パターンをもたらしました。またこれらの船は、先に上陸していた薔薇十字の仲間らを拾って、今回のR.C.の仲間は次の航海の時まで海外に留まりました。船のうちの片方は、食糧庫と宝物庫ともなり、仲間が物を買ったり、適している相手に報酬を与えるために用いました。次に、船乗りたちがどのように地上から見つけられずにいたか、自らの船の旗を他国のものにして胡麻化していたか、どの国へと航海していたか、新しい航海での合流地点をどこにしていたかといったような事は、私はここでは述べますまい。ですがあなた方が見ての通り、我々は交易を保っています。ですがそれは金や銀や宝石やその他の貨幣のためではなく、神の最初の被造物、光のためであり、いわば、この世界の全ての部分で光が育つためです」


 彼はそう言うと沈黙をし、我々全てもそうであった。このような奇妙な事柄がかくも説得力をもって語られたのに、我々は驚かされていたからである。彼は我々が何かを述べたいと望むものの、その準備が取れていないのを察して、今度は我々の航海や幸運について語るように尋ねた。やがて最後には、我々がどれだけの時間留まるかをこの国に要求するかをよく考えられると結論した。彼は我々が望むだけの時間を与えるだろうからである。我々全ては立ちあがり、彼の肩掛けのすそに接吻をすると、彼は部屋から去っていった。そこで我々は再び相談をし、この国が異邦人らに留まる条件を与えた事について、我々の船を保つように充分な人員を割いて、この国の政府が望む条件から彼らを保つように決めた。


薔薇十字団の真の歴史 13-8
↑ 薔薇十字団


*1 原注。だが、この島は36,000年間、異邦人らは一度も訪れなかったとされている。先のページを参照。
*2 この内容はプラトンのアトランティス伝説が基になっているが、ここでは2つの国があるかのように書かれている。