薔薇十字団の真の歴史 13-6

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 13-6

薔薇十字団の国への航海


 我々がロンドンのシドマウス港より出航し、スペインを経由して南海を旅する中、12ヶ月分の食料を費やしていた。東からの良い風があったが、この風は柔らかく弱いので、さらに5ヶ月を費やした。それから西へ向かう風が来て、我々は僅かしか進めず、それどころか時には戻されたりもした。そして再び、強い風が南から東へと吹いてきて、我々を北へと向かわせ、我らの食料はついに尽き、もはや死を待つのみとなった。我々は神に救いを求めて祈り、大地が見つかりますように、我らが滅びませんようにと、そのあわれみを乞い求めた。そして翌日の夕暮れに、我々は北の水平線上に厚い雲のようなものを見て、大地を発見したという希望を与えた。我々にはこの南海は完全に未知であり、そこにある島や大陸を知らなかったからである。我々は夕方に船の進路をそちらへと変えて、翌日の夜明けには、森に覆われた平坦な大地を発見した。


 1時間半ほど航海すると、我々は良き港、美しい港町へと入った。この町は大きくは無いが、よく建てられていて、海からは心地よい景観を与えていた。我々は海岸へと近づき、上陸をしようとするが、そこで片手に棍棒を持つ様々な民が見え、上陸を禁じていた。彼らは叫んだり凶暴さは無く、サインによって警告のみをしていた。我々は少しも恐れずに、しなくてはならない事を述べた。やがて、小さなボートが近づいてきて、そこには8人の男が乗っていた。その中の1人は、手に黄色い茎でその両先端は緑色の杖を持っていた。この者が不信の徴を何も示さずに我らの船に乗り込んできて、羊皮紙の小さな巻物を取り出した。その紙は我々のものよりも黄色く、タブレットの葉のように輝いていたが、柔らかかった。この巻物は我々の船長へと渡され、そこには古代ヘブライ語、古代ギリシア語、学者の良きラテン語、スペイン語で、以下のように書かれていた。「この地はあなた達のものではなく、16日以内にこの海岸から立ち去るようにせよ。だが必要ならばさらに時間も与える。その間、新鮮な水、食料、病人の助け、船の修復のための木材を望むならば、それらを書き記せば、慈悲に属するものが与えられるだろう。」この巻物にはケルビムの翼のスタンプと共に署名してあり、それらのサインは広げられた形ではなく、十字架の印により下へと吊るされていた。この巻物を渡すと、我々の返答を受け取るための1人の従者を除いて、役人らは帰っていった。


 我々はこの事を議論し合った。上陸の拒否、厳しい警告は、我々に多くの困難を与えた。一方で、この民も言語を用いていて、人種に満ちている事は、我々を慰めた。何よりも、十字架の印がある事は、我々を大いに喜ばせ、良き前兆であった。我々はスペイン語で返答をなした。すなわち、我々の船は良い状態だが、多くの病人がいて、危篤の者もいる。そのため、上陸を許可されないならば彼らの命に危険がある。その他の望みとして、我々は特定の者らも降ろして、そこで望ましいならば少し取引をする事で、あなた方に重荷にならずに我々の望むものが得られるようにしたい。それから我々は従者には小さな拳銃を、役人らには深紅のビロードの布を贈物として渡そうとした。だがこの従者は受け取ろうとはせず、見たりもせずに、従者のために送られていた別のボートに乗って去っていった。


 3時間ほどしてから、別の人物が我々に近づいてきた。この者は素晴らしい緑色の我々のよりも光沢のあるガウンを着ていて、その袖はウォーターチャムロットのようであった。この者の下着は緑と空色であり、ターバンのような帽子も同様であった。このターバンは繊細に造られ、トルコ人のターバンほどには大きくは無い。彼の髪の房はこのターバンの縁の下にあった。大いに尊厳のあるように見える人物である。この者は部分的に金色のボートで4人の者らと来て、その背後には別のボートもあり、そこには20人ほどいた。この者のボートが我々の船の射程範囲に来ると、我々の内の一部の者らを送るようにとサインがなされた。そこで我々のボートを用いて、船長と4人の者らを送った。我々が彼らのボートから6ヤードほどの距離に近づくと、彼らは止まるように述べて、先に私が述べた男が立ちあがり、スペイン語の大きな声で「あなた達はキリスト教徒か?」と述べた。我々がそうであると答えると、この者は右手を天へと上げて、ゆっくりと口に付けた(これは彼らが神に感謝する時に用いるしぐさである)。それから述べた。「あなた達が救い主の御名において、自分たちが海賊ではなく、これまでの40日以内に合法、非合法を問わず血を流していないと誓うならば、上陸する許可が与えられよう」我々全てがその誓いをなす準備があると答えると、彼らの1人、公証人と思える者がこれらを記録して、それがなされると、彼らの主が別の者に少し話してから、この者はこう答えた。「我が主はこう述べられた。あなた達の船へと行かないのは、プライドのためではなく、あなた方の船に多くの病人がいると聞いて、健康のために距離を取るよう警告されたからである」それから、我らはこの主人の謙遜な僕であり、大いに栄誉と友愛をあなた方に持っているが、病者らの性質が伝染性でないのを望むとも言った。それから彼は戻り、しばらくして公証人が乗船してきた。彼はオレンジのような果実を持ってきたが、その色はオレンジ色と緋色の中間のようで、最も素晴らしい香りを放っていた。この者は、この果実を伝染を防ぐために用いていた。この者は我らに「イエスの御名とその偉業によって」誓い、翌日の朝6時には、我々は異邦人の館へと送られ、そこで我々全体と我らの病人らが収容されるだろうと語った。我々が彼に幾らかの拳銃を与えようとすると、笑みを浮かべながら1つの労働に2つの報酬を受けるわけにはいかないと語った。


 翌日の朝、前と同じ役人らが船に来ると、我々を異邦人の館へと案内していった。彼らの主は言った。「あなた方が我が助言に従うならば、まず最初に私と共に一部の者らが館へと行き、あなた方に都合が良いかを確認してください。それから病人らと残りの者らを送るのが良いでしょう」我々は彼に感謝をし、惨めな異邦人らへのその配慮には、神の良き報いがあるでしょうと答えた。そして我々のうちの6人が彼と共に行った。この主は3つの美しい街路を通って我らを導いていたが、道の両側には大勢の市民らが見守っていた。だが市民らは我々に驚かないかのように丁重で歓迎した態度であった。我々が通るごとに、彼らは両腕を少し外側へと広げていたが、これは彼らの歓迎のしぐさである。やがて到達した異邦人の館は美しく広大な建物で、煉瓦により建てられ、幾つもの美しい窓があったが、その一部はガラスの、一部は白い綿布の類によるものであった。彼は我々を階段の上にある美しい客間へと連れていき、我々は何人いるか、どれだけが病人かを尋ねた。我々は総数で250人いて、そのうちの病人は17人だと答えた。彼は戻ってくるまでここに留まって欲しいと述べ、1時間ほどしてから帰ってくると、我々250人のために用意された諸部屋を見るようにと案内した。これらの部屋のうちの4つは残りよりも良いもので、我々の代表者らの4人が受け取るだろう。残りは我々の宿泊の部屋であった。これらの部屋は美しく、明るく、丁重に家具が置かれていた。それから彼は我々を回廊へと案内し、そこでは片方には17の小部屋があり、杉の木によって区切りがなされ、この回廊と全てで900ある小部屋は、診療所として使われていた。彼は我々に、病者が癒えたら、通常の部屋へと移されるだろうと述べた。そのために、彼らは10の予備の部屋を用意していた。


 これらが行われると、彼は我々を客間へと戻し、部下へ命令を与えるように茎の杖を少し持ち上げると、我々に述べた。「あなた方が知る必要があります。この土地の習慣では、今日と明日には我々はあなた方の残りの人々を船から降ろしてここに連れてきますが、それから3日間はこの扉の中に留まる必要があります。これを拘束とは受け取らず、休息と考えてください。くれぐれも外へは出ないように。また我々の者のうちの6人を、あなた方の取引のために配置します」我々は彼に全ての愛情と敬意とともに感謝をし、「神はこの地に確実に祝福を与えるでしょう」と述べた。我々は彼にも20の拳銃を与えようとするが、彼は笑みを浮かべて、「待ちなさい! 2度報酬を払うとは!」と言われ、そのままにされた。すぐに我々の夕食が運ばれてきた。パン、食物、ワインなどのいずれも高級なもので、私がヨーロッパで知るどの食物よりも良いものであった。我々はエール、ビール、リンゴ酒の3種を飲んだが、いずれも素晴らしいものであった。葡萄のワイン、麦による別の酒は我々のビールに似ているが、より味わいがさえており、この国の果実で造られた桃のジュースのような飲料は、驚くほど甘く、元気づけられた。加えて病者らのために、緋色のオレンジが多くもたらされ、それらは薬のように思えた。また、箱の中にある小さな灰色の錠剤が我々に与えられ、病者が回復を早めるために、毎夜寝る前に1つ飲むようにと彼らは望んだ。


 翌日、我々の船から残りの乗員と品物を運ぶ労苦をなした後に、私は仲間らを呼んで相談するのが良いと考え、彼らに述べた。「我が親愛なる友よ、今の状況を知り、どうするかを考えようではないか。我々は深海へと沈められようとする時、(旧約聖書の)ヨナがクジラの腹から投げ出されたように、この地へと投げ出され、今ではこの土地にある。だが我々は今も生と死の狭間にいるのには変わらない。我々は旧世界とも新世界とも離れているからだ。我々が再びヨーロッパを見る事が出来るかは神のみぞ知るだ。ある種の奇跡が我々をここに連れてきたが、以後はどうなるかはわからない。そのため、我々の過去の救出と現在の危険を鑑みて、神へと心を向けて、自らの行いを正そうではないか。我々は敬虔と謙遜に満ちたキリスト教の民の中へともたらされた。我らの悪徳や価値の無さを示す事で、我らを見る彼らの面に混乱をもたらさないようにしよう。彼らは我々を3日間閉じ込めている。その間、彼らが我々の行いを観察していて、それらが悪しきものだったら、速やかに我らを滅ぼさないとは誰が知ろうか? 神の愛にかけて、我らは神との平和にあるように振る舞い、この民の目に我らに神の恵みがあるのを見い出すようにしようではないか」我が仲間らは異口同音に良い警告に感謝し、何ら攻撃的な振る舞いをせずに、敬虔で丁重に生活すると約束した。我々はこの3日間を快活に費やし、その間、毎時間に我らの病人らの回復を喜んだ。


 3日後に、新しい者が我々のもとへと来た。この者も空色の衣を来て、そのターバンは白く、その先頭に小さな赤い十字があった。彼もまた、良質のリネンの肩掛けを帯びていた。彼は我々に小さくお辞儀をして、その腕を広げた。我々は彼に非常に謙遜したやり方で挨拶をした。彼は我々のうちの少数と対話をするのを望み、そのため6人だけが部屋に留まり、残りは退出した。彼はこう述べた。「私はこの異邦人の館の支配人、薔薇十字団のキリスト教司祭をしており、ここに来て異邦人と主にキリスト教徒に仕えるようしています。我が国はあなた達に、6週間この土地に留まる許可を与えますが、それ以上の滞在を求めても構いません。これらの法は厳密では無いからです。また、この異邦人の館は、豊かで多くのものがありますが、それはこの港に前に異邦人らが来てから、36,000年間誰も来ずに、この建物にこれらが蓄積されてきたからだと、あなた達は理解してください。そのため、気楽に過ごしてください。我が国はあなた方が留まる間、必要な物を支払います。あなた方がもってきた商品については、よく用いることができ、別の品物か金や銀で支払いましょう。我々にはこれら全ては1つだからです。あなた方に他にも求めるものがあれば、どうぞご遠慮なく。我々が求める唯一のことは、あなた方の誰も、特別な許可なしに町の壁から1ユルドとカラン(彼らの言葉で1マイル半の事である)離れない事です」我々はこの寛大な処置に感謝の言葉が無く、彼の高貴で自由な提案に対して、尋ねる事は無いと返答した。我々は天国での救いにあるかのように思えた。我々は少し前には死の瀬戸際にあったが、今や快適さ以外の何も見出さない場所へともたらされたからである。我らに定められた命令に対しては、従うのに失敗はしまい。たとえ不可能であったとしても、我らはこの幸福と聖なる地をさらに進むようにと心を燃やした。我らの祈りの中で、この高貴な人や国を忘れる前に、我らの舌はその口の上顎を裂くべきである。また我々は彼に真の僕として受け入れるようにと謙遜に懇願をし、我々はみな彼の足元にひれ伏した。彼は自らが司祭であり、その報酬、すなわち我らの兄弟愛と、我らの魂と肉体の幸福を求めると述べた。それから彼は目に優しい涙を浮かべつつ去り、我々は喜びと優しさにより混乱させられ、我らは天使らの国へと来たのではないかとお互いに言い合った。


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