薔薇十字団の真の歴史 13

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 13


第13章 薔薇十字団の擁護者たち:ジョン ヘイドン


 我々の注目を惹くに足る主張をしている擁護者たちの最後は、極端に王党派の神秘家で、土占術師のジョン ヘイドンである。この人物は自著「聖なるガイド」の序文で、以下の興味深くも奇妙な自伝を残している。


 私はイングランドのロンドンの貴族の末裔であり、完全な背丈で生まれ、小さな手足であったが、あらゆる部分は均整が取れ、暗い亜麻色の髪はあなたが肖像で見るように*1巻き髪であり、上記の占星術のホロスコープは私が生まれた時のものである。


 またこれは、私の守護神マルヒトリエルと霊タファザ ベネゼルタル タスクラフィマラーの印である。私は幼い頃――アセンダントが火星と合(コンジャンクション)であり、太陽と土星がクアンタイル(90度)にある時――に、天然痘とくる病に罹った。ウォリックシャー地方の母の生まれであるヘーウェルの近くのタルデビックの町で私は学び、大人たちは私を書から離さず、危険から避けるように慎重に扱い、そのため家と学校とを往復する日々だった。無論、我が親は両方とも名誉ある一族の末裔だからである。両親は私のラテン語学習をゴルトンの教会の牧師ジョージ リネカー氏に頼み、私は氏からラテン語とギリシア語を完全に学んだ。それから私はオクスフォードへと向かう事になったが、戦争が始まった。太陽が土星に近づき不快になったからである。これらで、私が貴族の生まれの甘い紳士であるのを、あなたは知ったであろう*2。また、私のホロスコープを見ていよう。水星、金星、土星は強く、これらにより竜頭と火星もである。私は自らの行動は完全に厳格なもので、話しぶりは質素なものだと判断している。私は献身に対しては、我が膝、我が頭、我が手を全ての外側と感覚的な礼儀正しい動きをし、それにより不可視の献身の表現をし助長するのに用いるのを愛している。私はエッジヒルへの国王軍に参加して、騎兵隊を指揮していたが、誰に対しても侵害をせず、聖人や殉教者らの記憶を損なう事もしなかった。私は意図的に人を殺す事もせず、捕虜として武装解除をさせていた。私は違った意見の持ち主から離れたり、自分に同意しなかったために怒ったりもせず、少なくとも数日で鎮めるようにした。私は人の宗教が何かについては気にしないが、私が捧げているイングランド国教会以上に、私の心に合ったものはなく、それらの内容、教会法、習慣が理性に共振しており、いわば我が特別な献身に適っているものはない。この教会に私は忠実であり、その内容には二重の服従をしており、その教会法を行うように努めているのである。その範囲外にある事柄については、我が個人的な理性の規則、我が献身の気質と流儀に従って私は行っているが、それはルターが確言したと信じるからでもなく、カルヴァンが嫌っているのを論駁するためでもない。そして戦争で死んだ全ての者らが兵士でないように、宗教の問題で受難を受けた全ての者らが殉教者という訳でもない。そして、私ほどに高貴な形で死の面を恐れるものは多くなく、それでいて倫理から私は神の十戒に従い、自然な敬意により、私は隣人や他者との対話を柔和に行い、儀式主義や政治的観点や冷淡さの中に滅びる事も無く、御しがたい気質があるとも私は信じず、それらの障害に従ったり黙認したりせず、その中で不信心を発現させたりもしない。そのため、世俗だけではなく宗教の行動の全ての要点を知恵とし、それ無しには殺人の炎に自らを委ね、一つの火を別へと伝えていくに過ぎないのではないかと恐れるのである。私は自らを誇りと勇気ある勇者、我が敵らへの勝利のトロフィーを見て、この生を忍耐強く受け入れいれつつも、我が最良の黙想の中で死はしばしば打ち破られるのである。私は死を恐れない者らを称え、恐れる者らを愛すまい――その結果、私は隊長の命令に従う兵士らを自然と愛するようにした。我がホロスコープから、私は自然と内気であるのを知るであろう。だが我が顔の表情から、その質を読めるだろう。この頃、私はスペイン、イタリア、トルコ、アラビアと旅をした。この時、アセンダントは月とトライン(120度)、水星とはセクスタイル(60度)、金星とはクアンタイル(90度)にあった。私は哲学を学び、本書*3と「知恵の神殿」などを執筆した。これらの交流、時代、旅で私は侮辱を受けたり怒ったりはしなかったが、私は他にない性質が自分の中にあるのを見い出した。それは(真実に話すと)私は死を恥じるほどには恐れない事だった。それは我々の性質の中の実に不名誉で無知な部分である。このために、我らが愛する友らが恐れて逃げ出す事すらある。野の鳥や獣のように、我らに従うのを恐れ、全ての忠誠を忘れ、我らに懇願をするのだ。嵐の海の中でもこの考えを持ち、私は海の深淵に飲み込まれるのを望み、そこで私は消え去り、哀れには思わず、目をうろつかせたり、憐れみの涙を流したり、倫理の講義をしたり、それらは一切ないのだ――何と昔とは変わった事か。我が体の部分や、そこで働くものに非難するものはなく、恥ずべき病にも我が生は苦しめられてもいない。私は自らを完全な肉体の者とは呼ばないが、全ての病からは自由であり、公正で、完全な健康にあるのを神に感謝している。


(略)


 以下がヘイドンの出版本のリストである。


 「エウゲニウス テオディダクトス、預言のトランぺッター、大ブリテン島の運命の啓示(英雄詩体による天の幻視)」詩の女神ムーサイの僕、最も価値無きジョン ヘイドン著、ロンドン、1655年。


 「薔薇十字医学の新しい技法。この中で全ての病の原因と治癒法を示す」 ロンドン、1658年、四折判。


 「息子への助言に対する娘への助言、あるいは、あなたの人生の様々な最も重要な出来事へのより良き対処」ロンドン、1658年、十二折判。


 「モーセからチャールズ王までで表される律法の概念」ロンドン、1660年、八折判。


 「薔薇十字の過ち無き公理、あるいは、過去、現在、未来の全ての事柄を知るための普遍的な規則」ロンドン、1660年、十二折判。


 「聖なるガイド、世界の驚異へと導く道。完全な医師による、過去、現在、未来の全ての事柄を知る方法の教授」ロンドン、1662年、八折判。


 「テオマギア、あるいは知恵の神殿。霊、天上、エレメンタルの3つの部分に分かれる」ロンドン、1662-1664年。八折判。


 「世界の調和、神、天国、天使、恒星、惑星、大地などの論説。さらに新しいエルサレムの王国についても加える」ロンドン、1662年、八折判。


 「プソンテオンパンキア。キリスト教の敵らへの時節の言葉。また、人の精神の自然の働きへの神に属さないものへの訴え」ロンドン、1664年、八折判。


 「賢者の王冠、あるいは、薔薇十字の栄光。真の天と地、哲学者の第一形質、および聖霊の館、薔薇十字哲学者らの聖なる住居の発見も含む」ロンドン、1664年、八折判。


 「エル ハヴァレヴナ、あるいは英国医師による薔薇十字の金属の属性についての教授」ロンドン、1665年、八折判。


 ジョン ヘイドンの哲学諸原理については、長く説明する必要はあるまい。テューポーンは、ベアタ プルチュラの敵であり、ハイレは冷と乾の土の霊であり、ベアタ プルチュラは自然の活性化させる霊であり、反逆の天使らの死体は実りなき混沌となり、といったような内容で、真剣な学徒には僅かにしか興味を惹かないだろう。その錬金術理論と実験は、最も低級なカスに属し、例外はトーマス ヴォーンから取った部分のみである*4。さらにヘイドンの数の神秘主義、地占術の啓示、占星術、霊的な諸神秘への探求は、いずれも過去の著書の寄せ集めである。その医療書は、粗雑な迷信と軽信ぶりに満ちている。だが時折出てくる聞いた事の無い実験やレシピは、これらを極めて奇妙な読みものにしている。Très rares, très curieux, et récherchés des amateurs(非常に稀で奇妙であり、素人の研究だ)。ヘイドンの本はいずれも高値で取引されており、その優れた薔薇十字の幻想とロマンスの書の再版は、オカルティズムの全ての学徒らが入手する価値がある試みである。


 ジョン ヘイドンの本の中では、RosicrucianやRosicucianismなどが一般に使われていて、これらの仲間らは、古い錬金術師、神智学者などと混同されており、馬鹿馬鹿しいほど古い起源が寛大にも彼らに授けられている。著者は自らが友愛団の一員であるのを否定しているが、次のページの内容にあるように、全ての秘密を解釈し、権威のある文体によって全ての教義を説明し、団の様々な団員と個人的に接触したと主張している。


薔薇十字団の真の歴史 13-2
↑ 薔薇十字団


*1 原注。ジョン ヘイドンの幾つかの書の巻頭にある肖像画では、若く髭の無い姿で、愛想が良いが、少しメランコリーな顔つきをしている。
*2 原注。この書は、薔薇十字団の高祭司あるいはグランドマスターに対しての参加希望の表明であり、そのため著者の自己紹介をしている。
*3 原注。「聖なるガイド」の事である。
*4 原注。「知恵の神殿」第1巻の最後の諸ページと、トーマス ヴォーンの「エウフラテス」の序文とを比較せよ。また、アグリッパの「オカルト哲学」第4の書ともである。