薔薇十字団の真の歴史 14

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 14

第14章 フランスでの薔薇十字主義


 友愛団の文書が最初に出版された時、ブール教授が我々に語るには、フランスは「ドイツとイングランドで総体的な啓明が大いに始まった」と見て、結果として隣国の幻想に対して自らを防御し、薔薇十字主義は「少しといえども成功しなかった」。一方でガブリエル ノーデは1623年に出版した「Instruction à la France sur la vérité de l’Histoire des Frères de la Roze-Croix(薔薇十字団の真実の歴史をフランス人に伝える書)」の中で、あらゆる種類の論拠もなく断言するには、フランス人は薔薇十字主義を速やかに受け入れ、高貴な内容から馬鹿げた内容までのあらゆる種類の意見に従ったとある。フランス人は極端な信じやすさで知られており、より冷静な他国人からの笑いの種であった。フランス人はポステルの死者復活の話から、尼僧ヨアンナ、ボリコの若返りの泉、パラケルススの不死や帰還に至るまで、あらゆる馬鹿げたものを信じたが、この「R.C.友愛団の歴史」は、それら全ての中でも最も馬鹿げているものである。これらの書は、たとえ謎めいた部分を全て取り除いたとしても、無用で完全に理解不能である。僭称者のみが秘儀参入された団員であると宣言しており、この団への偽りの報告が全ての王国と政府に広がり、損害を与えていた。


 この書は、退屈で冗長であるが、疑い無くこの新しい教義を広めるのを防ぐための手助けとなった。ド クインシーが主張するには、フランス人は「信じやすい愚かさ」を望まず、気高さと想像力の部分に常に欠けていた。「この面では、フランス人は常に非宗教的な人々で、父ローゼンクロイツのこの企ては、フランス人に受け入れられるには、宗教的なフィーリングが強すぎて、宗教的な印象の下で動き過ぎていた」。


 フランスに薔薇十字主義が最初に現れるのは1623年で、パリの街壁に以下のような神秘的なプラカードが張りつけられた事件からであった――「我ら、薔薇十字の信仰仲間、我らの主要な団の代理者らは、今やこの町に可視、不可視に留まり、いと高き御方の御名により、賢者らの心にあらゆる学を教える。それらは、書も象徴も印も使わず、我らが逗留する国の言葉で語り、我らの同胞を過ちと破滅から救い出すであろう。」


 この宣言文は少なくとも4つの違った版があった。ガブリエル ノーデはこのように記している。――「いと高き御方の恵みにより、我らは書や印の助けもなく、我ら選ばれた者が留まる国の言語を用いて教える。それにより、我らは同胞を死の過ちから救うためである。」また、1623年に「Effroyables pactions faites entre le diable et les prétendus invisibles, avec leur damnables instructions, perte déplorable de leurs escoliers, et leur misérable fin」という題で出版されたフランス語のパンフレットでは、より重要な版を与えている。「我ら、薔薇十字の団の代理者らは、我らの団や会合に入るのを望む全ての者らに、いと高き御方の知識へ参入するよう助言する。そのために、我らは今日集められ、我らは参入者らを可視の存在から不可視へと、不可視の存在から可視へと変容させ、望む外国の国々へと転移させられるであろう。だがこれらの驚異の知識を得るのに、我らは読者に警告をするが、我らは人の思考を知るので、ただの好奇心、単に我らを見たいという望みでは、我らとは決して対話できないであろう。だが我らの団に参加したいという熱心な大志を持つ者には働き、我らはそのような者に我らの約束する真実を宣言し、(他の者には)我らは自らの居場所を明かす事無い。我らの読者が参加しようと単純に考えるのみで、我らが知るには充分であり、それらの者に我らは自らを明かすからである。」


 この宣言文について、エリファス レヴィは「魔術の歴史」でこう付け加えている。「この神秘的な文書への公的な意見、薔薇十字の友愛団が誰かについて公に要求する者がいたら、しばしばその者に密かに匿名の人物が近づいてきて、重々しくも以下のように述べるのである。


 世界全体の改革はすぐに達成される運命にあり、薔薇十字団は超越的な知恵の寄託者、全ての自然の賜物の静かな保有者であり、望むようにそれらを分配できるのである。


 どこに彼らがいようとも、世界の残りで何が行われているかについて、そこに居る者らよりも知る。彼らは飢えや渇きに苦しむ事も無く、老衰も無ければ恐ろしい病も無い。


 彼らは最も強力な霊、守護神らに命令ができる。


 神は彼らを敵らから守る雲で覆っており、鷲よりも鋭く見通せる目を持っていても、彼らの同意なしには見る事はできない。


 彼らの総会はエジプトのピラミッドの中で行われる。だが、モーセが水を吹きだたせた岩のように、これらのピラミッドは荒野で彼らの前を進み、「約束の地」へと進む彼らに従うのである。


 これらの主張には何の根拠も与えられておらず、エリファス レヴィが読者を眩惑させ楽しませるための、ロマンティックな作り話の1つである可能性が高く、レヴィを真っ当な歴史家としては絶対的な無価値にしているのである。


 この宣言文の起源が何であれ、一般的な、また主に敵意のある注意を惹いた。そしてこれに続いたのは、この時代の著者らの様々なパンフレットであった。ノーデはこの宣言文をイカサマであると見ている。「我が国を今や吹き荒れている、この突風的な出来事の正確な起源を我らが調べるならば、この友愛団の記録は、ドイツで現れた時からすぐに海外へと広がっているのを見い出すであろう。パリの一部の教授、博士、学徒らは好奇心からこの出来事を調べ、彼らがフランクフルトから帰還してから出版され知るようになった新書らを読んだ。だがそこで見い出したものは、キメラと大言壮語ばかりであった。彼らはこの喜劇を避けて、最初の告発者となる事で失った評判を取り戻すのを望んだ。パリには、この愚行が収まるのを防ぐだけの充分な愚者らがいると判断したからである。事実、3ヶ月前にこれらの中の者が、フォンテーヌブローに王がおり、王国は平穏で、マンスフィールドは日々の知らせとしては遠すぎるので、あなたに噂話を与えようと決意し、6行のかの文書を含んだプラカードを公の場所に置いたのである。」


 一方で、「薔薇十字の兄弟団の未知にして高貴なカバラへの考察」という題名のパンフレットの匿名の著者は、この宣言文を権威のあるものと認めるものの、激しく非難している。「目に余る冒涜がこれらの僅かな行の中に見い出せる。最初の行では、これらの罰当たりで哀れな者どもは十字架の旗の下に自らが属するように装うが、彼らの真の主は、闇の君主(サタン)、何よりも嫌われている者なのである。第2行では、望むように不可視となり、物質と形のある自然の体を持つ者らは接触できなくなると主張するが、いかなる正当な学問を以てしても、それらは達成できないのだ。第3行では、彼らは本や印も無しに、瞬時にあらゆる学問の分野を教えられると自慢しているが、これは明らかに人間の知の可能性を超えている。学問を取得するのには、短縮と要約によってある程度は促進させられるものの、段階的な努力と時間によってのみ可能なのである。第4行では彼らは全ての方言と言語を取得したと主張している――このような特権は誰も与えられておらず、例外は使徒らの奇跡であるが、その時代の生活は彼らのものとは大いに違っている。結論として覚えておくべき事は、そのような者らは我らを過ちと破滅より救うべく神から送られた者らではなく、好奇心の強すぎる者の魂を地獄へと引きずり込むために、サタンにより起き上がらせられた者らである。」


 この奇妙な宣言文についての最も豊富な情報は、「悪魔といわゆる不可視の者らとの間の恐るべき契約」の中に見い出せる。これは悪意ある誹毀に満ちているパンフレットであるが、あまりに奇妙なので、その一部は可能な限り簡潔に再現する価値がある。この内容によると、宣言文が置かれたのはパリの幾らかの場所で、学者や無学の者らの好奇心を引き起こした。この友愛団の不可視性やあらゆる言語を用いれる賜物の主張に誰もが驚いた。そして、その中の一部の者らは、彼らは聖霊の使者であるに違いないと述べ、別の者らはいと高き聖所の者らだと述べ、残りの者らはこれら全ての行いは幻術か魔術の類であろうと考えた。多くの者にとって、人の心の内奥を見抜くのは、他の特権を超えて敬われるものだが、そのような能力は神のみが持つので、彼らはその面で疑わしく思えた。そして、悪魔は過去や現在の事柄の知識を持つが、もし現在の事柄の知識を持つならば、思考もその中に含まれるだろうし、そのため悪魔はそれらを知るだけではなく、その使者らにも同じ知識を共有するだろうと主張しなくてはなるまい。


 パリのある法律家はこの偽りの物語を聞いて、この新たな団に参加したいと熱心に思った。すると不可視の能力の明らかな利点を用いて、この者の前に不可視の者らの1人がすぐに現れて、彼の思考を読む事ができると伝え、硬直している聞き手に対して、市場の反対側で夜の8時にまた会うならば、望んだことを得られるだろうと述べ、この神秘的な人物は来た時のように奇跡的に消え去った。そしてこの法律家は自らの印象によって、あのプラカードにあった主張の中に幾らかの真実が含まれていると考え、その時間に約束の場所へと向かった。そこでは同じ人物がまた現れ、彼の目を目隠しで覆い、迷路のような街路を導かれて、不可視者らの住処へと連れて行かれた。そこで目隠しは取られ、彼はその部屋に5人の議員的な人物らがいるのを見つけた。彼らは重々しい声で、彼の参加志望を喜ばしく思うが、しかし受理する前に、彼は忠誠の誓いを取り、紙に「私は自らを放棄する」と書く必要があると述べた。この新しい信仰への準備は、古い信仰の全ての教えに盲目にするためである。新参者が書き終えると、彼らの1人が近づいてきて、耳元に息を吹きかけた。この者は聖霊の息吹を受けたと信じたが、実際は悪魔の息である。そして悪魔の働きによって、この者は数えきれない幻覚を見て、望む時に不可視となる魔術の呪文についても教えられ、ローマ教会に対して呪いを述べ、朝と夕にマスターサタンに忠誠の宣言をし、この驚異に対して人々の利益のために惜しまないよう命ぜられた。これらを終えると、彼らは法律家を裸にして、体全体に魔術の膏薬を塗られ、夜明けに川で沐浴をさせられ、彼らの前で座って自費で豪華な食事をとって、その後に再び目隠しをされると、昨夜の会合場所へと戻された。部分的に酔っていたものの、この者は自らの任務を満たす決意をし、川に飛び込んだ。より完全に清めるためにそこで泳ぐつもりであったが、不幸にも溺れてしまった。よって匿名の歴史家は述べるには、この者は真に可視から不可視へと、不可視から可視へと変わったのである。なぜなら、今日に至るまでこの者の死体は熱心な探索にも関わらず見つかっていないからである。「これらが、先の7月の終わりでの不可視の博士らへの研究の最初の果実である。」


 同等の信用される別の物語も、同著者により語られており、この悪名高い不可視者らと自発的に繋がった結果の悲劇を描いている。ある兵士が秘儀参入の儀礼で、アサシンの集団に加わるように彼らに命令され、速やかに暗殺されたという。またピカルディ地方のある判事は、まだ誰にも言っていない望みに応えて、私室に神秘的な6人のうちの1人が奇跡的に現われ、団への参入儀礼を受けた。そして2日後にこの者は自殺したという。また、あるアングロ フランス人は同じ不幸な結果となった。彼はイングランドを再訪したいと望むと、即座にブーローニュの町へと転移し、そこで彼をここに連れて来た悪魔に対して、さらにドーバー海峡を越えてロンドンへと連れて行くように求めた。だが激怒した悪魔は彼を捕まえて、カレーの町とドーバーの間の海へと恐ろしい騒音とともに放り込んだ。これはアムステルダムからインドへと航海するオランダの200隻の船の前で起きた出来事である。


 この稀で下品なパンフレットによると、薔薇十字団員あるいは不可視者は、著者の頭の中では同一視されているが、スペインのイルミナティとは区別され、総数で36人おり、6つの集団へと分割されている。彼らの集会はリヨンの町で1623年6月23日午後10時に開かれたが、これは魔女の大サバトの2時間前であった。そこでは食人の降霊術師と、地獄の軍勢の魔王の1人であるアスタロトが、光と輝きの中で現れる。この魔術師は高き者の使者として表されている。全ての者らはこの悪魔の前にひれ伏して、悪魔は何を望むかと尋ねると、代表者から、彼らはマスターアスタロトの御名において、以下の紙にある条件で仕えるべく集まった小さき会衆であると伝える。それから魔王の使者にこの紙が捧げられ、そこには「降霊術師レスプクと薔薇十字団の代表との間の同意条項」と書かれている。引受人はこの高き者の前で以下の契約を保証する。すなわち彼らは至高の生贄を捧げる者、レスプクの命に従うと約束し、キリストの御名により受けた洗礼、聖油、塗油の秘蹟を全て放棄し、全ての形の祈り、告白、秘蹟、さらに(イエスの)肉体の復活の全ての信仰を嫌い、レスプクにより伝えられた教えを世界の全てに広めると約束し、自らの名誉と命にかけて誓い、これら全てをなす事への免罪、恵み、許しのいずれも望まない。そしてその証明として、それぞれの団員は左腕から血を取って、この紙に自らの血でサインをする。魔術師は自らの部分として、彼らを東から西へと、北から南へと、あらゆる場所へ瞬時に移動させ、世界のあらゆる言語を自然と喋らせる。この同意条項によって悪魔は、彼らがあらゆる宮殿、家、部屋、私室へと、たとえ閉じられて鍵がかけられた扉に対しても出入りできるようにし、最も説得力のある雄弁を授け、ホロスコープを書き、最も秘密の考えも読めるようにし、学者らから崇められ、好奇心の持ち主らに探させて、旧約の預言者らよりも威厳を与える。さらにそれぞれに、自らのサインのある羊皮紙、貴重なサファイアを付けた黄金の指輪を授け、それらの下で彼らのガイドとなって働く悪魔も授ける。


 それから輝ける若者の姿をしたアスタロトは、その犠牲者らを愛撫し、抱擁し、彼らは盲目的にこの者を力ある神の現れと誤解し、常に加護があると約束され、彼らが誓った契約に何があっても背かないと厳粛に誓い、キリストの福音に対して耳を塞ぎ、全ての国々にこの悪魔が使者である力ある主権者の真実を伝え、そのために魂の不死を信じている者らに、偽りの教えを広める。それからこの契約はアスタロトにより、そのマスターの代理として承認され、それから悪魔は夜11時から翌朝までにかけて、ピレネー山脈の迷宮のそばで行われる、洗礼者ヨハネの夜のサバトの手助けをするために消え去る。降霊術師は不可視者らの間に取り残され、彼らは以下のように息を吹きかけられる事で、約束された力を受け取る。全ての者は裸にされ、その顔を地面に付けてひれ伏し、魔術師は脂と軟膏の入った壺を取り、彼らのそれぞれに、古代のテッサリアの妖術の方法によって首の上の部分、腕のくぼみ、背骨の下の部分、性器の部分、尻に塗る。それから魔術師はそれぞれの右耳に向かって息を吹きかけて、「去り、お前の約束の結果を楽しむのだ」と述べる。それから魔術師は彼ら全てに悪魔の指輪を渡し、突然に突風とともに彼らを魔術師の命令により百リーグも飛ばして、妖術師らの大集会へと送る。そこでは新参者らとして、彼らはサタンから魔術師の印を受け取る。それから6人はスペインに、6人はイタリアに、6人はフランスに、6人はドイツに、4人はスウェーデンに、2人はスイスに、2人はフランドルに、2人はロレーヌに、残った2人はブルゴーニュへと送られた。このように彼らはカトリック諸国にのみ向かうように命ぜられており、残りの異端や異教徒の国々は、教会が無く、熱狂的な年代記作者が述べるには、既に地獄の爪に掴まれているからである。フランスへと送られた6人は、7月14日にパリに到着し、それぞれは疑いを抱かれないように個別に宿を構え、日々第1の者が望む場所、時にはパルナッソスで、時にはモンフォコンの列柱で、時にはモンマルトルの採石場などで会合を開いた。パリで宣教する困難を認識していたので、彼らは多くの時間を討論に費やした。彼らのホテルの費用は増大し、悪魔は常に財布を満たすようにするという約束を既に反故にしていた。家具を買い、より弟子を得るのに自由な場所の宿を用いるのに、彼らは馬を売る必要があった。だが売った後には、彼らは考えを変えて、タンプル地区の2つの家具のある部屋を取り、そこはロバート フラッドが「弁明」の書で薔薇十字団の住処として既に述べている。そしてこの時期に、パリの街壁に彼らによって、かのプラカードが張られたのである。


 先に述べた「薔薇十字の兄弟団の未知にして高貴なカバラへの考察」の著者は、「恐るべき契約」と同意し、この「忌わしき団」の首領はサタンであると主張している。そしてその第1の規則は、神の拒絶、最も純粋で不可分の三位一体への冒涜、贖罪の神秘を踏みつけ、神の母マリアと全ての聖人らの顔に唾を吐きかける。第2の規則は、キリストの御名を嫌い、洗礼、教会の取り成し、秘蹟を放棄する。第3の規則により、彼らは悪魔に生贄を捧げて、契約を結び、強姦をなし、無垢な子供を生贄に捧げるなどをする。第4の規則により、彼らはサバトをしばしば行い、カエルを可愛がり、毒の粉末を作り、悪鬼らと踊り、嵐を引き起こし、野を荒らし、果樹園を破壊し、隣人らへ数えきれない疫病を放って殺し虐めるのである。


 これらのグロテスクな中傷、黒魔術のヘドロから造られたものを駆り立てる精神は容易に認められる。これらのパンフレットの著者らはカトリック教徒であり、薔薇十字団の宣言書の中にあるプロテスタント主義に腹を立てて、暴言に対しては暴言を、教皇の処刑の教義に対しては冒涜、無神論、悪魔崇拝の告発で応じた。ガブリエル ノーデはこれらフランスの薔薇十字団批判家らの中でも最も理性的であったが、それでも耐え難いほどに愚かで、古典の引用のざわめく海の中で喚き散らしていたのである。


 薔薇十字団が公に宣言していた特権や諸力の他にも、ノーデは以下の内容を並べている。その一部は宣言書の中に間接的に見い出せるが、他はいささか曲解した解釈によってのみ導いている。


「彼らは創始者の思索は天地創造から人間の学習、神の啓示、天使の示唆により、これまで知られる事、発見した事、理解した事よりも勝ると主張する。


 彼らは世界の終末が来る前に、万物を増大させ回復させるよう定められている。


 彼らは至高の段階までの知恵と敬虔さを持ち、自然の境界内にあり望ましい全てのものを邪魔されずに保有し、望むように分配できる。


 どこにいようとも、他の場所の全てで起きる事も、そこにいる者らよりも知る。


 彼らは飢え、乾き、老衰、病、その他の自然の不都合には属さない。


 彼らは団に参加する価値ある者らには自らを明かす。


 彼らは世界の始まりより存在しているかのように、あるいは世界の終わりまで留まるように、常に生きる事も可能である。


 彼らは特別な書を持っており、その中には今存在したり未来に現れる全ての書の内容を確認できる。


 彼らは最も強力な霊や悪魔も仕えるように強制でき、その呪文の力によって、真珠や宝石も引き寄せられる。


 神は彼らを敵らから隠す雲で覆っており、少なくとも鷲よりも鋭い目が無い限りは見通せない。


 薔薇十字団の最初の8人の信仰仲間らは、全ての病を癒す力を持っており、そのため患者らの集まりに忙殺させられた。そしてその中の1人はカバラの神秘の達人で、Hの書と呼ばれる書を読み、イングランドにいた時に若きノーフォーク伯のライ病を癒している。


 神はこの兄弟団の数を増やすよう定めている。


 万物の自然を表現するための新しい言語を彼らは発見している。


 彼らによって、聖ペトロの三重冠(教皇)は地に堕ちるだろう。


 彼らは自由に公的に弾圧の恐れも無しに、教皇は反キリストであると述べている。


 彼らは東洋と西洋の冒涜者、すなわちムハンマドと教皇を非難し、2つの秘跡のみ、すなわち原始教会での儀礼で、彼らの会合で再生されたもののみを認めている。


 彼らは四君主制と、(神聖)ローマ帝国皇帝を主、全てのキリスト教世界の頭として認めている。


 彼らはスペイン王が両インドから得たよりも多くの金と銀を持ち、その宝庫は尽きないほどである。


 彼らの住処は聖霊の館と呼ばれ、たとえ100,000の者らが見ていても気付かれる事は無い。


 彼らの書庫には幾らかの神秘的な書があり、その中の1冊は、聖書に次ぐ価値があり、崇められ啓明された父R.C.の死体の右手に持っていたものである。


 最後に、彼らの格言の真理は、世界の終わりまで留まるだろうと確信している。」


 この迫害された団への擁護はフランスで起きる事は無かった。「チェンバーズ ジャーナル」のある著者はこう記している。「メルキュール・ド・フランスの同時代人の権威らが知るには、この世情のパニックは、この神秘的な宗派、誰も見る事のない団員らへの恐怖により刺激された。彼らに関する最も馬鹿げた物語が、日々報告され、読者を獲得していた。ある宿屋の主人は、神秘的な異邦人が宿に入ってきて、大いに歓待した後に、支払いを置いたまま雲のように突然消えたと断言している。別の者は似たような異邦人によって卑しいトリックに遭っている。この者は主人の家で1週間過ごし、食事を選んで、最良のワインを飲み、支払いの時には幾らかの新しい金貨を払ったが、翌朝にはそれらは粘板岩となっていたという。また何人かが経験した話では、彼らが深夜にふと目を覚ますと、寝室に他の者がいるのを見つけ、叫び声を上げると、突然にこの者は不可視となったが、なおもいる気配がしたという。このよう騒動がパリにあり、自らを満足に証明できない者は、石打で殺される危険があった。また多くの市民らは寝室を侵害した薔薇十字団員に報復するために、マスケット銃を傍らに置いて寝ていた。」


 だが2年も経つと、この騒動も静まった。さらに宣言書が張られる事も無く、薔薇十字の不可視の神秘的な団は――実際にパリに訪問していたとしたら――より軽微な犯罪へと移っていった。やがて彼らの存在は、市民らが新しい物珍しい出来事に興味が移る中で、忘れ去られた。


薔薇十字団の真の歴史 15
↑ 薔薇十字団