ヘハロト ラバタイ 5

ページ名:ヘハロト ラバタイ 5

第7章


72. ラビ イシュマエルは述べた。御前の君主スリヤーは、私にこのように述べた。「友よ、王(神)とその御座の誉れについて、あなたに語ろう」それゆえ、このように言われた。
 その栄光の御座は、天のケルビムの上に上げられ、
 大いなるオファニムが、
 さらに、雪の生き物、霧の生き物、炎の生き物らが、これを支え、
 天の高みと光輝による王冠をかぶり、
 シャダイ(全能者)の目は、これらの上に持ち上げられ、
 牡羊座がおおぐま座の星々の下にあるように、
 その下まで伸ばされる。
 そして、これらの生き物の手の力により、
 この御座は上げられる。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主は」と言われるように。


73. いと高き所まで上げられた、輝ける王よ!
 その恐るべき御座は高く上げ、持ち上げられる。
 高き神殿の諸部屋に住まう方よ。
 あなたの御座の僕らは、恐れ、震える。
 日々、諸天はあなたの足の足台となり、
 歓喜の声、賛美の騒ぎ、歌の叫びが放たれる。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主は」と言われるように。


74. (神の)力の使者ら、シェキナーに目覚めた者ら、
 騒がしい声、僕らの声と力ある者らの声で歌を広げ、
 その甘美な口、聖なるメロディーで、
 燃える炭の溶岩の流れの中に住まう者への歌を歌う。


75. その栄光の御座の輪を彼らは持ち上げ、歌う。
 「歌え、至高に住まう方への喜びとともに歌え!」
 「叫べ、この貴重な乗り物へ喜びとともに叫べ!」
 「この驚異的に大理石により造られたものに」
 「この上に王が座る事を、確実に汝は喜ぼう」
 「それは婚礼での花婿の喜びのように」
 「王を喜ばせ、ヤコブの全ての種を喜ばせよ」
 よって、私があなたの翼の下に隠れ場として来たとき、
 私の心はあなたへの喜びに弾んだ。
 あなたが私の心に語りかけたのは、王の対話であり、
 創造主よ、あなたが対話を保ったから。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主は」と言われるように。


76. 光輝の花輪、諸王冠をかぶり、
 至高の歌い手らが歓喜の歌を歌い、
 炎の主であるあなたを称揚する。
 シェキナーの最奥に、最奥の部屋に、
 あなたの諸部屋の中の部屋に、あなたは住まうから。
 歌い手は、あなたの御名を、その僕らの名前と区別し、
 あなたを、メルカバーの僕らと分け、
 周囲からあなたの御名を名乗る。
 火は燃え、炎は周囲を巡り、
 輝きは取り巻き、輝きの炭が生み出される。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主は」と言われるように。


77. 恐れし者に愛され、いと高き者に選ばれた者よ、
 その顔を上げ、権威ある者と対話し、
 シャダイの目に同意され喜ばせ、
 輝きの王の御前にて対話し聞く者よ。
 王の僕らは、叫ぶ。
 「権威ある王よ、
 沈黙の宮殿の諸部屋にて御座に座る、
 畏れ、聖なる、純粋な方よ」
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主は」と言われるように。


第8章


78. 勅令を取りやめ、誓いを無効にし、
 怒りを避け、嫉妬を鎮め、
 愛を覚えさせ、友情を定める、
 恐るべき宮殿の王の高みの御前で、
 あなたが喜ぶ時に、
 何を恐れさせるのか?
 あなたが恐れる時に、
 何の歓喜の歌を歌わせるのか?
 彼らは答える。
 「神の力のオファニムが、メルカバーを覆う時」
 「我らは大いなる喜びを抱く」
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主は」と言われるように。


79. 愛らしい面、威厳ある面、
 美の面、炎の面、
 それはイスラエルの主なる神の面。
 その栄光の御座に座る時、
 その威厳は宮殿中にて確立する。
 その美は諸力の美よりも愛らしく、
 その威厳は婚礼の部屋の、
 花婿と花嫁らの威厳よりも勝る。
 この方をその目に見た者は、瞬時に粉々となり、
 その美を見た者は、瞬時に(肉体という)器から流れ出る*1


80. 今日、仕える者らは、
 明日には仕えず、
 明日、仕える者らは、
 二度と再び仕えない。
 その力は弱まり、その面は暗くなり、
 その心臓は彷徨い、その目は曖昧となるからだ。
 王の威厳、王の美の光輝の(幻視を見た)後には。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


 僕らは愛され、僕らは愛らしく、
 僕らは機敏であり、僕らは素早い。
 栄光の御座の石の上に立つ者らは、
 メルカバーの輪の上に立つ者らは。
 栄光の御座の石として、彼らは戻り、
 メルカバーの輪として、彼らは取り去られる。
 右側に立つ者らは、左側へと戻って立ち、
 左側に立つ者らは、右側へと戻って立ち、
 前に立つ者らは、後ろへと戻って立ち、
 後ろに立つ者らは、前へと戻って立つ。
 他の者らを見る者は、「これは私だ」と言う。
 この者の未来の面は、
 彼の者の未来の面のようであり、
 彼の者の未来の面は、
 この者の未来の面のようであるからだ。
 幸いなるは、この僕たちを持つ王かな!
 そして幸いなるは、この王を持つ僕たちかな!
 幸いなるは、これらを養い、
 この驚異的な光、
 驚異にして大いに不思議なる幻を見る目かな!
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


81. 喜びの川、喜ばしき川、
 歓喜の川、満足の川、
 愛の川、友情の川、
 栄光の御座の御前より放たれ、彼らに注がれる。
 自らを強め、第7天の諸門を通り過ぎる。
 その獣らの竪琴を奏でる音より、
 そのオファニムのドラムを鳴らす音より、
 そのケルビムのシンバルの楽の音より、
 音は自らを強めて、大いなる騒ぎとなる。
 イスラエルが主の御前にて、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言う時に。


第9章


82. 海の音にて、川の轟きにて、
 南風がかき混ぜる、タルシシュの波にて、
 栄光の御座の歌の音にて、
 輝く王への音楽と賛美がなされる。
 無数の音と、大いなる騒ぎが!
 栄光の御座の御前にて、
 御座がヤコブの力ある方への音楽と喝采をなす時、
 多くの者らが、その声をあげ、
 御座を助け、強める。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


83. 祝福は天と地にいる者、メルカバーへと降りる者に。
 あなたが我が(イスラエルの)子らに何をなすかを述べ、
 朝の祈り、昼の祈り、夜の祈りにて、
 日々、毎時間、
 イスラエルが我が御前にて「聖なるかな」と述べるように、
 あなたの祈りの家の上の天へと視線を上げて、
 我が御前にて「聖なるかな」と述べるように、教えるならば。
 私が創った、この我が世界に、(祈りが無ければ)何の喜びも無いからだ。
 だが、あなたの目が私へと上げられ、
 私の目があなたへと上げられ、
 あなたが我が御前にて「聖なるかな」と述べるならば、
 あなたの口から放たれる息は、
 我が御前に喜ばしい味として向かい上昇する。


84. そして、これらの証人となり、あなたが見たものの証人となれ。
 あなたの父祖ヤコブの面に私が何をなしたかを。
 それは我が栄光の御座に刻まれ、
 あなたが我が御前にて「聖なるかな」と言うたびに、
 私はこの御座に頭を下げ、抱き、抱擁し、接吻し、
 我が腕は3回その肘掛けにて休息する。
 あなたが我が御前にて「聖なるかな」と3回言うたびに。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


85. 威厳ある王に威厳を帰さない者がどこにいようか?
 称えられる王を称えない者がどこにいようか?
 聖として崇められる王を聖としない者がどこにいようか?
 日々、諸力をなし、多くの驚異が、
 王の御前へと来て、それぞれが以前よりも上回り驚異であるゆえに。
 その主要な僕らから輝きの御名が述べられるたびに、
 まぶたより、その口から息が放たれる。
 その御名は耳に入り、口から出され、
 適さない者の心には忘れ去られる。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


86. 先に述べられたこの場所で、
 御座は輝き、暁の光、黄金と銀の光があり、
 トパーズとオニキスとサファイア、
 カーバンクル石とエメラルドと純粋な大理石が動く。
 この御座は、驚異で不思議、大いなる秘密である。
 それにより天と地が創造され、万物が創造された御名が、
 御座のうちに飲み込まれ、共に結び付き、支えられ、封ざれる。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


第10章


87. 高き者よ、誇り、誇りたまえ!
 輝ける者よ、自らを掲げ、掲げたまえ!
 強き者よ、自らを強め、強めたまえ!
 世界の王よ、全てのその僕らで、
 唯一、高く、強く、誇り、輝くゆえに。
 荘厳なる王の僕らも、自らを高めるのに適し、
 その御座を支える事で、彼ら自身も強めるのが正当だからである。


(シーア コーマ版では87節は違っている)
87. その栄光の御座より王の高みの上へ向かっては180,000の無数のファルサフがあり、
 その下へは180,000の無数のファルサフがあり、
 王の像は236,000の無数のファルサフがある。
 その右目の玉より左目の玉は、30の無数のファルサフがあり、
 右目の幅は3の無数のファルサフ、3,000の無数のファルサフがあり、左目も同様である。
 そして右腕から左腕の間の幅は77の無数のファルサフがあり、
 それらの腕は肩を支えている。
 その右腕は動かす者と呼ばれ、左腕は従う者と呼ばれる。
 その手のひらは、それぞれが4,000の無数のファルサフがある。
 その右の手のひらは義と呼ばれ、左の手のひらは聖と呼ばれる。
 そのため、この方は「大いなる、強く、恐ろしい神」と呼ばれる。
 そしてメタトロンは述べた。
「よって、私は世界の支配者、イェディディアーの高みについて見てきた。あなたに平和があらん事を」
 そして、これらの啓示は、(雅歌 第5章9節の)「女のうちの最も美しい者よ、あなたの愛する者は、ほかの人の愛する者に、なんのまさるところがあるか」などや、「わが愛する者は白く輝き、かつ赤く」などから(16節の)「エルサレムの娘たち」の部分までの全ての内容を理解するのを可能とする。


88. この力ある王の栄光の御座を支えて、
 王への恐れで震えつつも、
 日夜、夕に朝に昼に立ち続ける者らには
 いかに多くの力が必要か!
 さらに世界の高みにて、
 我らの神にその御名を思い起こさせ、
 耳を傾けさせる僕らに、
 いかに大いなる力があろうか!
 その完全さと力について、探りようも語りようもない。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


89. メルカバーへと降下した者に、
 その見たものを思いおこさず、聞いた事を述べないならば、
 崇高な面ら、力の面ら、
 荘厳なる面ら、光輝の面ら、
 日々3回、自らを高め、高きにて保ち、
 上へと集まり、自らを偉大とし、
 自らを高め強める面ら、
 人の子らは知らず認識しない、
 これら面らの証人とならないならば、
 天の破門があろう。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と言われるように。


ヘハロト ラバタイ 6
↑ ヘハロト ラバタイ


*1 これは、神の絶対的な光輝に、穢れある人間では耐えられないと考えられていたからである。これはメルカバー神秘主義に限らず、旧約時代からの一般的な考えで、預言者らの中でも神に直接面を向けられても耐えられたのはモーセだけだと言われている。