古今の秘密の教え ヘルメース薬理学 化学 治療学

ページ名:古今の秘密の教え ヘルメース薬理学 化学 治療学

ヘルメース薬理学、化学、治療学


 治療の術は元は神官の秘密の学の1つであり、その源の神秘は宗教信念の創世を覆ったものと同じヴェールで覆われていた。全ての高度な知識の形態は、元は聖職階級の保有物であった。これらの神殿は文明のゆりかごであり、神官らは神の特権を用いて、諸法を造り人々に強いていた。君主らを任命して、支配し、生者に必要なものを管理し、死者の運命を導いた。学問の全ての分野は、これらの奥義を永続化させるだけの知性と倫理性を認められた神官らにより独占されていた。以下はプラトンの著「政治家」の中にあるこの主題への引用である。「エジプトでは、王自身が神官の諸力を持つまでは、統治するのを許されなかった。そして別の階級にあり、暴力的に玉座を得たとしても、神官団によって認められる必要があった。」


 神官団に加わる大志のある志望者は、自らが価値ある者であるのを示すために様々な試練を受けた。これらの試練は秘儀参入と呼ばれた。これらを通過した者は、神官らから「兄弟」として歓迎され、秘密の教えを教授された。古代人は、哲学、科学、宗教は分離したものとは決して見做さず、それぞれは全体が統合された部分であった。哲学は科学であり宗教であった。科学は哲学であり宗教であった。宗教は哲学であり科学であった。完全な知恵は精神と倫理の働きで、これら3つの全てが調和された場合を除いては、到達できなかった。


 現代の医者らはヒッポクラテースを医学の父と見做しているが、古代のテラペウタエ(エッセネ派の分派の治療家)は、不滅のヘルメースを治癒の術の創始者と見做していた。アレクサンドリアのクレメンスは、ヘルメースの鉄筆から書かれたとされる書についての説明の中で、これら聖なる諸書を6つのカテゴリーに分けており、その中の1つ、パストフォルスは医療の学に捧げられていた。エブロンの谷で発見され、一般にヘルメース作とされるエメラルド タブレットは、実際にはある高次で秘密の団の化学の術式であった。


 キリストが生まれる5世紀前の高名なギリシアの医師ヒッポクラテースは、医療の術を神殿の他の諸学と分離し、この慣例を確立させた。その結果の1つは、現在幅広く行われている区分化された科学的物質主義である。古代人は諸学の相互依存に気づいていたが、現代ではそうではない。結果として、この学問の不完全な体系は、分離主義を保とうとしている。現代の科学研究の主な障害は、人間の五感を超えたものを受け入れない者らが押し付けた偏見的な限界の結果である。


パラケルススの医療哲学の体系


 中世の長い間無視されてきたヘルメースの知恵の格言と術式は(ルネッサンス時代に)再び集められ、編集され、それらの正確さを試すための体系的な試みがなされた。自らをパラケルスス(ケルススを超える者を意味する)と呼んだホーヘンハイムのテオフラストゥスにとって、今の世界は古代の医療体系の知識に大いに恩があると考えていた*1。パラケルススはヘルメース哲学の研究と提示に生涯全てを捧げた。あらゆる記述と理論はその水車で挽く穀物であり、現在の医学界はパラケルススの体系と対立し、その記憶を過小評価しているが、オカルト界はパラケルススはやがては全ての時代で最も偉大な医師であると認められるであろうと知る。パラケルススの異端的で外国好みの気質は、その敵らからよく非難され、その放浪好みからバガボンドだと呼ばれていたが、パラケルススは治癒の術と古代多神教やキリスト教の哲学、宗教体系とを和解させようと総合的に思考した少数の知性の1人であった。


 地球の全ての部分、全ての社会階級にある知識を求める自らの権利の擁護について、パラケルススは以下のように書いている。「それゆえ、私は自らの価値ある探究の放浪を、非難ではなく賞賛に値すると考えるのである。これにより私は自然についての証人となれよう。自然の道を探求する者は、自らの足で自然の書を旅しなくてはならない。自然に書かれた文字の全てを、ページを捲るように土地から土地へと探索しなくてはならないのだ。よって、自然は大典であり、そのページは捲られねばならない。」(ジョン マキシソン スティルマンの「パラケルスス」より)。


 パラケルススは偉大な観察家であり、彼を知る者は「第2のヘルメース」「スイスの3重に偉大な者」と呼んだ。パラケルススはヨーロッパ中を、さらに東洋の国々も幾らか旅しつつ、迷信や失われた教義とされるものを追求したりした。ジプシーからは粉末を用いる事について多く学び、アラブ人からはタリズマンの作成法や星々の影響について学んだようである。パラケルススは病者を癒す事は、当時の医学界のスタンダートを保つ事よりも遥かに重要と感じ、そのため医師のキャリアを昇る機会を捨て、その時代の医学界からの生涯の迫害を受ける代価も支払った。


 パラケルススが最も考えていた事は、世界にある万物は何かのために良いという仮説であった。そのため、パラケルススは深夜に墓石から菌類を切り取り、ガラス板の上に滴を集めたりもした。パラケルススは自然の奥義の真の探究家であった。多くの権威者らは、パラケルススはメスメル主義(催眠術)の発見者であり、メスメルはこのスイスの偉大な医師の書を研究した結果として、この術を発展させたという意見を持っていた。


 パラケルススが当時隆盛だった狭い医療体系を軽蔑し、その不十分さを確信していたのは、自らの巧みな揶揄によって最良に表現されている。「だが未知の原因から起きる病の数は、メカニカルな原因から来るものよりも遥かに多く、そのような病に対しては我らが医師殿らは何も知る術がない。なぜなら、その原因も知らないので、取り除けないからだ。彼らが行える全ては、単に患者を観察して、その状態について憶測するくらいだ。そして患者は与えられた療法が真剣な障害を与えず、その回復を防がないならば満足するであろう。我らの人気ある医師殿らの最良の者は、最も障害を与えない者である。だが残念ながら、ある医師らは患者に水銀の毒を与えたり、他の者らは患者が死ぬまで下剤を用いたり血を取ったりしている。自らの医学を学び過ぎたために常識を失う者もいれば、患者の健康のために自らの利益以上に働く者もいる。病は医師の知識に従って状態を変えたりはせず、医師は病の原因を知る必要がある。医師は自然の僕であるべきで、敵であってはならない。医師は患者の生きるための努力を守り、導けるべきで、その非合理的な干渉や、回復への道の単純な障害となる事で投げ捨てるべきではない。」(フランツ ハルトマン訳の「パラグラヌム」より)


 ほぼ全ての病の源は、人の不可視の性質(アストルム)の中にあるという信念は、ヘルメース医学の根本的な教訓である。ヘルメース主義者は肉体を見下したりはしないが、人の物理的な条件は、その不可視の霊的な諸原理からの流出、物質化であると信じている。この信念は、包括的に信じられており、パラケルススが従ったヘルメースの諸原理の要約でもある。


ALZEの書の表紙

Musaeum Hermeticum Reformatum et Amplificatum(ヘルメース主義の変容と発展の展示)より


 この表紙はヘルメース主義と錬金術の象徴主義の更なる例である。中央にある聖なる諸金属の七芒星は、一番下に1つの黒点があるが、これは土星、破壊者を象徴している。この黒点から外側の円のラテン語の大文字を時計回りに拾っていくと、VITRIOL(硝酸)の暗号的な言葉が浮かび上がる。


 自然には万物が存在するための生命の形質があり、アルケウス(生命力)と呼ばれ、これはアストラル光や古代人が霊の風と呼んだものと同義語である。この形質について、エリファス レヴィはこう記している。「この光、創造の動者は、万物の動きと命の振動である。この光、普遍的なエーテルの中に隠されたものは、周辺に放出し、中心に吸収し、存在はこれに満たされ、その動きを放出し命となり、創造的な潮流を創り出す。この光は、星々をアストラルとし、動物を動かし、人間を人間化させる。この光は全ての植物を植物とし、金属を輝かせ、自然の全ての形態を生み出し、普遍的な共感の法則によって万物を均衡させる。この光は磁気の現象を示し、パラケルススにより神聖にされ、血をチンキにし、入息により風から解放され、肺のヘルメースのふいごにより吐き出される。」(「魔術の歴史」より)


 この生命エネルギーは、その起源を大地の霊体にある。あらゆる被造物は可視で物質的なものと、不可視で超越的なものの2つの体を持っている。後者は物理的な形のエーテルの対照物であり、アルケウスの乗り物となり、生命体と呼ぶ事ができよう。このエーテルの影の鞘は、死によっても消散する事無く、肉体が完全に分解されるまで留まる。これらの「エーテルの複製」は、墓場で見かけられる事もあり、ゴーストの信念の起源となった。肉体よりも遥かに微細な形質によるので、このエーテルの複製は振動や不調和により影響される。このアストラル光体はより混乱するので、多くの病の原因となる。パラケルススは、病的な精神にある者は、自らのエーテルの性質を毒し、生命力の自然な流れを逸らせて、後には肉体の病として現れるだろうと教えている。全ての植物と鉱物も、この「アルケウス」で構成された不可視の性質を持つが、それぞれが違った形で発現する。
 花のアストラル光体について、ジャック ガファレルは1650年の著書で以下の様に述べている。「これらは、細切れにされたり、モルタルに埋められたり、灰に燃やされてすら、(自然の特有の秘密、驚異の力により)保たれると、私は誓うであろう。液体にされても灰にされても、先にあったのと同じ形を保つのだ。これらは不可視ではあるが、引き寄せる術によって、術師によって目に見えるようになる。これは単に書を読むのみの者には馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、我々の時代の最良の化学者であるM.ドゥ デュシェーヌや、S. ド ラ ビオレットの書を読むならば、これらが真実であると確証されるであろう。彼らはクラクフの町のある優れたポーランド人の医師が、ガラス瓶の中にほとんど知られる全てのハーブの灰を保っているのを自ら見たと確証している。そのため、好奇心からこれらを見たいと望む者は、例えばこの医師のガラス瓶の中の薔薇を見たいなら、薔薇の灰を取り、ロウソクの火の上に保ったら、やがては熱を感じ始めて、そして灰が動き出すのを見るであろう。それは成長して、ガラス瓶の外へと自らを散らしていき、あなたはすぐに暗い雲の類を見るだろう。これらは自らを様々な部分へと分割し、やがては薔薇の形となる。だが、それは美しく、新鮮で、完全なものであり、薔薇の木から育った香りのよい薔薇と何ら変わらないと考えるであろう。」(「ペルシア人の護符についての、聞いたことのない興味深い書」より)


 パラケルススはエーテル複製体の混乱が、病の最も重要な原因であると認めており、必要なエレメントを補充させる生命力があったり、患者のオーラに存在する病の状態を乗り越えさせる強さを持つ、別の体と接触させ、エーテルの形質を再調和させるのを求めた。その不可視の原因が取り除かれる事で、病は速やかに消えると考えた。


 アルケウス、生命力の乗り物について、パラケルススはムミアと呼んだ。この物理的なムミアの良い例は半アストラルのウィルスの乗り物であるワクチンである。アルケウスを運ぶ媒介となれるものは、それが有機物であろうとも無機物であろうとも、完全に物理的なものであろうとも部分的に霊的なものであろうとも、ムミアと呼ばれる。ムミアの中でも最も普遍的な形はエーテルであり、現代科学でも生命エネルギーの領域と、有機物、無機物の領域との媒介として用いられる仮想的形質として認めている*2


 この普遍的なエネルギーの制御は、その乗り物(ムミア)を通じて以外は、事実上は不可能である。この良い例は食物である。人は死んだ動物や植物の生体から安全に養われる事はないが、自らの体へそれらの構造を組み込むならば、まず動物や植物のムミア、エーテル複製の制御を得るだろう。この制御を得る事で、人体はアルケウスの流れを自らで用いるために動かせる。パラケルススは「生命を構成するものはムミアの中にあり、このムミアを授ける事で、我々は生命を授ける」と述べている。これはタリズマン、アミュレットの治癒能力の秘密である。これらが構成する形質のムミアによって、身に着けている者が、普遍的な生命力の特有の発現と結びつくのに用いられる。


 パラケルススによると、植物が動物や人間の呼吸から排出した二酸化炭素を受け入れる事で、圏を浄化するように、植物や動物は人間からの病の要素を受け入れる事もできるという。これらの人間とは違った体と必要がある生き物は、しばしばこれらの形質を、病んだ結果を得る事無く吸収できる。別の場合、植物や動物は、より知的で結果として有用な生き物を生き残らせるために死に、自己犠牲をする。パラケルススは、患者が徐々に病から回復するのを観察する中で、これら両方を発見している。低位の生き物が、患者からの外部のムミアを完全に受け入れたり、それらを吸収できずに自ら死んだり崩壊したりする結果、患者の完全な回復があった。どのハーブや動物が、様々な病のどのムミアを受け入れるかを調べるのに、パラケルススは多くの研究を行っていた。


 パラケルススは、多くの場合で植物がそれらの形により、人体の特定の器官で最も効果的に用いられるかを明かすのを発見している。パラケルススの医学体系は、患者の生体から病んだエーテルのムミアを取り除き、離れた場所にある比較的に僅かな価値しかないものへと入れる事で、病を常に活性化させ養っているアルケウスの流れを患者の体から逸らせるのが可能であるという理論を基礎としている。この表現の乗り物が移植される事で、アルケウスもそのムミアと共に向かう事になり、患者は回復するのである。


ヤン パブティスタ ファン ヘルモントの自画像

ファン ヘルモントの「Ausgang der Artznen-Kunst(学術の出口)」より


 17世紀初頭にベルギーの錬金術師ファン ヘルモント(ちなみに、他の種類の気体と区別するために「ガス」という用語を創り出した事で、世界はこの人物に恩がある)は、ある植物の根の実験をして、それらの形質を飲み込まないようにしながら、自らの舌先で触れた。その結果について、以下の様に述べている。


「即座に我が頭は紐できつく縛られたように感じて、すぐに私がこれまで経験した事の無かった単独の円に取り囲まれたようであった。私は驚きとともに観察をし、それはもはや頭で感じたり考えたりはせず、胃の部分で行っているようで、今や意識の座が胃にあるかのようであった。この異常な体験に恐れつつも、自らに問いかけ、慎重に自らを探求したが、その結果、我が知覚力がより大きく広くなっているという確信を持つようになった。この知的な清澄さは大きな喜びを伴っていた。私は寝る事ができず、夢を見る事も無かった。私は完全に素面で、健康であった。私は以前時たまエクスタシーを感じたが、この胃の状態と共通するものは無かった。この状態は自ら考え感じ、頭の働きのほとんどと関連しなかった。その間、我が友らは私が狂ったのではないかと恐れた。だが、我が神への信仰、その意志への我が服従は、すぐにその恐れを取り除いた。この状態は2時間ほど続いたが、その後には幾らか眩暈がした。その後、私は何度かこの植物を試してみたが、これらの感覚を再現する事は出来なかった。」(P.ダヴィドソンの「ヤドリギとその哲学」で再録された、ファン ヘルモントの「悪魔の概念」より)


 ファン ヘルモントは、古代の神官らの諸秘密に偶然に出会った多くの者の1人に過ぎないが、それらの誰も古代のヘルメースの諸秘密への十分な理解の証拠を与えていない。ファン ヘルモントが与える説明から、ここで記されたハーブは脳脊髄神経系を一時的に麻痺させ、その結果、意識は交感神経系とその脳――太陽神経叢を通じて働くように強制されるようである。


病の原因についてのヘルメース学の理論


 ヘルメース哲学者らによると、病には7つの主要な原因がある。第1は悪霊である。これらは、悪しき行いにより生まれる生き物で、自ら憑りついた生き物の生命エネルギーを食べると考えられていた。第2の原因は霊的、物理的な性質の混乱である。これら2つが共に働くのに失敗したら、精神、肉体の不調を生み出す。第3のものは、不健康や異常な精神の習慣である。メランコリック、憂鬱な感情、情熱、性欲、貪欲、憎しみといった過重なフィーリングは、ムミアに影響を与え、それにより肉体にも到達して、潰瘍、腫瘍、癌、熱、結核の結果となる。古代人はこれらの病んだ病原菌はムミアの1つであり、それらが接触した悪しき影響からの流出を受け取ると見做していた。言い方を変えると、病原菌は人の悪しき考えと行いから生まれた微小生物であった。


 第4の病の原因は、東洋人がカルマと呼ぶもの、つまり応報の法則であり、過去になした悪業を清算する必要がある。医師はこの法則の働きに介入し、永遠の正義の計画を妨害しないように、慎重でなければならない。第5の原因は天体の動きとアスペクトである。星々は病を強制するというよりも駆り立てる。ヘルメース主義者は強く賢明な者は自らの星々を支配するが、否定的で弱い者は星々に支配されると教える。これらの5つの病の原因は、全て自然の超物理的なものである。これらは患者の命と気質への演繹、帰納的な思弁、慎重な考慮により導かれたものである。


 第6の病の原因は、器官や神経系の酷使といったような、生体機能や器官の悪用である。第7の原因は外的な形質、不純、障害の系の存在である。治癒において、食事、空気、陽光、外的な存在の実在について考慮しなくてはならない。この7つのリストには、アクシデントによる怪我は含まれていない。それらは病の治癒のカテゴリーには属さないからだ。しばしば、それらはカルマの法則そのものの表現である。


 ヘルメース主義者によれば、病は7つの方法によって防いだり、戦ったりできる。その第1は、呪文と招聘により、医師は病の原因となる悪霊を患者から追い払う。これは聖書でイエスが病人に憑りついている悪魔に命じて、病人から出て豚の群れへと入れさせる事で病を癒した話が元になっている可能性が高い。時には悪霊は黒魔術師の命令で患者に入る事もある。その場合、医師は霊に対して、送った者へと帰るように命ずる。悪霊は患者の口から煙の雲の形や、時には鼻から炎として出てきたという記録がある。また、霊が鳥や虫の形で出てきたという証言すらある。


 治癒の第2の方法は、振動によるものである。体の不調和は、呪文の詠唱や、聖なる御名を唱えたり、楽器や歌により中立化される。時には、患者の目に様々な色の粒子を見せる事もある。古代人が認識していた色による治癒の原理は、少なくとも部分的には、現代でも再発見しつつある。


 第3の方法は、タリズマン、チャーム、アミュレットといった護符の助けによるものである。古代人は諸惑星が人体の機能を制御しており、様々な対応する金属で造ったチャームにより、その惑星の悪意ある影響と戦えると信じていた。例えば、鉄分が足りない患者に対しては、鉄は火星の支配下にあると信じられていたので、火星の影響を患者に与えるために、その首に鉄で造ったタリズマンをぶら下げさせて、火星の霊を招聘する力のある秘密の呪文を授けたりもした。患者の系に鉄が多すぎる場合は、火星に反感のある惑星と対応する金属で造ったタリズマンの影響を与えるようにする。この影響は火星のエネルギーを相殺し、患者を通常へと戻す働きがある。


 第4の方法は、ハーブやその粉末の助けによるものである。古代の医師の多くは、金属のタリズマンを使いつつも、人体内に金属の医薬を用いる事を否定し、ハーブは彼らの好む療法であった。金属と同様に、各ハーブも諸惑星と関連づけられていた。病とその原因となる星を診断した後、医師はハーブの解毒剤を調合していた。


 第5の病を癒す方法は、祈りによるものである。全ての古代の人々は、人間の苦しみを軽減する神々の慈悲深い取り成しを信じていた。パラケルススは信仰は全ての病を癒すと述べている。だが、ごく僅かな者のみが、それだけの信仰を持っている。


 第6の方法――これは治癒というより予防であるが――は、日々の食事と生活態度の規則化である。病の原因となる事を避ける事で、健康を維持できよう。古代人は健康は人の通常の状態であり、病は自然の定めを見下した人の結果であると信じていた。


 第7の方法は、「実践医療」であり、主に瀉血、通じ、その他似たようなもので構成される。これらは中庸に用いるならば有用ではあるが*3、極端に行うと危険である。多くの才能ある市民らが、25歳や50歳など寿命の前に亡くなっているが、これは極端な通じによるものや、体内の血の全てを取られた結果である。


 パラケルススは、これら7つの治癒法の全てを用いており、その最悪の敵すらも、その達成した結果は奇跡的なものだったと認めていた。ホーヘンハイムのパラケルススの古い家の近くに、一年の特定の季節に多くの滴が落ちるのをパラケルススは発見し、特定の惑星の配置の下でそれらを集めると、奇跡的な治癒の性質のある水を得た。これらは天の諸惑星の性質を吸収していたからである。


ニコラス カルペパー自画像

カルペパーの「Semeiotica Uranica(天の症候学)」より


 この有名な医師、ハーバリスト、占星術師は、その優れた生涯の多くをイングランドの丘や森を探索し、文字通りに数百の医療ハーブを区分化していた。当時の医療の非自然的な方法を非難する事について、カルペパーはこう述べている。「この喜ばしくなく、それほど利益の出ない本について、私は2人の兄弟、「理性博士」と「経験博士」と相談し、我が母「自然」へと赴き、それらの助言により、「勤勉」博士の助けとともに、私はついには我が望みを得たのである。そして、現在では珍しくなった「正直氏」の、世界にこの書を出版するようにとの警告とともに、私はそれを成したのである。」(1835年版の「薬草学大全」序文より)ジョンソン博士は、カルスパーは後世の人間の感謝の価値があると述べている。


ヘルメースの薬草学と薬理学


 野のハーブは、古代の多神教徒らには聖なるものであり、神々が人間の病を癒すためにこれらを創ったと信じていた。適切に準備し用いたならば、様々な根や灌木は病の苦しみを軽減させたり、霊的、精神的、倫理的、物理的な諸力を開発するのに用いる事ができた。「ヤドリギとその哲学」の中で、P.ダヴィドソンは植物について以下の美しい賛辞を捧げている。「花やハーブの言語について数多もの書が書かれ、古代から詩人はそれらと甘く愛らしい対話をし、王らはそれらの香水のためのエッセンスを得るのを喜んできた。だが真の医師――自然の高祭司――には、これらはより高きものを語る。植物や鉱物は、科学者にその全ての性質を明かしてはいない。植物のある性質を発見したとしても、もはや植物の内なる性質に隠された多くの力は無いと、どう確信が持てようか? 花は「大地の星々」とよく呼ばれ、何故これらはかくも美しいのか? これらは誕生の時より昼は太陽の輝きに微笑み、夜の星々の輝きの下でまどろんでいたのではないか? 神が大地にある「前」に、あらゆる野の植物を、それが育つ「前」に、野のあらゆる草を造ったと(聖書に)あるように、これらは別のより霊的な世界から我々の大地に来たのではないか?」


 多くの未開人はハーブの医療を用いており、多くの注目すべき治癒例がある。中国人、エジプト人、アメリカ インディアンは、ハーブによって現代医学では治癒法が無い病を癒してきた。1654年にその優れた生涯を終えたニコラス カルペパー博士は、おそらく最も有名なハーバリストであった。当時の医療体系に満足しなかったので、カルペパーはその注意を野の植物へと向けて、ヒーリングの媒介を発見し、それは彼に国民的な名声を与えた。


 カルペパーの占星術とハーバリズムの大全では、各植物は天の諸惑星の1つの管理下に割り当てられていた。カルペパーは病は天の諸惑星の配置により制御されているとも信じていた。そして、自らの医療体系について、以下の様に要約している。「あなたは病を起こしている星と対立する星のハーブにより、病に抵抗できるだろう。木星の病は水星のハーブにより、またその逆も同様であり、月の病は土星のハーブにより、またその逆も同様であり、火星の病は金星のハーブにより、またその同様にである。(略)時には共感によって病を癒す方法もあり、あらゆる植物は自らの病を癒す。そのため、太陽と月のハーブによって目を癒し、土星のハーブにより脾臓を、木星は肝臓を、火星は胆汁やその病を、金星は性器の病を癒す。」(「薬草学大全」より)


 中世ヨーロッパのハーバリストは、古代エジプトとギリシアのヘルメースの秘密の一部のみを再発見していた。これらの古代の国々は、現在のほとんど全ての技芸と科学の本質を超えていたが、治癒に用いられていた諸技法は、密儀の秘儀参入者らに授けられた諸秘密に属していた。塗油、点眼薬、ほれ薬、その他の薬は、奇妙な儀礼と共に造られていた。これらの医療の効果性は、歴史の記録の問題である。また、香や香水も多く用いられていた。


 フランシス バレットは著書「マグス」の中で、これらが働く理論について、以下の様に述べている。「我らの霊は血の中の純粋、微細、流体的、風的、なめらかな気体であるので、洗眼薬のためには、似たような気体を用いるよりも良いものは無い。これらは我々の霊にはより適した形質であり、これらの類似性から、霊をより刺激し、引き寄せ、変容させるのである。」


 毒についても全般的に研究されており、一部の共同体では致死性のハーブから摘出した毒は、ソクラテスの場合にように、死刑に用いられていた。イタリアの悪名高いボルジア家は、毒術を至高の段階まで発展させた。数えきれない優れた人々が、ボルジア家よりもはるか前からの化学のほとんど超人的な知識の産物により、静かに効果的に毒殺されてきた。


 古代エジプトの神官らは、それを摂取する事で一時的に遠隔透視能力が刺激されるハーブを発見し、彼らの密儀の秘儀参入儀礼の間に用いていた。このドラッグは時には志望者へと与えられる食物に混ぜられ、他の場合には聖なる薬の形で与えられ、その性質が説明された。このドラッグを摂取したすぐ後に、新参者は眩暈に襲われた。そして自らが空中に浮かんでいるのを見い出し、一方で自らの肉体は絶対的に無感覚となった(その間、病にならないように神官らが彼の肉体を守護していた)。志望者は様々な奇妙な体験を通過していき、それらは意識を取り戻してからも覚えていれた。現代の知識では、この高度に発展した術を認めるのは難しい。これらは飲み薬、香、香水に混ぜられ、望んだあらゆる精神状態をほとんど即座に引き起こせた。だが、このような術は古代の多神教世界の神官団の間に実在したのである。


 この主題について、19世紀の最も重要なオカルティストであるH.P. ブラヴァツキー夫人は、このように記している。「これらの植物はまた、驚異的なまでに神秘的な性質も持っており、この夢と魅惑のハーブの諸秘密は、アヘンやハシシといったごく僅かな例外を除いて、ヨーロッパの科学からは失われたのだけではなく、言うまでも無く未知でもあった。また、これらの僅かが人間の系に与えるサイキックの効果も、一時的な精神障害の例と見做された。(ギリシアの)テッサリア地方やエペイロスの女たち、サバジウスの儀礼の女高祭司らは、それらの聖所の没落と共に、これらの秘密を失わせはしなかった。これらはなおも存在し、(古代インドの神々の飲み物の)ソーマの性質に気づいている者は、他の植物の性質についても知っているのである。」(「ヴェールを剥がれたイシス」より)


 このハーブの調合は、神託、特にデルポイで行われていたものと関連する一時的な遠隔透視能力を起こすために用いられていた。このトランス状態の中で巫女が語る内容は、預言と見做された。現代の霊媒らが、部分的、自主的な強硬症の結果で与えるメッセージは、古代の預言者らのものと似ている部分もあるが、その多くの場合は、これらの結果はあまり正確ではない。現在の未来予見者は、自然の隠された諸力の知識に欠けているからである。


 密儀は高次の秘儀参入において、神々自身が志望者の教授に加わったり、少なくとも臨在し、それ自身が祝福であると教えていた。神々は不可視の諸世界に住み、霊体のみを持つので、新参者がこれらを認識するのは、その意識の遠隔透視のセンター(おそらく松果体である可能性が高い)を刺激するドラッグの助けが無ければ不可能であった。古代密儀の多くの秘儀参入者が、不死者らと対話し、神々を見たと断言している。


 だがやがて、古代多神教の倫理が腐敗し、密儀は分裂した。真に啓明された者らは、残りの者らから分かれて、それらの諸秘密のうちの最も重要な部分を保存し、世間の目からは痕跡を残す事なく消え去った。残った者らは舵の無い船のように、退化と解体の岩へと向かってゆっくりと漂流していった。幾らかのより重要でない秘密の術式は、世俗の者の手に落ちて、悪用された――バッコス儀礼の場合のように、ドラッグがワインへと混ぜられ、狂宴の真の原因となった。


 地球の一部の地域にある自然の井戸、湧き水、泉の水は(それらが通過するミネラルによって)聖なる性質のあるチンキとなった。古代の諸神殿はこれらの泉の近くに建てられる事が多く、近くにある自然の洞窟が神へ捧げられる事もあった。


 サルヴェルトの「オカルト諸学」では、こう述べている。「秘儀参入での志望者、神々の預言の夢を求める者らは、しばらくは断食して準備し、それから特別に準備した食物を摂った。また、レーテの水、トロポニオスの岩屋にあるムネモシュネーの水、エレウシスの密儀のキケイオンといったような神秘的な飲料も飲んだ。志望者が意識を変容し、望む幻視(ヴィジョン)を得るために必要な肉体、精神の状態にするための、様々なドラッグが飲食物へと混ぜられた。」この著者はまた、原始キリスト教の一部のセクトでは、多神教徒と同じ目的のためにドラッグを用いたと告発されていたと述べている。


 中世イスラームのアサシン、あるいはより一般的にはヤズィーディー派として知られる宗派*4では、このドラッグの使用を些か興味深い方法で行っていた。11世紀にこの教団は、イラン北部のアラムート山の城塞を占拠して拠点とした。「山の長老」として知られる教団の創始者ハサニ サッバーフは、その信者らを麻薬の使用によって支配していたと疑われている。ハサニは信者らが楽園にいると信じ込ませ、自らの命令に生涯従うならば、(死後に)永遠に留まるだろうと教えた。ド クインシーは「阿片服用者の告白」で、ケシの実が作り出す特有の心理的効果について記しているが、似たようなドラッグの使用により、楽園にいるという考えを信者の心に満たせたであろう。


 あらゆる時代の哲学者らは、見える世界は全体の断片に過ぎず、この類似により、人の肉体は実際には、その複合構造のうちの最も重要でない部分であると教えていた。今日のほとんどの医療体系は、超物理的な人体については完全に無知である。彼らは病の原因についてはほとんど注意を払わず、その効果の改善に努力を集中している。パラケルススは、その時代の医師らの一部の習慣とは全く関わる事無く、こう適切に記している。「病の不可視の原因を取り除く力、魔術と、病を単に外的に消す結果を起こすもの、霊媒、妖術、インチキ療法との間には大きな違いがある。」(フランツ ハルトマン訳による)


 病は不自然であり、器官と体組織の内部や間に適応障害がある証拠である。調和が回復するまでは、永続する健康を回復できない。ヘルメース医学の驚くべき性質は、霊的、精神物理的な混乱が、肉体の病と呼ばれる状態の主な原因であると認めている事にある。古代の神官医師らは暗示療法を用いて、大いに成功をしてきた。アメリカ インディアンの間では、シャーマン――あるいは「メディスン マン」――は、神秘的な踊り、呪文、護符の助けにより病を祓っていた。現代医療への無知にも関わらず、これらのシャーマンらが数えきれないほど治癒を成功させているのは、考慮に値する事である。


 古代エジプト神官らが病を癒すために用いていた魔術儀礼は、人間精神の複雑な働きと、肉体のその反応についての高度に発展した理解を基礎としていた。また古代のエジプト人とインド人は、振動療法の基本原理を疑いなく理解していた。特定の母音や子音を強調した祈りやマントラの手段により、体内の過剰さを取り除き、壊れた体組織や疲労した生体を修復する、自然の働きを助ける振動の効果を生みだしていた。彼らはまた、人の霊体の振動を支配する法則の知識も用いていた。その発音により、意識の見えない諸センターを刺激し、それにより内的な性質への感受性を大きく拡張させた。


 エジプトの「死者の書」により、古代エジプトの多くの秘密がこの世代まで保たれてきた。この古代の巻物は全体的によく翻訳されているが、ごく僅かな者のみが、その秘密、魔術の回廊の意味合いを理解している。東洋人は音の力学をよく理解していた。彼らは語られた言葉には膨大な力があり、言葉の特定の配置により、自らを取り巻く不可視の世界に力の渦を創り出し、それにより物質にも深遠な影響を与える事を知っていた。この世界を確立した聖なる御言葉、メイソンリーがなおも追い求めている失われた言葉、A.U.M.――ヒンドゥー教の創造の音――で象徴される3文字の神名、これらは全て、音の原理に従った振動を示したものである。


 そのため、現代科学のいわゆる「新発見」は、古代多神教の神官や哲学者がよく知っていた諸秘密の再発見にすぎない事が多い。人の人に対しての非人道性は、これらの記録と術式の喪失の結果となった。これらが保持されていたならば、今日の文明の大きな諸問題の多くを解決していたであろう。人々は剣と松明により、彼らの前にいた人々の記録を消し去り、その結果として必然的に、彼らが滅ぼした大いなる知恵を必要とする時ならぬ運命と向き合う羽目となっているのである。


化学の音節

デ モンテ スナイダーの「Metamorphosis Planetarum(諸惑星の変容)」より


 デ モンテ スナイダーは、上記の文字らは、7つの音節からなる1つの言葉を作ると宣言する。この言葉自身も、メテリア プリマ(宇宙の第1形質)を表している。全ての形質が、宇宙の特定の諸法に従った7つの諸力からなるように、人の7つの構造の中に大いなる神秘は隠されている。この上記の7つの文字について、デ モンテ スナイダーはこう書いている。「マテリア プリマの名前や性質を知りたい者は、上記の文字の組み合わせから、諸音節は創り出され、さらにそれらからverbum significativum(大いなる言葉)も創られると知る必要がある。」



古今の秘密の教え カバラ イスラエルの秘密教義
↑ 古今の秘密の教え


*1 実際にはパラケルススは、古代のアリストテレス、ガレノス、ヒッポクラテース、アヴィケンナなどとその信奉者らを著書で馬鹿にして、自らの「最新の実践的、実験的医学」を称揚していたので、正反対であった。
*2 1920年代でも、このようなエーテルを認めている科学理論はあり得そうに無い。ちなみに、エーテル宇宙論と、オカルトのエーテルの概念は全く別物である。
*3 現代では、瀉血には医学的な根拠が無いとされている。
*4 暗殺を手段とした秘密結社はニザール派であり、イスラームですらないヤズィーディー教は関係無い。こちらは北イラクのクルド人の古代からある民族宗教である。