古今の秘密の教え イシス女神のベンボの図

ページ名:古今の秘密の教え イシス女神のベンボの図

イシス女神のベンボの図



 古代エジプト神官らが供犠、儀礼、儀式の哲学をオカルト象徴体系により示したベンボの図でのテウルギアや魔術の意味合いについて、アタナシウス キルヒャーはこのように記している*1


 「太古の神官らは、完全な供犠の儀礼により大いなる霊力は招聘されると信じていた。その一つの要素も欠けていたならば、儀礼全体は失敗するとイアンブリコスは述べている。ゆえに全ての詳細で神官らは慎重に行っていた。儀礼に従った論理的な繋がりの鎖全体が絶対的に不可欠と彼らは考えていたからである。そのため神官らが、未来に用いるための儀礼の手引書を書いて準備した事は、確実にそれ以外に理由は無い。また彼らは、太古の火占術師らがこれらの密儀を示すために、神的な憤怒により象徴体系として開発したものも学んでいた。それらを彼らは至聖所で認められた者らの前で、イシスのタブレットに記した。神々の性質と供犠の規定の形式を教えるためである。神々の各教団は、自らの特有の象徴、所作、衣服、装束を持っていたので、神官らは崇拝の儀礼全体でこれらをなすのは不可欠と考えた。神々や守護神らの慈悲深い注意を惹くのに、これ以上に有効なものは無かったからである。(略)よって、大衆の住居から離れた場所にあった彼らの神殿は、自然のほとんどあらゆる形態の表現が含まれていた。まず最初に舗装道路に、世界の物理的な組織の象徴があった。それらには宝石や装飾に適したものを用い、さらに小さな噴水も含めていた。壁には星々の世界が示され、守護神らの世界もなされた。神殿の中央には祭壇があり、至高精神がその中心から流出するのを示唆していた。よって内装全体は、諸世界の絵が記されていた。供犠をなす神官らは、神々を表す属性に似た姿で装飾していた。神官らの体は神々のものに似たように部分的に裸となり、自身も全ての世俗の関心を脱ぎ捨て、厳格な禁欲を行っていた。(略)神官らの頭はヴェールがかぶされ、地上的な存在から変わったのを示していた。彼らの頭と体の毛は剃られていた。髪の毛は無用の長物と見做していたからである。その頭の上に、神々の属性を表す記章を身に着けていた。よって神官らは、常に同一化を望んでいた知性体へと自らが変容したと見做していた。例えば、大宇宙の魂と霊をこの世界へと降臨させるために、彼らはこのタブレットの中心に示している像の前に立ち、神々と同じ象徴を身に纏い、供犠を捧げた。これらと、それに伴う賛歌によって、誤りなく祈りへと神の注意を惹くと彼らは考えた。タブレットの他の部分も同様に、不可欠で適切な儀式を行う事で望んだ神を招聘できると信じた。これが神託の学の起源であるのは明らかである。感動的な合唱隊が音のハーモニーを創り出し、付近の感動していない者らも同様の反応を示すようにである。同様に、彼らが神への崇拝とともに動き、表現したイデアは、本質的なイデアと一致するようになり、この知的な結合によって、神懸かり状態となり、彼らはそれによってイデアの中のイデアを得る。彼らは自らの魂、思考を高揚させる事で、預言と神託の賜物を得て、未来の出来事、差し迫った災厄なども予知できると信じた。至高精神には全てが同時に起きて空間も無く、未来はこの精神に臨在するからである。そして人間精神も瞑想によりこの至高精神へと吸収されると、この合一によって全ての未来も知る事が出来ると彼らは考えた。これらのほとんど全てが、このタブレットにも表されており、その他にも上記での類似により、彼らを啓明させた護符もあり、先に述べた条件の下で、至高の力の徳によって、幸運を招いて不運を避けるようにした。また神官らは、魔術的な技法によって、病を癒す効果もあると信じていた。守護神らは眠っている間に(夢で)現れて、病を癒したりその方法を教えたりするのである。この信仰の下、神官らは全ての疑いや困難で神々に助言を求めて、神秘的な儀礼で似姿を取り、神のイデアを激しく黙想した。そして高揚状態での何らかの徴、頷き、しぐさによって、それが寝ていようとも起きていようとも、その点での真偽のいずれにせよ、神々と対話したと信じた。」(「エジプトのオイディプース」より)


 トーマス テイラーの、この図を扱った文書の中には、以下のような興味深い文が含まれている。


「プラトンは49歳の時にこの「大いなる密儀」の伝授を受けた。この秘儀参入儀礼はエジプトの大ピラミッドの地下広間の1つで行われた。イシスの図が祭壇に掲げられ、神聖なるプラトンはその前に立ち、常にあったが眠った状態にあったものを、この密儀の儀礼は点火させ、目覚めさせた。大広間でのこの上昇の3日の後に、プラトンはピラミッドの高祭司(これらの3日間、3つの位階、3つの次元を過ぎた者にしか、高祭司は謁見を許されなかった)より至高の秘教の教えを口頭により授けられ、それぞれは適切な象徴も伴っていた。ピラミッドの広間で更なる3ヶ月の滞在の後に、秘儀参入者プラトンは、彼以前にもピュタゴラスやオルペウスがなしたように、大教団の作業をなすへく、世俗の世界へと戻された。」


 1527年の(神聖ローマ帝国軍による)ローマ劫掠事件以前には、このメンサ イシアカ(イシスのタブレット)についての歴史的な記述は無い。この事件の後に、ある錠前工あるいは鉄工がこのタブレットを保有し、それをヴェネツィア共和国の高名な古物収集家、詩人、人文学者であり、後には聖マルコ寺院付属図書館の館長となったピエトロ ベンボ枢機卿へと法外な値段で売った。1547年の枢機卿の死後にはイシスのタブレットは、マントヴァ家の保有するところとなり、1630年に皇帝フェルディナンド2世の軍隊がマントヴァ市を征服するまで、その博物館に留まっていた。この際に、何人かの研究家らは、このタブレットは愚かな兵士らによって、そこに含まれた銀を取るために取り壊されたと推測しているが、これには多くの間違いがある。それからタブレットはパドヴァ枢機卿の手に落ち、枢機卿はこれをサヴォイ公へと捧げ、公はさらにこれをサルデーニャ王へと捧げた。フランス革命軍が1797年に北イタリアを征服すると、タブレットはパリへと運ばれた。1809年に、アレクサンドル レノアはメンサ イシアカについての記事の中で、パリ国立博物館で展示されていたと記している。そして2国間の平和が確立すると、タブレットはイタリアへと返還された。カール ベデカーは北イタリアの観光ガイドの中で、メンサ イシアカはトリノの町の古物博物館の第2ギャラリーの中心に置かれていたと記している。


 オリジナルのタブレットの忠実な復元は、1559年に高名なパルマの彫刻師エネア ヴィコにより造られた。そしてこの彫刻の複製は、バヴァリア公の宰相によって、ヒエログリフ博物館へと展示された。アタナシウス キルヒャーは、このタブレットを「手のひら5つ分の長さと、4つ分の幅」と記している。W. ウィン ウエストコットは、これは50インチと30インチ(約127センチと76センチ)であろうと述べている。これは青銅製で、紺青エナメルの焼き付けと銀を散りばめられていた。さらに古物収集家のフォスブロークは「この図は非常に薄く切られており、そのほとんどの輪郭には銀の糸で取り囲まれていた。そして、この図が置かれているか、もたれ掛かっていた台座は、印刷では欠けているが、銀で出来ていたが既に剥がれていた」と付け加えている(「古代百科事典」を参照)。


 ヘルメース哲学の基本諸原理に熟達する者ならば、このメンサ イシアカにカルデア、エジプト、ギリシア神学の鍵があるのを見い出すであろう。ベネディクト修道院の博識なモンフォコン神父は、「古代史」でこれらの込み入った象徴主義を解くのが自分では出来ないと認めていた。そのためモンフォコンはこのタブレットには、何ら考慮に値する意味合いを持たないのではないかと疑い、キルヒャーを嘲って、彼はタブレット自身よりも古ぼけていると述べた。ロレンツィオ ピグノリアは1605年に自著でタブレットを再録し、さらに解説のエッセイも加えた。だが、その恐々とした解説は、図の実際の解釈についての無知を示している。


 1654年に出版された「エジプトのオイディプース」でキルヒャーはこの問題に熱烈に取り組んでいる。古代の秘密教義について何年も研究し、多くの高名な学者らの助けもあったキルヒャーは、タブレットの密儀を示すのに大いに熟達していた。だが、キルヒャーに対してすら、エリファス レヴィが「魔術の歴史」で巧みに述べているように、このタブレットの奥秘は隠されたままであった。


 レヴィはこう記している。「この博識なイエズス会士キルヒャーは、この聖なるアルファベットへのヒエログリフへの鍵を含むタブレットを解き明かそうとするものの、その完全な説明をなす事は出来なかった。このタブレットは均等な3つの部分に分かれている。上にあるのは天の12宮であり、下にあるのは、対応する1年の(月間の)働きであり、中間にあるのは、かのアルファベットの文字に対応する21の聖なるサインである。これら全ての中心にあるのは、汎形態性のIYNX(アリスイの鳥)の座った姿であり、普遍的な存在を象徴し、ヘブライ文字のヨド、全ての他の文字がそこから形成された特有の文字と対応する。このIYNXは楕円形の3つ組により取り囲まれ、これはエジプトとヘブライ文字の3つの母の文字らと対応している。右側にはイビモルフィックでセラフィスの3つ組がある。左側にはネフティスとヘカテーのものがあり、活動性と受動性、固体と液体、実る火と生み出される水と対応している。この3つ組のそれぞれの部分に中央を加えたら、(左右それぞれで)7つ組を生み出し、この7つ組は中央にも含まれている。この3つの7つ組は3つの世界の絶対数と、原初の文字の完全数を与え、さらに0を9までの数のように、補足のサインも加えられる。」


 レヴィの仄めかしでの、タブレットの中央の部分の21の形態とは、タロットカードの21の大アルカナカードを表すと解釈できよう。そうであるならば、0のカードが、至高精神の名前無き王冠、図の中央にある玉座の上位の隠された3つ組で象徴される王冠であると考えても問題無いのではなかろうか? この至高精神の最初の流出が、魔術師あるいは大道芸人のカードであり、その4つの低位の世界の象徴、杖、剣、杯、コインが、その前のテーブルに置かれているのは、上手く象徴されていないだろうか? よって0のカードはそこから万物が流出し、結果として21枚のカード(文字)となった4次元の点以外の何物でもない。この21枚は共に合わさる事で、0を生み出す。このカードの0の形は、この解釈を具現化する。ゼロあるいは円は、そこから低位の諸世界、諸力、文字が流出した至高の圏の象徴だからである。


ベンボの図へのレヴィの鍵

エリファス レヴィの「魔術の歴史」より


「このイシスのタブレットについてレヴィは、古のトートの書への鍵であり、歴史の中で忘れ去られる事無く、ある程度は生き残り、比較的古代のタロットカードの集合について我々に示していると述べている。レヴィは、トートの書はエジプトの秘教学の要約であり、その文明の衰退後には、この教義はタロットのヒエログリフの形態として結実したと考えていた。このタロットは部分的あるいは完全に忘れられたり誤解されたりして、これらの絵の象徴らは、恥ずべき占い師らや、カードゲームの娯楽提供者の手に落ちたりした。現代のタロットあるいは(イタリア語の)タロッキは、78枚のカードのデッキで構成され、そのうちの22枚は特別な大アルカナカード、絵付きのカードであり、残りの56枚は4組のスーツカード、10枚の数札と王、王妃、騎士、従者の4枚の宮廷カードで構成される。4つのスーツは剣(軍事階級)、杯(聖職階級)、クラブあるいは杖(農民階級)、シェケル貨あるいはコイン(商人階級)と呼ばれ、トランプでのスペード、ハート、クラブ、ダイヤと関連している。我々は22枚の大アルカナにのみ集中する事にしよう。これらは特別な性質があり、古代タロットのヒエログリフの直系の子孫だからである。これらは22枚はヘブライ文字や他の神聖文字の22文字と対応しており、これらは自然と3つの母文字、7つの二重文字、12の単独文字に分けられる。またこれらは、3つの7つ組に1つを加えて、秘儀参入の体系と秘儀参入されていない者をも表している。」(ウェストコットの「イシスのタブレット」を参照)


 ウエストコットは、1887年に出版され今では極めて稀覯本となった書で、様々な著者らの理論を全て慎重に集めている。この書には、ハンフリーズがモンフォコンの価値無き解説書を1721年に英訳して以来の、イシスの図の唯一の英語で出版された詳細な説明が含まれている。レヴィが隠したままにした方がよいと考えたものを明かすのを控えると説明した後に、ウエストコットは図への自らの解釈を以下の様に要約している。


「タブレットの神秘を説明するレヴィの図は、上の部分は年の4季節に分割され、それぞれが黄道の3つの宮が伴う。レヴィはさらに、4文字の神名、テトラグラマトン(יהוה)をそれぞれに加えて、י(ヨド)を宝瓶宮、カノープスの星に、ה(ヘー)を金牛宮、アピスの星に、ו(ヴァウ)を獅子宮、モンフタ星に、最後のה(ヘー)を(天蝎宮と)テューポーンの星へと関連づけている。また、(エゼキエル書での)ケルビム、人、牛、獅子、鷲とも関連しているのに注意せよ。第4の形態はオカルトの善と悪の意図により、蠍とも鷲ともなるからである。また悪魔的な黄道では、蠍の代わりに蛇となる。


 レヴィは下の部分を、ヘブライ文字の12の単独文字に帰するものとし、さらに東西南北の四方とも関連させる。これと、セフェル イェツィラーの第5章1節を比較せよ。


 レヴィは中央の部分を、太陽と諸惑星の諸力に帰するものととする。その中央では、上には太陽の、その下にはソロモンの六芒星の、さらにその下には十字の印がある。この六芒星は光と闇の2つの三角形により造られ、その全体は金星の複雑な象徴の類を形成する。その左にレヴィがイビモルフォスとした金星、水星、火星の3つの闇の惑星が置かれ、その中心にある闇の三角形は火を表している。右側のネフティスの3つ組には、レヴィは土星、月、木星の光の惑星を与え、その中心には光の逆向きの三角形があり、これは水を表している。水、女性の力、受動原理、ビナー、セフィロトの母、花嫁の間には不可欠な繋がりがある(マサースの「カバラ」を参照せよ)。古代の惑星の象徴は、全て十字、太陽の円盤、三日月により構成されているのに注意せよ。金星の象徴は太陽の円盤の下に十字があり、水星の象徴は太陽の円盤の上に三日月が、下に十字があり、土星の象徴は十字の下の部分が三日月の頂点と触れている。木星の象徴は三日月の下の部分が十字の左の先に触れている。これら全ては深い奥義である。またレヴィは原書の図ではセラピスに対して、アピスやアピス ブランクでは無く、ヘカテーを置き換えているのに注意せよ。おそらく、ベス女神の頭は、レヴィはヘカテーに帰すると考えたからであろう。また、(ヘブライの)12の単独文字が低位と関連しているならば、7つの二重文字は諸惑星の中央の部分と関連するであろうし、そして大いなるA.M.S(アレフ、メム、シン)の文字、風、水、火と関連する母の文字は、中央のアリクイ鳥、ヨドの周囲を取り巻く、2匹の蛇と獅子のようなスフィンクスによる、楕円の3つ組で記されると考えられよう。レヴィが中央に書いたOPSの文字は、ラテン神話のOps、地の守護神の名である。また、ギリシア神話のOps、レアーやキュベレーはしばしば獅子らが引くチャリオットに座り、王冠をかぶって鍵を手に取った姿で描かれている。」(ウェストコットの「イシスのタブレット」を参照)


 1809年にフランスでアレクサンドル レノアにより出版されたエッセイは、興味深くも斬新であるが、タブレットについての実際の情報は僅かしかなく、著者はこれをエジプトのカレンダーか占星術のチャートであると証明しようとしていた。モンフォコンとレノアの両方とも――実際には、1651年以降の全てのこの主題への著者らは――キルヒャーの書を基礎としているか、充分に影響を受けており、キルヒャーの17世紀のラテン語の80ページの原書を慎重に翻訳している。本章の始めに置いた二つ折りの図は、ヒエログリフ博物館の銅板からキルヒャーによって忠実に再現されたものである。この中にある小さな文字と数字は、説明を明白にするためにキルヒャーによって付け加えられたものであり、本章でも同様に用いられるであろう。


 ほぼ全ての宗教や哲学の遺物と同様に、このイシス女神のベンボの図も多くの議論の対象となっている。A.E. ウェイトはこの内容を扱ったエッセイの脚注で、タブレットの起源やその性質の真実とただの噂とを区別できないと述べて、これは別の高名な秘教学者のJ.G. ウィキンソンの印象を反映し、「タブレットの起源は極めて後期のものであり、ほとんど贋造と言える」と述べている。一方で博識な学者のエデュアルド ウィンケルマンは、このタブレットの正当性と古さについて擁護している。だがメンサ イシアカの真摯な考察は、この図を造った者が実際に古代エジプト人である必要は無いが、高次の団の秘儀参入者であり、ヘルメース秘教主義の深奥の教義に熟達していたであろうという重要な事実を明らかとする。


ベンボの図の象徴主義


 以下のベンボの図の余儀なく簡潔にした説明は、キルヒャーの書を基に、カルデア、ヘブライ、エジプト、ギリシアの神秘的な書を引用していた現代の他の著者らの見解も加えたものである。古代エジプト神殿は、その部屋の配置、装飾、備品の全てに、ヒエログリフによって覆われているので示されるように、象徴的な意味合いがあるように設計されていた。通常は各部屋の中央に置かれた祭壇の他にも、地下のパイプを通じてのナイル川の水のプールもあった。ここにも鎖状に神々の像が置かれており、さらに魔術的な碑文も加えられていた。これらの神殿の中で、象徴とヒエログリフの使用により、新参者ニオファイトらは、聖職階級の諸秘密を伝授されていた。


 イシスの図は、元はテーブルか祭壇に描かれたものであり、それらの象徴は神官らにより説明された密儀に属していた。このテーブルは様々な神々や女神らに捧げられていたが、イシス女神が最も称えられていた。これらの諸テーブルは、神々の相対的な威厳に応じた違った物質により造られていた。ユーピテルとアポローンに捧げられたテーブルらは黄金であり、ディアーナ、ウェヌス、ユーノーは銀で、他の上位の神々は大理石で、低位の神々は木製であった。またテーブルらは、天を支配する様々な惑星に対応する金属でも造られていた。食卓に肉体のための様々な食事が置かれるように、これらの聖なる祭壇にも様々な象徴が散りばめられており、それらを理解するなら、人の不可視の性質を養うのである。


 キルヒャーはこの図の序文で、その象徴主義についてこのように要約している。「この図は、3つの世界、原型界、知性界、感覚界の構成全てをまず教える。至高の神は中央から、感覚の生き物と不動物の両方による世界の円を動くことで示される。そして、万物は父の精神と呼ばれ、3つの象徴により表わされる至高の力により動き、刺激される。またここには、至高者からの3つの3つ組も示されている。それぞれが、最初の三位一体の属性を発現させている。これらの3つ組は、基盤あるいは万物の基礎と呼ばれている。この図にはまた、父の精神が世界を統治するのを助ける神々の配置についても記されている。この上位のパネルには、諸世界の支配者らを見る事ができ、それぞれには火的、エーテル的、物理的な記章がある。また低位のパネルにも、泉の父らがある。彼らの任は、万物の諸原理を保ち、自然の侵されざる諸法を維持する事である。ここには、諸圏の神々や、ある場所から別の場所へと彷徨う神々がおり、全ての形質と形態(ゾニアとアゾニア)により働き、両方の性の姿によりグループ分けされ、彼らの顔は至高の神へと向けられている。」


 メンサ イシアカは、上中下と3つの部屋あるいはパネルに分けられており、それはイシス密儀が行われた諸部屋の設計図をも表していたのであろう。中央のパネルは、7つの部分あるいは小部屋で分割され、それぞれの下には2つの門がある。この図全体には45の重要な姿と幾らかの低位の象徴がある。45の主要な姿は、15の3つ組に纏められ、それらのうちの4つは上の、7つは中央の、4つは下のパネルにある。キルヒャーとレヴィによると、これらの3つ組は以下の様に分割されている(以下の英、ギリシア文字は、図にあるものと対応している)。


上位のパネルには、


1. P.S.V ―― Mendesianの3つ組
2. X.Z.A ―― Ammonianの3つ組
3. B.C.D ―― Momphtæanの3つ組
4. F.G.H ―― Omphtæanの3つ組


中位のパネルには、


1. G.I.K ―― Isiacの3つ組
2. L.M.N ―― Hecatineの3つ組
3. O.Q.R ―― Ibimorphousの3つ組
4. V.S.W ―― Ophionicの3つ組
5. X.Y.Z ―― Nephtæanの3つ組
6. ζ.η.θ―― Serapæanの3つ組
7. γ、δ (図では示されていない)、ε――Osirianの3つ組


下位のパネルには、


1. λ.Μ.Ν ―― Horæanの3つ組
2. ξ.Ο.Σ―― Pandochæanの3つ組
3. Τ.Φ.Χ―― Thausticの3つ組
4. Ψ.F.Η―― Æluristicの3つ組


 これらの15の3つ組について、キルヒャーはこう記している。「これらの姿は、8つの重要な面でお互いに違っている。すなわち、その姿、場所、しぐさ、行動、衣服、頭飾り、杖、最後にその周囲に置かれた、花、低木、小文字、動物などのヒエログリフである。」これらの神々の像の秘密の諸力を示す8つの象徴的な方法は、人の真の自己を理解するための認識の8つの霊的感覚を微細に思いおこさせる。この霊的真理を表現するために、仏教徒は8つの軸のある輪の象徴を用い、高貴な八正道の方法により彼らの意識を高めている。図の3つの主なパネルを取り囲む装飾された枠には、鳥、動物、爬虫類、人間、それらの混合体の様々な象徴が含まれている。この図の研究者の1人によると、この枠は4大エレメンツを表しており、生き物らはエレメンタルの存在であるという。また別の研究者の解釈では、この枠は原型の諸圏を表しており、装飾帯にある複合体は、それらの様々な組み合わせの形態のパターンであり、物理世界で自らを発現させる。図の端にある4本の花は、常に太陽へと向いて、その空の軌跡を追うので、その創造主に向き合うのを喜ぶ人の性質の最良の部分の聖なる象徴である。


 カルデアの秘密教義によると、この宇宙全体は、原型、知性、天空、エレメンタルの4つの状態(界や圏)に分割されている。これらの各界は、他の界を明かし、上位の界が下位の界を支配しており、下位の界は上位の界の影響を受ける。原型界は神の三位一体の知性の別名と考えられており、この神性、霊的で永遠の圏の中に、生の全ての低位の発現が含まれる――過去、現在、未来の全てである。この宇宙知性の中に、霊的、物理的な万物は原型としてや神の思念体として存在し、それらは図の中では秘密の直喩の鎖として示されている。


 図の中位のパネルには、人格化された霊的なエッセンス――万物の源にして形質――を含んだ万物の形態がある。ここから3つの3つ組(Ophionic、Ibimorphous、Nephtæanの3つ組)の9つの流出として、低位の諸世界が現れている。これらとカバラの9つのセフィロト、王冠ケテルから流出する9つの圏との類似の繋がりを考察せよ。世界の12の支配者たち(Mendesian、Ammonian、Momphtæan、Omphtæanの3つ組)は、この創造の影響を運ぶ者らであり、図の上位のパネルに示され、原型の圏に存在する神の精神のパターンにより、その活動性は導かれている。この原型界は、神の精神の中に形成された抽象的なパターンであり、それにより、全ての低位者らは制御されている。


 そして低位のパネルには、泉の父ら(Horæan、Pandochæan、Thaustic、Æluristicの3つ組)、宇宙の大いなる諸門の番人らがいる。これらは低位の諸界の、上位で示された支配者から降りて来た影響を分配している。


 古代エジプトの神学では、善は先に存在し、万物はその性質を多かれ少なかれ共にしている。この善は万物により求められている。これは諸原因の中の原因である。この善は自己を放散しており、よって万物の中に存在する。この中に存在しない物は生み出されないからである。この図は万物は神の中にあり、神は万物の中にある、すなわち万物は万物の中にあり、各自は各自の中にあるのを示している。知性界では不可視の霊らがおり、エレメンタル界ではそれらに対応する生き物らが住んでいる。そのため低次の存在の中に高次の存在は示されており、物質の中に知性と不可視の存在が発現しているのを述べる。この理由から、古代エジプト人は、上位で不可視の諸力の見える例として用いるために、低位の感覚の世界に存在する物質でその(神々の)像を造った。腐敗する物質の像を、腐敗しない神々の美徳に割り当てる事で、エジプト人はこの世界は神の影、内なる楽園の外側の絵に過ぎないと奥義的に示した。不可視の原型の圏に存在する万物は、この自然の光により感覚の物質世界に明かされるのである。


 この原型、創造の精神――最初はその父の基盤を通じて、その後には知性体と呼ばれる二次的な神々を通じて――は、その諸力を上位から低位へと常に転換する事で、無限全体に注いだ。その男根の象徴主義により、古代エジプト人は、霊的な諸圏を表すのに精子を用いていた。なぜなら、それぞれの精子の中に、後に生まれるもの全てが含まれているからである。またエジプト人とカルデア人は、結果となる全てはその原因の圏にあり、その原因を太陽の蓮華として表していた。よって、至高知性は、その父の基盤を通じて、まず光――天使の世界を創り出した。そしてこの光から、一部の者らは星々と呼ぶ不可視の存在の階層が創られた。そしてこの星々から4大エレメンツと物理世界が形成された。よって、万物はその関連する万物の中にある。全ての可視の体やエレメンツは、不可視の星々、霊的なエレメンツの中にあり、星々もそれらの体に似たものである。星々は天使らの中にあり、天使らは星々の中にある。天使らは神の中にあり、神は万物の中にある。そのため、万物は神の中での神性であり、天使らの中の天使性であり、物理世界の中での物質性であり、逆もまた真である。種子は折り畳まれた木であるように、世界は開かれた神である。


 プロクロスは「神のあらゆる特質は、万物へと浸透しており、低位の万物に自らを与えている」と述べている。至高精神の発現の1つは、種に従っての生成の力であり、それはあらゆる生き物に神の部分を授けている。よって諸魂、諸天、エレメンツ、動物、植物、石は自らをそのパターンに従って生成するが、これら全ては至高精神の中に存在する豊穣の原理に拠っている。もっとも、この豊穣の力はそれ自身が単位であり、様々な形質で違った発現をする。例えば鉱物では物理的な存在に寄与しており、植物では生命力として、動物では感覚性として発現している。この力は天の諸惑星には動きを、人の魂には思考を、天使らには知性を、神には超本質性を与えている。よって、全ての形態は1つの形質により、全ての命は1つの力によるもので、これら全ては至高者の性質と共に存在すると見る事が出来る。


 この教義はまず最初にプラトンにより述べられた。その弟子アリストテレスは、以下の言葉により、この世界について説明している。「感覚の世界は別の世界の像であると言える。それゆえ、この世界は活力があり生きているので、他の世界はどれだけより多く活力があろうか。(略)それゆえ、向こうの世界は、星々の性質を超えており、他の諸天を成り立たせている。これらはこの世界の諸天(星座)のようであるが、それらを超えている。なぜなら、これらは高次の種であり、より輝き、広大だからである。また、これらは霊的なものなので、我々の諸天のように、お互いに離れてはいない。向こうの世界にも大地は存在するが、動かない物質のものではなく、動物的な命により活力があり、全ての自然の地上的な現象は、この世界のものと似ているが、他の種のものであり完成しているのである。また植物や庭園、流水もある。水の生き物も存在するが、より高貴な種である。向こうの世界には、風やそこに住む生き物もあるが、全ては不死である。そして、そこにある命は我々の世界のものと類似しているが、知的で、永続し、変化しないので、より高貴である。だが、この上にある世界に植物などがあるのをどのように見つけるのかと反論し尋ねる者がいれば、これらは客観的な実在ではないと私は答えるであろう。これらは創造主により、外面の形が無い絶対的な状態として創造されたからである。そのため、これらは知性や魂と同様に、衰退や腐敗を受けたりはしない。向こうの世界の存在はエネルギー、力、喜びに満ちており、微細な命により生きており、1つの源、性質から放たれた存在であり、全ての甘味、微細な香、調和された色、音、その他の完全なもので構成されているからである。また、これらはお互いに暴力的に動いたり混ざったり腐敗したりもせず、それぞれが自らの本質的な性質を完全に保っており、単純なものであり、地上の存在がなすように増えたりもしない。」


 この図の中位のパネルには、大きな玉座があり、そこにはイシス女神を表す女性の姿をした者が座っている。だがここでは、汎形態性のIYNXと呼ばれている。G.R.S.ミードは、このIYNXを「伝達する知性」と定義している。他の研究者らは、これは普遍的存在の象徴であると宣言している。この玉座に座る女神の頭の上には3重冠があり、女神の足下には、物質の家がある。この3重冠は古代エジプト人からは至高精神と呼ばれる三位一体の象徴であり、セフェル ハ=ゾーハルでは「隠され、明かされない者」として記されているものである。ヘブライのカバラの体系では、セフィロトの樹は2つの部分に分割されており、上の部分は3つの不可視の、下の部分は7つの可視のセフィロトで構成される。この3つの認識不能のセフィロトは、ケテル(王冠)、ホクマー(知恵)、ビナー(理解)と呼ばれる。これらは理解するにはあまりに抽象的であり、一方でこれらから発された低位の7つのセフィロトは、人間の意識でも掴められる。この中央のパネルには、7つの3つ組の姿が含まれている。これらは低位のセフィロトを表しており、これら全ては玉座の上にある3重冠から流出している。


 キルヒャーはこう記している。「ここにある玉座は、3つの世界の普遍的な小路に従った、至高精神の3つの形態の放出を示している。これら3つの霊的な圏から、この感覚の世界が現れており、それについてプルタルコスは「角の家」と呼び、古代エジプト人は「神々の大いなる門」と呼んだ。この玉座の上には蛇の形の炎があり、至高精神は光と命に満ちていて、永遠で腐敗せず、全ての物理的な接触がされないのを示している。どのように、この至高精神がその火により万物と交流するかについては、この図の象徴の中に明白に示されている。この神の火は、世界の乙女、イシス、ここではIYNX、あるいは普遍的なイデアを全て含んだ汎形態性で表されている、自然の普遍的な力を通じて低位の諸圏と交流している。」ここでのイデアは、プラトンの意味合いで用いられている。W. ハミルトン卿はこう説明している。「プラトンは永遠にして物質ではない全ての可能な諸形態が存在すると信じていた。そして、この永遠にして非物質的な形態を、プラトンはイデアと名付けた。プラトン学派では、このイデアは神がそれにより事象の外的な世界を形作ったパターンであった。」


 キルヒャーは中央のパネルにある21の姿について、こう記している。「この7つの主要な3つ組は、7つの上位の諸世界と対応しており、図の中央の部分に示されている。これら全ては、火的、不可視の原型(の玉座の3重冠)を起源としている。第1のもの、OphionicあるいはIYNXの3つ組、V、S、Wは、生命と火の世界と対応しており、これは第1の知性界であり、古人らからはアエテリウムと呼ばれていた。ゾロアスターはこれらについて「おお、この世界は何と厳格な君主らを持つ事か!」と述べている。第2のもの、Ibimorphousの3つ組 O、Q、Rは、 第2の知性界、エーテル界と対応し、湿潤の原理と関連している。第3のもの、 Nephtæanの3つ組、X、Y、Zは、第3の知性界、エーテル界と対応し、豊穣と関連している。これらは、エーテルの諸世界の3つの3つ組であり、基盤の父と関連している。その次の4つの3つ組は、感覚、物質の世界と関連しており、そのうちの最初の2つは、天の諸世界と対応する。G、I、K、と、γ、δ、εの3つ組、すなわちオシリスとイシス、太陽と月は、2つの雄牛により示されている。それに続く2つの3つ組、HecatineのL、M、Nと、Serapæanのζ、η、θは、月下と地下の諸世界と対応する。これらで、自然の世界を支配する主要な守護神らの7つの世界は完成する。プセルスはゾロアスターの以下の言葉を引用している。「エジプト人とカルデア人は、7つの物質の世界(知性の諸力に支配される諸世界)があると教えていた。第1のものは純粋な火であり、第2、3、4はエーテルのものであり、第5、6、7は物質のものである。第7のものは地上、光を憎む者と呼ばれ、月下に位置し、そこにある物質は、フンドゥス、基盤と呼ばれている。これら7つと、それに加えた不可視の王冠は、8つの諸世界を構成する(後略)。」


ウェストコットのベンボの図の鍵

ウェストコットの「イシスのタブレット」より


 ゾロアスターは、3の数は世界全体で輝くと宣言していた。これはベンボの図でも、創造的な振動を表す3つ組の集まりにより反映されている。このイシスの図について、アレクサンドル レノアはこう記している。「このイシスの図は、アートの作としては大きな興味を惹くものでは無く、構成物にすぎず、いささか冷たく、重要ではない。これらの神々の姿は簡潔に描かれ、整然とお互いに近くに置かれ、僅かにしか生き生きとした印象を与えない。だが、これらをよく調べた後に、作者の意図について理解するならば、このイシスの図は、小さな部分に分割された天の諸圏の像であり、一般的な教授のために用いられたものであると、我々はすぐに確信するであろう。この概念に従い、このイシスの図は元はイシスの密儀への導入のためのものだったと我々は結論づけられる。これは秘儀参入の儀礼で用いられるために、銅板に刻まれていた。」(「イシスの図の新エッセイ」を参照)


 さらにキルヒャーはこう述べる。「プラトンは、哲学者は7つの諸円は第1のものから、エジプト人の教えに従って配置されていると知る必要があると記した。第1の火の3つ組は、生命を表している。第2の水の3つ組は、 Ibimorphousの神々により統治されている。第3の風の3つ組は、Nephtaにより統治されている。この火からは諸天が、水からは地が、風からはこれらを媒介するものが創り出された。セフェル イェツィラーでは、この3つから、7つのもの、すなわち高さ、深さ、東、西、北、南、中央でこれら全てを支える聖なる神殿が造られたと述べられている。この聖なる神殿とは、図の中央のパネルにある自然の多くの霊を形成する大いなる玉座の事ではなかろうか? 7つの3つ組とは、世界を支配する7つの諸力ではないか? プセルスはこう記している。「エジプト人は、信仰、真理、愛の3つ組と、7つの泉を崇拝していた。太陽は形質の泉の支配者である。それから、大天使らの泉、感覚の泉、裁きの泉、稲妻の泉、反射の泉、不可知の性質の泉が構成されている。彼らは、至高の形質の泉らは、アポローン、オシリス、メルクリウスのもの、エレメンツの中心の泉であると述べていた。」よって彼らは、太陽は太陽の世界の支配者であり、形質の大天使らは月の世界の、感覚の泉は土星の世界の、裁きは木星の世界の、稲妻は火星の世界の、反射するもの、鏡は、金星の世界の、性質の泉は水星の世界を支配すると理解していた。これら全ては図の中央のパネルの各姿で示されていた。」


 図の上位のパネルには、4つの3つ組で配置された黄道の12宮の姿が含まれている。それぞれの3つ組の中央は、黄道の4つの不動サインを表している。Sは宝瓶宮、Zは金牛宮、Cは獅子宮、Gは天蝎宮である。これらは父たちと呼ばれている。東洋の秘密の教えでは、人、雄牛、獅子、鷲のこれら4つの姿は、創造の4隅に立つ4人のマハラジャの翼ある球と呼ばれている。4つのカーディナルサイン、Pの磨羯宮、Xの白羊宮、Bの巨蟹宮、Fの天秤宮は、諸力と呼ばれている。4つの柔軟サイン、Vの双魚宮、Aの双児宮、Eの処女宮、Hの人馬宮は、4君主の心と呼ばれている。これはエジプトの翼ある球の象徴の意味合いを説明する。4つの中心の像、宝瓶宮、金牛宮、獅子宮、天蝎宮(預言者エゼキエルによりケルビムと呼ばれたもの)は4つの球であり、それぞれの横にあるカーディナルサインと柔軟サインは、その翼である。そのため、黄道の12宮はそれぞれが2つの翼のある4つの球として象徴されよう。


 この天の3つ組は、エジプト人により、球(父)と、そこから放たれる蛇(心)と翼(力)としても示されていた。これらの12の諸力は、世界を形作るものであり、これらから小宇宙、12の聖なる動物が流出し、それらは世界の12の部分、人体の12の部分を表している。解剖学的には、この上のパネルにある12の姿は、脳の12の脳回(脳のしわ)、下のパネルの12の姿は、人体の12の黄道の部分、器官であるとよく象徴されよう。人は12の聖なる動物により形成され、それらは脳にある12の支配者あるいは諸力により直接的に制御されているからである。


 さらに深遠な解釈は、上位と低位のパネルにある12の姿は、それぞれが対応しているというものである。これは古代の諸秘密の最奥義の1つ、不動と動の2つの黄道12宮への鍵を与える。不動の黄道は巨大な十二面体として表され、その12の表面は抽象的な空間の最外延の壁を表している。この十二面体の各表面から、大いなる霊力が内側へと放出され、動の黄道の階層の1つとして具現化する。これらは俗にいう恒星が取り巻く帯である。この動の黄道の中には、様々な惑星、エレメンタルの体が位置する。これら2つの黄道とその下の諸圏との関係は、人体の呼吸系で例えられよう。大いなる不動の黄道は大気で表され、動の黄道は肺であり、それらの下にある諸世界は人体である。この大いなる不動の黄道の12の神の諸力の生命エネルギーを含んでいる霊的な大気は、宇宙的な肺(動の黄道)により吸い込まれ、物理世界の部分である12の聖なる動物の構成を通じて分配される。この機能サイクルは、動の黄道により集められた低位の諸世界の毒の大気が大いなる不動の黄道へと放出される事で完成する。これにより、12の永遠の階層の神の性質を通じて、浄化がなされるのである。


 この図の全体については、多くの解釈が可能である。この図の端とそこにあるヒエログリフの姿を霊的な源としたならば、中央の玉座は人の性質が座る肉体を表しているといえる。この観点からは、この図の全体は、人のオーラの諸体の象徴となり、この図の枠は一番外側の層、あるいはオーラの卵の殻となろう。逆に玉座を霊的な圏の象徴とするならば、この枠はエレメンツを表し、中央の玉座を取り巻く様々なパネルは、神の源から流出した諸世界の象徴となろう。この図を純粋に物理的なものと見做すならば、玉座は生殖系の象徴となり、図全体は物理諸世界の形成で用いられた発生学の秘密のプロセスを明かす。また、純粋に生理学、解剖学的に解釈したいならば、中央の玉座は心臓となり、Ibimorphousの3つ組は精神に、Nephtæanの3つ組は生殖系に、その周囲を取り巻くヒエログリフは人体の様々な部分となろう。進化論の観点からは、中央の門は入口と出口の両者となる。またこれらは秘儀参入のプロセスも表し、ここでは志望者は様々な試練を通過し、最終的には自らの魂、自らのみが明かせるものに到達する。


 宇宙論として考えるならば、中央のパネルは霊的な諸世界を、上位のパネルは知性の諸界を、低位のパネルは物質の諸世界を表している。また中央のパネルは、9つの不可視の諸世界の象徴であり、Tで記されている生き物は物質的な性質を、イシスの足のせ台は普遍的な命の霊となる。錬金術として解釈するならば、中央のパネルは諸金属を含み、枠は錬金術のプロセスである。玉座に座るものは、普遍的な水銀であり、「賢者の石」である。玉座の上にある燃える天蓋は神の硫黄であり、その下にある地の立方体はエレメンタルの塩である。


 中央のパネルにある、3つの3つ組――あるいは、父の基盤――は、沈黙の観察者、人の性質の3つの不可視の部分を表している。上下両側の2つのパネルは、4つ組の人の低位の性質を表す。中央のパネルには21の姿がある。この数は太陽の聖数――これらは3つの大いなる諸力で構成され、それそれには7つの属性がある――であり、カバラでは21は3の数、大いなる3つ組へと減少される。


 だが、このイシスの図が、エジプトのグノーシス主義と直接的に繋がっているかはまだ証明されていない。オクスフォードのボドリアン図書館には、グノーシス派のパピルスが保管されており、そこでは12の父、あるいは父性と、その下の12の泉への直接的な引用がある(S.S.D.D.の「エジプト魔術」を参照)。この低位のパネルが地下の世界を表しているのは、2つの門――東と西の大門――によっても強調されている。カルデアの神学では、太陽は地下世界の諸門を通じて昇り降りていき、太陽は闇の期間にはこの地下を通過しているとされるからである。またプラトンも、マギのパテネイト、オホアプス、セホトノウピス、セベンニティスのエティモンに13年間の教授を受けたため、その哲学にはカルデアとエジプトの3つ組の体系に満ちている。このベンボの図は、いわゆるプラトン哲学を図的に示したものでもある。その図案は、その神秘的な宇宙論と生成論の理論全体の集約だからである。この図の解釈の最も価値あるガイドは、プロクロスによるプラトン神学の注釈書である。「ゾロアスターのカルデア神託」も、この図で示されている多くの神起源論の諸原理への隠喩を含んでいる。


 ヘーシオドスの「神統記」には、ギリシア神話の宇宙生成論の最も完全な内容が含まれている。このオルペウスの宇宙生成論は、それらを知ったギリシア、エジプト、シリアの様々な哲学や宗教に影響を与えた。オルペウスの象徴の主要なものは、そこから創造の神パネースが生まれる宇宙卵である。トーマス タイラーはこのオルペウスの卵を、プラトンが「ピレボス」で述べた、無限と制約の混合物の別名であると考えていた。この卵は、さらに第3の知性の3つ組であり、そのオーラ体は低位の世界の卵である、デミウルゴスの適切な象徴である。


 エウセビウスは、ポルピュリオスの権威の下で、エジプト人はこの世界の知的な創造主をクネフの名の下で認めており、濃紺色の肌をして、その手には腰ひもと王錫を持ち、頭には王の羽飾りを身に着け、その口から卵を吐く人の姿の像で崇拝していたと宣言していた(「エジプト神話の分析」を参照)。ベンボの図は四角形をしているものの、宇宙のオルペウスの卵とその内容を哲学的に表している。秘教の教義では、至高の個の達成は、このオルペウスの卵を割る事であり、それは東洋の神秘主義での、霊がニルヴァーナ――絶対的な状態――へと帰還するのと同等である。


 サミュエル ボーイズの「新パンテオン」には、ベンボの図の様々な部分を示す3つの絵が含まれている。だがこの著者は、この内容の知識について何ら重要な貢献をしていない。「歴史から説明する古代神話と民話」の著者アントワーヌ バニエールは、メンサ イシアカについて1章を捧げ、モンフォコン、キルヒャー、ピグノリアの所説を評した後に、「私の意見では、これはイシス女神が授けたと信じた何らかの利益への感謝として、ある君主か私人が女神に奉納した図であろう」と付け加えている。


古今の秘密の教え 古代の驚異
↑ 古今の秘密の教え


*1 本章は、20世紀半ばでの古代エジプト学とヒエログリフ解読の大きな進展がなされる前に書かれたものであり、内容が古くなっている。現在ではベンボの図は、エジプト起源ではなくローマ時代の作であり、キルヒャーの解釈あるいは翻訳はデタラメに満ちていると言われている。