バヒールの書 5

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第5章 魂の神秘


194. ラビ ラフマイは述べた。
 私が言い伝えから聞いた事によると、モーセが栄光の畏れ多き御名――その御名に祝福あれ――を知りたいと望んだ時、(出エジプト記 第33章18節で)「どうぞ、あなたの栄光を私にお示しください」と述べた。
 モーセは、何故に義人が幸福になったり不幸になったり、悪人が幸福になったり不幸になったりするのかを知りたいと望んだ。だが、神はそれをモーセには語らなかった。
 (弟子らは尋ねた)あなたは神がモーセに語らなかったと考えるのか? モーセはこの神秘について知らなかったと想像できようか?
 だが、これはモーセが「私は諸力の道を知るが、それらを通じてどのように思考が広がるかは知らない。私は思考の中の真実を知るが、その部分は知らない」と述べた事である。モーセはそれらを知りたいと望んだか、神はそれを語らなかった。


195. 何故に義人が幸福になったり、別の義人が不幸になったりするのか?
 なぜならば、(後者の)義人は過去に悪人であって、今その罰を受けているからである。
 では、それは子供の頃の行いの罰なのか? ラビ シモンは、いと高き(天の)法廷は12歳以上にならないと罰を与えないと言わなかったか?
 ラビは述べた。私は今生の事について述べているのではない。私が述べているのは、前世でこの者がなしていた事だ*1
 弟子らはラビに述べた。あなたの言葉をどれだけ長く隠しているつもりか?
 ラビは答えた。では、述べるとしよう。これは何に似ているか? ある人物が葡萄を植えて、育つのを望んだが、代わりにすっぱい葡萄が育った。この者は葡萄を育て収穫するのは失敗したと知り、それらを引き抜いた。そして、すっぱい葡萄を完全に取り除いてから、再び新しい葡萄を植えた。そして、この者が再び葡萄が成功しなかったのを見ると、取り除いて再び新しいのを植えた。
 それらは何度行った事か?
 ラビは彼らに答えた。千の世代である。よって(詩篇 第105篇8節に)「これは千の世代に命じられた御言葉であって」と書かれている。
 また、これらと関連して、「(義人に)欠けているのは974世代であり、祝福された聖なる御方は各世代で立ちあがり、彼らを植えた」とも言われる。


196. ラビは述べた。義人が望むならば、彼らは新しい世界を創り出せただろう。何がそれを防ぐのか? それは(イザヤ書 第59章2節で)「ただ、あなたがたの罪が、あなたがたと、あなたがたの神との間を隔てたのだ」と書かれているように、あなたたちの罪である。
 そのため、あなたに罪が無ければ、あなたと神との間に何の違いも無かっただろう。
 よって、ラッバがある人*2を造り、それをラヴ ゼイラへと送ったという話がある。ラヴ ゼイラはそれに話しかけたが、それは答えられなかった。そして、お前に罪が無ければ、答えられたであろう(と、ラヴ ゼイラは言った)。
 では何を答えられたのか? その魂から来るものである。
 この人には置かれた魂があるのか?
 然り。(創世記 第2章7節に)「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」と書かれているようにである。そしてあなたに罪が無ければ、人は「命の魂」を持っていたであろう。だが、あなたの罪のゆえに、魂は純粋では無い。
 これは、あなたと神との違いである。よって、(詩篇 第8篇5節に)「ただ少しく人を神よりも低く造って」と書かれている。
 この「少しく」の意味合いは何か? これは人の罪によるもので、一方で祝福された聖なる御方には無い。この御方とその御名に世々限りなく祝福あれ。この御方には罪は無い。
 だが、悪の衝動はこの御方から来る。
 では、この御方から悪が来ると想像できようか? だが、それはダヴィデ王が来たりて殺すまでは、この御方から来ている。よって、(詩篇 第109篇22節に)「私の心は我が内に傷ついています」と書かれている。
 ダヴィデ王が述べたのは、それを乗り越えられたからである。(詩篇 第5篇4節で)「悪はあなたのもとに身を寄せることはできない」と書かれているようにである。
 ではダヴィデ王はどのように乗り越えたのか? その(トーラーへの)学習によってである。王は日夜学習を止める事が無かったからである。それゆえ王はトーラーに緊密であった。トーラーを自らのために学ぶ誰に対しても、トーラーは祝福された聖なる御方と繋げるからである。
 あなたが述べているこのトーラーとは何か?
 それは装飾され王冠を与えられた聖書であり、律法が含まれたものである。これはトーラーの宝であり、祝福された聖なる御方の婚約者である。よって(申命記 第33章4節に)「モーセは我々に律法を授けて、ヤコブの会衆の所有(モラシャ)とさせた」と書かれている。だが、これを「所有」(モラシャ)とは読まずに、「婚約者」(メウラサ)と読むのだ。
 どのようにか? イスラエルが自らのためにトーラーに近づくなら、それは祝福された聖なる御方の婚約者となり、よってイスラエルの所有となるのである。


197. ラビ アモライは座ると述べた。
 何故にタマルはペレツとゼラの母である価値があったのか?
 なぜならば、彼女の名前がタマルであったからだ。タマルはアムノンの妹でもあった。そのため彼女はそのために創られた*3
 では、息子らがペレツとゼラと呼ばれるのは何故か?
 ペレツは月を表して名付けられた。月は時と共に欠けていき(パラツ)、それから修復していく。ゼラは太陽を表して名付けられた。太陽は常に同じように輝く(ザラク)からだ。
 だがペレツは長男だった。太陽は月よりも偉大では無いのか?
 これは(理解は)困難ではない。(創世記 第38章28節に)「出産の時に、ひとりの子が手を出したので」と書かれているように、ゼラの手がペレツが生まれる前に出ているのを示している。それから(創世記 第38章30節で)「その後、手に緋の糸のある兄が出たので、名はゼラと呼ばれた」と書かれている。
 ゼラは長男である予定であった。だが神はソロモン王が(ペレツの)子孫となり、大いに繁栄を楽しむようにするために、ゼラが最初に出るのを押しとどめたのである。


198. 何故に彼女はタマルと呼ばれ、他の名前では無かったのか?
 なぜなら彼女は女だったからだ。
 彼女が女であると特別に述べる理由があるのか?
 それは彼女が男と女の両方を含んでいたからである。(タマルがナツメヤシを意味するので)、あらゆるナツメヤシは雄と雌を含んでいるからである。
 どのようにか? その葉(ルラヴ)は雄である。その果実は外側が雄で内側が雌である。
 では、どのようにか? ナツメヤシの種は女のもののように割れている。これは上にある月の力と関連している。
 祝福された聖なる御方は、(創世記 第1章27節で)「男と女とに創造された」と書かれているように、アダムを男と女の両方として創られた。
 (弟子らは尋ねた。)そのように言えるのか? では(創世記 第1章27節の前の文で)「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し」とは書かれてなかったか? だが後になってのみ、(創世記 第2章18節で)「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」と、そして(創世記 第2章21節で)「そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた」と書かれているのではなかったか?(よって、男が先に創られて、女がその後では無かったのか?)
 だが、トーラーでは「形作る」(ヤザル)、「造る」(アサー)、「創造する」(バラ)の3つの違った言葉を用いている事に注意する必要がある。
 魂が創られた時には、「造る」の言葉が用いられた。それから「男と女が創造された」では「創造する」の言葉が用いられた。そして、魂と肉体が結び付けられ、霊が共にもたらされた時には「形作る」の言葉が用いられた。
 では「形作る」が、共にもたらすの意味だとどのように知れようか? それについては(創世記 第2章19節に)「そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り(集め)、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた」と書かれているからである。
 これは(創世記 第5章2節の)「彼らを男と女とに創造された」や、(創世記 第1章28節の)「神は彼らを祝福して」の節を説明する。


199. 女からは女の魂が来て、男から男の魂は来る。これはかの蛇がイヴに従った理由である。蛇は「彼女の魂は北(悪の方角)から来たので、私は速やかに彼女を誘惑できるだろう」と言った。
 では、蛇はどのように彼女を誘惑したのか? 蛇は彼女と交わったのである。


200. 弟子らは尋ねた。どのようにそうなったかを述べてください。
 ラビは答えた。悪しき天使サマエルは主に対して、天での(堕天使らの)軍勢の間に結束を造った。
 それは、祝福された聖なる御方が(人に対して、創世記 第1章28節で)「また海の魚と、空の飛ぶもの(天使を含む)と、地に動くすべての生き物とを治めよ」と述べたからであった。
 サマエルは「どのように、人に罪を犯させ、神の前から追放させられようか?」と呟いた。そしてサマエルは全てのその軍勢と共に降りていき、地上での適切な仲間を探した。そしてラクダのような姿の蛇を見つけて*4、その背に乗った。
 それからサマエルは女の元へと向かい、彼女に(創世記 第3章1節で)「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか?」と述べた。
 彼女は(創世記 第3章2節で)「私たちは園の木の実を食べることは許されていますが、ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」と答えた。
 だが彼女はここで2つ付け加えている。「ただ園の中央にある木の実」と述べたが、神は(創世記 第2章17節で)「しかし善悪の知識の木からは取って食べてはならない」とのみ述べている。また、彼女は「これに触れるな、死んではいけないから」とも言っているが、神は食べるなとのみ述べている。
 サマエルは何をなしたか? サマエルは木へと向かい、それに触れた。木は「邪悪な者よ、私に触るな!」と叫んだ。よって(詩篇 第36篇11-12節に)「高ぶる者の足が私を踏み、悪しき者の手が私を追い出すことを許さないでください。悪を行う者はそこに倒れ、彼らは打ち伏せられて、起きあがることはできない」と書かれている。
 それからサマエルは女に「見たでしょう。私は木に触れましたが、死にませんでしたよ。あなたも木に触れても死なないでしょう」と述べた。
 女は木に触れてみた。彼女は死の天使が近づいてくるのを見て、言った。「私はなんと災いかな。今や私はここで死に、祝福された聖なる御方はアダムのために別の女を造るでしょう。そのため、私はアダムと共に木の実を食べるようにしましょう。もし私たちが死んだら、私たちの両方とも死に、私たちが生きるならば、私たち両方とも生きるでしょう」と述べた。
 彼女は木の実を取り食べ、また別の木の実を夫にも渡した。彼らの目は開かれ、その歯は鋭くなった。アダムは「あなたは何というものを私に食べさせたのか? 我が歯は鋭くなり、全ての後の世代の歯も鋭くなるだろう」と述べた。
 それから神は(詩篇 第9篇5節で)「あなたは御座に座して、正しい裁きをされました」と書かれているように、真の裁きの座に座った。神はアダムを呼び、「なぜ私から逃れようとするか?」と述べた。
 アダムは(創世記 第3章10節で)「園の中であなたの歩まれる音を聞き」――我が骨は震え――「私は裸だったので、恐れて身を隠したのです」と答えた。私は働きに対して裸であり、律法に対して裸であり、行いに対して裸であった。それゆえ、「私は裸だったので、恐れて身を隠したのです」と書かれている。
 アダムの園とは何か? これは爪の上の肌であった。木の実を食べるとすぐに、アダムの爪の肌は取り去られ、自らが裸であるのを見た。よって(創世記 第3章11節で)「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」と書かれている。
 アダムは祝福された聖なる御方に「全ての諸世界の主よ。私が単独であった時には、あなたの前に罪をなす事はありませんでした。ですが、あなたが私に与えた女が、あなたの言葉に反して(木の実を与え、食べるように)私を唆したのです」と答えた。よって、(創世記 第3章12節で)「私と一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、私は食べたのです」と書かれている。
 祝福された聖なる御方は、次に彼女に「あなたは自らの罪では充分では無かったのか? それだけではなく、あなたはアダムも罪に落としてしまった」と尋ねた。
 彼女は祝福された聖なる御方に「全ての諸世界の主よ。蛇が私をあなたの前で罪をなすように唆したのです」と答えた。神はこれら3人を呼び、9つの呪いと死の判決を下した。それから神は邪悪なサマエルとその軍勢を、天の聖なる宮殿から放り出した。そして蛇の手足を切り落として、全ての他の動物や野の獣よりも呪われた者とした。また蛇に7年ごとに脱皮するように命じた。
 サマエルは罰を与えられ、邪悪なエサウの守護天使とされた。
 未来において神がエドムの王国を滅ぼす時、まず最初にこの者を低めるであろう。よって(イザヤ書 第24章21節で)「その日、主は天において、天の軍勢を罰し、地の上で、地の諸々の王を罰せられる」と書かれている。
 これら全ての死と罰は、彼女が祝福された聖なる御方の命令に付け加えた事から来ている。そのため、諺に「誰でも増やす者は減らされる」と言われるのだ。


願わくば、神が我らの目をそのトーラーの光で照らしたまえ。

我らの心に、神への恐れを抱かせたまえ。

我らが神と出会える価値ある者としたまえ。


神は、聞く者を照らし、

その心を理解へと目覚めさせ、

激しく輝かせるであろう。


↑ バヒールの書


*1 カバラの重要な教義として、仏教のように人の転生説を受け入れている。死後、魂の上位の部分は神の下へと向かうが、下位の部分は地上を何度となく生まれ変わり、時には動物に生まれ変わる事もあるとされる。
*2 おそらくはゴーレムであろう。
*3 念のために言うと、ここで出てくる2人のタマルは別人である。前者は創世記でのユダの息子らの妻で、後者はサムエル記でのダヴィデ王の娘でアムノンの妹である。
*4 創世記では、蛇は最初は四肢があり、アダムとイヴを騙した罰として手足を失ったとされる。