バヒールの書 2

ページ名:バヒールの書 2

第2章 アレフ・ベート


17. ラビ アモライは座り、述べた。
 なぜ、א(アレフ)の文字が始まりなのか? なぜなら、トーラーすらも含めた万物の前にこれがあったからだ。


18. その次の文字がב(ベート)なのは何故か? なぜなら、これは最初の文字だからだ。
 なぜこの文字には末尾があるのか? 来た場所を指し示すためだ。
 ある者らは、そこから世界は支えられていると述べている。


19. ג(ギメル)が3番目なのは何故か?
 この文字には3つの部分があり、寛大さを授ける(ゴメル)のを教えるからである。
 だがラビ アキバはそう言わず、ギメルに3つの部分があるのは、授け、育て、養うからであると述べている。(創世記 第21章8節に)「おさなごは育って乳離れした(授けられた)」と書かれているようにである。
 ラビは、私が行うようになすのだと述べた。ラビは育ち、寛大さを隣人らと、ラビを信じる者に与えた。


20. そして、ギメルの文字の底に末尾があるのはなぜか?
 ラビは述べた。ギメルは上に頭があり、それはパイプのような形をしている。パイプのように、ギメルは頭から(空気を)吸って、その尻尾を通じて吐く。これがギメルである。


21. ラビ ヨハナンは述べた。
 天使らは第2日目に創られた。そのため、(詩篇 第104篇3節に)「水の上におのが高殿のうつばりをおき」と、また(同 4節に)「風をおのれの使者とし、火と炎をおのれのしもべとされる」と書かれている。
 ラビ ハニナーは反論した。実際には天使らは第5日目に創られたのだ。(創世記 第1章20節に)「飛ぶ者らは地の上、天のおおぞらを飛べ」と書かれているからだ。 そして天使らについては、(イザヤ書 第6章2節に)「(セラフィムの六枚の翼のうちの)二つをもって飛びかけり」と書かれている。
 ラビ レヴァタス ベン タヴルスは述べた。全ては正しく、ラビ ヨハナンの説もである。(2日目に)水は既に存在していたが、2日目に「水の上におのが高殿のうつばりをおき」が起き、この時に神はまた「雲をそのチャリオットとし、風をおのれの使者とし」たのだ。だが、その御使いらは、第5日目になるまで創られていなかったのである。


22. 全てのラビらは第1日目には何も創られなかった事には同意した。そのため、ミカエルは南で天から引き出し、ガブリエルは北で引きだし、神は中央でそれらの万物を配置したと言うべきではない。
 (イザヤ書 第44章24節で)「私は主である。私は万物を造り、ただ私だけが天をのべ、地をひらいた」と書かれているからだ。この節を「私から(マイ イティ)」と読むとしても、これはまた「私と共にあるのは誰か?(メ イティ)」とも読める。
 私(神)は、世界の万物が喜ぶように、この樹を植えた者である。そしてこの中に、私は万物を散らした。
 私はこの樹を全てと呼ぶ。なぜなら、万物はこの樹に拠り、万物はここから流出し、万物はこれを必要とするからである。この樹をこれらは見て、この樹のためにこれらは待ち、この樹から魂らは喜びつつ飛ぶ。
 私がこれを創った時は単独だった。いずれの天使もこの上へと起き上がり、「私は汝の前にあった」とは言わせない。
 また私が我が地を広げた時も単独だった。この地の上に私はこの樹を植え、根を生やしたのだ。私はこれらが共に喜ぶようにし、私はこれらと喜んだ。
 「誰が私と共にあったか?」 誰に私はこの神秘を明かしたか?


23. ラビ ラフマイは述べた。あなたの言葉から、我々はこの世界は天の前に創られたと結論づけられよう。
 ラビ*1はその通り、と答えた。
 これに何が似ているか? ある王が自らの庭園に樹を植えたいと望むとする。王は樹を養う泉を探すべく、庭園中を探したが、何も見つけられずにいた。そこで王は述べた。「余は水を探して土を掘り、樹を養う泉をもたらそう」 王は土を掘り、水が流れる井戸を開いた。それから王は近くに樹を植えて、この樹は育ち、果実を与えた。この樹はしっかりと根付き、井戸から常に水を与えられた。


24. ラビ ヤナイは述べた。地が最初に創られた。(創世記 第2章4節で)「主なる神が地と天とを造られた時」と書かれているようにである。
 人々はラビに言った。(創世記 第1章1節で)「はじめに神は天と地とを創造された」と書かれてなかったか?
 ラビは答えた。これは何に似ているか? ある王が美しいものを買った。だがそれは完成したものでは無かったので、まだ名前を与えなかった。王は述べた。「余がこれを完成させたら、台座を用意して、それに備え付け、それから名前を与えるとしよう」
 そのため(詩篇 第102篇25節で)「あなたはいにしえ、地の基をすえられました」とあり、次の文では「天もまたあなたの御手のわざです」と書かれている。
 さらに、(詩篇 第104篇2-3節でも)「(神は)光を衣のようにまとい、天を幕のように張り、水の上におのが高殿のうつばりをおき」と書かれている。それから、(同 4節で)「風をおのれの使者とし、火と炎をおのれのしもべとされる」と書かれている。最後に(同 5節で)「あなたは地をその基の上にすえて、永久に動くことの無いようにされた」と書かれている。
 神がその基を創られた際に、それを強められた。そのため、「永久に動くことの無いようにされた」。
 その名前は何か? 永久(ヴォエド)がその名前である。そして、その基は「世界」(オラム)である。そのため、「世界は永久に動くことの無い」と書かれている。


25. ラビ ベラヒアーは述べた。
 (創世記 第1章3節で)「神は「光あれ」と言われた。すると光があった」、この節の意味は何か? なぜこの節では、「すると光も起きた」とは言わないのか?
 これは何に似ているか? ある王が美しいものを持っていたとする。王は置く場所を見つけるまでは、これを保つ事にした。それから(置く場所が見つかってから)、それを置いた。
 それゆえ、「神は「光あれ」と言われた。すると光があった」と書かれている。これは、光が既に存在していたのを示している。


26. ラビ アモライは述べた。
 (出エジプト記 第15章3節の)「主はいくさびと」のこの節の意味合いは何か?
 マル ラフマイはラビに述べた。大師よ、こうも単純な事を尋ねるべきではない。我が言葉を聞くのだ。私は助言をしよう。
 何にこれは似ているか? ある王が幾つかの美しい住居を持っていたとする。そして王はそれぞれに名前を付けていた。ある住居は他よりも良いものだった。王は述べた。「余は息子に、このא(アレフ)と名付けた住居を与えるとしよう。この י(ヨド)と名付けた住居も、ש(シン)と名付けた住居も良いものだ」 では王はどうしたのか? 王はこれら3つの住居を共に集めて、単独の名前、単独の住居を創ったのだ。
 ラビは述べた。どれだけ長く、その意味合いを隠し続けるのか?
 ラフマイが答えた。我が息子よ、アレフの文字は頭である。ヨドの文字はそれに次ぐものであり、シンの文字は世界全てを表している。なぜシンの文字が世界全てを含むのか? なぜなら、この中に、答えが書かれている(トシュヴァー)からだ。


27. 弟子らがラビに尋ねた。ד(ダレト)の文字の意味合いは何か?
 ラビは答えた。何に似ているか? ある場所に10人の王らがいたとする。彼ら全ては富貴だったが、ある1人の王は、充分に豊かではあったものの、他ほどには豊かでは無かった。この王は他と比べたら貧しかった(ダル)。


28. 彼らはラビに言った。では、ה(ヘー)の文字の意味合いは何か?
 ラビは怒りをいだいて述べた。後の文字を尋ねてから先の文字を尋ねるべきではないと教えなかったか?
 彼らは答えた。ですが、ה(ヘー)はד(ダレト)の後です。
 ラビは答えた。アルファベットの順序は、ギメルの次がヘーであるべきだ。なぜ、ギメルの次がダレトなのか? なぜなら、ダレトの次がヘーであるべきだからだ。
 (彼らは尋ねた。)では、なぜギメル ダレトの順なのか?
 ラビは彼らに答えた。ギメルはダレトの場所に置かれているが、その頭はヘーの場所にある。ダレトとその末尾は、ヘーの場所にあるからだ。


29. ו(ヴァウ)の文字の意味合いは何か?
 ラビは答えた。世には上位のヘーと下位のヘーがある。


30. 彼らはラビに行った。では、ヴァウは何か?
 世界は6つの方角により封ざれている。
 彼らは言った。ヴァウは単独の文字ではないのか?
 ラビは答えた。それについては(詩篇 第104篇2節に)「(神は)光を衣のようにまとい、天を幕のように張り」と書かれている*2


31. ラビ アモライは尋ねた。エデンの園は何処にあるのか?
 ラビは答えた。地上にある。


32. ラビ イシュマエルはラビ アキバに説明した。
 (創世記 第1章1節の)「はじめに神は(et)天と(et)地とを創造された」の意味合いは何か? なぜ、ここで(et)の文字が天と地の言葉に加えられているのか?
 もし、この「et」*3が無ければ、我々は「天と地」を神々と考えた事だろう。なぜなら、「はじめに神は天と地とを創造された」で、3つ全ての名詞が、文の主語として読んだだろうからだ。
 ラビは答えた。神の恵みよ! 汝は真の意味合いに到達しているが、まだ整理されていない。そのため、こう述べるべきである。天では、このetは太陽、月、諸惑星と星座らを含むが、地の場合には、樹、草、エデンの園が加えられる。


33. 人々はラビに言った。(エレミヤの哀歌 第2章1節で)「主はイスラエルの栄光(美)を天から地に投げ落し」と書かれている。ここでは、美は落とされているのを見る。
 ラビは答えた。汝がちゃんと読むならば、そうは解釈せずに、汝がそう解釈するならば、3分の1も読んでいまい。これは何に似ているか? ある王が美しい王冠を頭に載せており、その肩には美しい外套を着けていた。王が悪しき知らせを聞いた時、王冠を頭から、肩からは外套を投げ捨てたのだ。


34. 人々はラビに尋ねた。ח(ヘット)の文字はなぜ開いているのか? そして、その母音点は小さなパタクであるのか?
 ラビは述べた。なぜなら、全ての方向は北を除いて閉ざされており、この北は善と悪のために開かれているからだ。
 人々は言った。北には善のため何が言えるのか? (エゼキエル書 第1章4節で)「見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きがあり、たえず火を吹き出していた」とあり、この火は(神の)激しい怒り以外の何物でもないのは、(レビ記 第10章2節で)「主の前から火が出て彼らを焼き滅ぼし、彼らは主の前に死んだ」と書かれているとおりである。
 ラビは述べた。これを理解するのは困難ではない。イスラエルが神の意志をなしていた時と、なしていない時について述べよう。イスラエルが神の意志をなしていない時には、火はやってくる(彼らを滅ぼし、懲罰する)。だが、神の意志をなしていたならば、慈悲の属性が取り囲むようになる。それは、(ミカ書 第7章18節に)「神は不義をゆるし、とがを見過ごされる」と書かれているようにである。


35. これは何に似ているか? ある王がその奴隷を懲罰し、鞭打とうと望んだとする。その家臣の一人が立ちあがり、この懲罰の理由について尋ねた。そして王が奴隷の罪について述べると、家臣は述べた。「陛下の奴隷はそのような事は決してなさいますまい。陛下がより詳しく調べるまで、私はこの奴隷の身元保証人となりましょう」その間、王の怒りは静まった。


36. その弟子らが尋ねた。ד(ダレト)の文字の片方の面が厚いのはなぜか?
 ラビは答えた。なぜなら、母音記号の小さなパタクの中にあるセゴル∵からである。
 それは(詩篇 第24篇7節に)「(世界の)門よ、こうべをあげよ」と書かれている。ここではパタクが上に、セゴルが下に置かれている。これが、この文字が厚い理由である。


37. このパタクとは何か? これは開くもの(ペタク)である。
 この開くとは何を意味するのか? これは世界全てへと開かれた北の方角である。善と悪が現れてくる門である。
 (すると弟子らは尋ねた)では善とは何か?
 ラビは弟子らを嘲り述べた。私は汝らに、それは小さなパタク(開く)と述べなかったか?
 弟子らをは言った。我々は忘れていました。再び教えたまえ。
 ラビは思い起こさせて述べた。これは何に似ているか? ある王が玉座を持っていた。時には、この王は腕を触れさせたり、時には頭を触れさせたりしていた。
 弟子らは何故かと尋ねると、ラビは答えた。なぜなら、それは美しい玉座で、座るのがもったいないからだ。
 弟子らは尋ねた。どこに、この王はその頭を置いたのか?
 ラビは答えた。מ(メム)の文字の開いた部分である。そのため(詩篇 第85篇11節に)「まことは地からはえ、義は天から見おろす」と書かれている。


38. ラビ アモライは座ると述べた。
 (詩篇 第87篇2節の)「主はヤコブの全ての住まいに勝って、シオンの諸々の門を愛される」の節の意味合いは何か?
 「シオンの諸々の門」は、「世界へと開かれたもの」である。
 この門は、開くもの以外の何物でもない。それゆえ、「慈悲の諸門を開く」と言えよう。
 神は「シオンの諸門」が開かれた時を愛すると述べた。何故か? なぜなら、これらは悪の面にあるが、イスラエルが神の御前で善行をなし、価値あるならば、彼らのために善が開かれるからだ。その時に神はこれらを「ヤコブの全ての住まいに勝って」愛される。
 「ヤコブの住い」は、全て平和であり、それは(創世記 第25章27節に)「ヤコブは穏やかな人で、天幕に住んでいた」と書かれているようにである。


39. これはあたかも、2人の人がいて、片方は悪をなす気がありつつも善を行うが、もう片方は善をなす気がありつつも悪をなすようなものである。
 どちらがより称えられるべきか? 勿論、悪をなす気がありつつも善を行う側である。この者は再び善をなすだろうからだ。
 それゆえ、(詩篇 第87篇2節で)「主はヤコブの全ての住まいに勝って、シオンの諸々の門を愛される」と書かれている。これらの住まいは全て平和であり、それは(創世記 第25章27節に)「ヤコブは穏やかな人で、天幕に住んでいた」と書かれているようにである。


40. その弟子らが尋ねた。ホレム(Cholem)とは何か?
 ラビは答えた。それは魂であり、その名前はホレムである。
 汝らがそれを聞くならば、汝の体は未来で活発(ハラム)になるだろう。だが、汝がこれに反するならば、汝の頭に病い(ホレフ)があり、病(ホリム)があるだろう。


41. ラビはまた言った。あらゆる夢(ハロム)は、このホレムの中で起きる。
 あらゆる白い石も、ホレムの中にある。それゆえ、(大祭司の胸甲の宝石について、出エジプト記 第28章19節で)「第三列は黄水晶(原書では白い石、aChLaMah)、めのう、紫水晶」と書かれている。


42. ラビは弟子らに述べた。モーセのトーラーで見い出せる母音点についての要点を聞くのだ。
 ラビは座ると述べた。ヒレクは悪しき行いをする者を憎み、懲罰する。その側面には、嫉妬、憎しみ、争いが含まれる。
 よって、(詩篇 第37篇12節に)「(悪しき者は)これにむかって歯がみ(ホレク)する」と書かれている。だが、ここではホレク(歯がみ)とは読まずに、ロヘク(撥ね退ける)と読むべきである。
 これらの悪しき属性を自ら撥ね退け、自らを悪から撥ね退けるならば、確実に善は汝に結び付くであろう。


43. ヒレク(Chirek)は、ChiRikではなく、KeRaCh(氷)と読むのだ。ヒレクが触れたものは常に氷となる。それゆえ(出エジプト記 第34章7節で)「洗う」と書かれている。


44. ヒレクが燃える事を内に含んでいるのは何を示すのか?
 これは、この炎は全ての火を燃やすからである。それについて(列王記上 第18章38節で)「そのとき主の火が下って全焼の生贄と、たきぎと、石と、塵とを焼きつくし、また溝の水をなめつくした」と書かれている。


バヒールの書 3
↑ バヒールの書


*1 おそらく22節を述べていた、ラビ レヴァタスであろう。
*2 先の節とこの節は全く意味が不明である。なお、6つの方角により世界が閉ざされているのは、セフェル イェツィラーの説から来ている。
*3 ヘブライ聖書での、翻訳されない前置詞で、他動詞を述部の名詞へと変える。