真のカバラの鍵 3-12

ページ名:真のカバラの鍵 3-12

ステップ 12 小宇宙と大宇宙の絶対的支配者としてのカバリスト


 先のステップで、完全なカバリストへの開発と訓練については、いわば完了している。この本書の第12にして最後のステップでは、私はこの体系全体の構造についての幾らか回想をし、コース全体での概要を与えたいと思う。


 何よりもカバリストは、特定の期間、3つ全ての感覚の集中のある程度の高い段階に到達するために、我が第1の著書「Initiation into Hermetics」で勧めた3つの感覚の集中の前行が非常に不可欠であり、それにより、文字をカバラ的に発音する、つまり創造的に働かせられるようになる。


 それからカバリストは、特定の振動を自らの中に持つだけではなく、様々な界へと呼ぶために、自らのメンタル体、アストラル体、肉体に、単独の文字により充満させる方法を順に教えられた。さらに、文字に動力――カバラの作業に不可欠な拡張力――を与えるために、何度も繰り返し実践する事を教えられた。同様にカバリストは、演繹的、帰納的に働いたり、濃縮したり解放したり、メンタル マトリックス――アストラル界や肉体――物理世界にも影響をもたらす能力も得た。そうするために、メンタル体、アストラル体、肉体の拡張の量的な能力だけではなく、個々の諸力――量的な――に対応した質的な能力も得た。これらを学ぶまでは、カバリストが唱える文字は魔術とはならず、つまり動的で、よって創造的に効果的とはならない。


 これによりカバリストは、エレメンツに属する領域を活性化させ、普遍的な諸力と類似する諸力を強めて、それらが共同するようにした。カバリストの小宇宙、ミニチュアの世界は、大宇宙と完全に調和するようにされ、ヘルメースのエメラルド板が述べた「上にあるものは下にあるが如し」に従った適法性を、カバリストは完全に理解できるようになった。


 メンタル、アストラル、物理世界に効果をもたらす能力に到達すると、カバリストは三界全ての絶対的な支配者となった。創造主のように言葉により万物を造れるカバリストには、不可能は無くなるからである。これにより、カバリストは言葉により、自らのミニチュアの世界、小宇宙にあらゆる効果をもたらせ、必要であり、神の摂理が許したり命じたりするならば、同様に大宇宙にももたらせるのである。


 さらにカバリストは、ボルトを創り出し、小宇宙と大宇宙の全ての適法性と同等の類似について知り、それらを支配する事を学んできた。その能力と諸力は膨大に増大し、私はそれらを単に言葉では述べられない。その責任も増大する理由がある。術式をアカシャ原理へと転移できるようになると、カバリストの因果はもはや宿命には属せず、至高の神の摂理のみに拠るからである。この段階の成熟に到達した、正当なカバリストと真の魔術師――魔術とカバラは共にあるからである――は、単に他の物理的な望みを満たしたり、自らの実践経験から個人的利益を得ようとはしなくなるだろう。その深遠な望みは、人類に仕える事であり、沈黙と謙虚さに包まれ、自らの成熟を世間に示そうとは決してしないだろう。


 カバリストは、神の秩序の諸法則を犯す状況を起こしたりはしなくなる。実際には何でも行えるが、カバリストは神の僕で高次の秘儀参入者なので、常に神の摂理が命ずるように行うだろう。通常、ここまで到達したカバリストは、人類への高次の任務を任せられたり、自らの意識をより深く、いわゆる諸圏のカバラへと理解する許可が与えられる。これは他の界で普遍的な術式を用いる事で行われる。よって、このカバリストが神の摂理の意志に常に従っていたならば、4つ以上の鍵を用いる事が出来るようになり、知恵の書――タロットカード――の更なるページへと、理論面のみならず実践面でも、秘儀参入されるであろう。


 宇宙全体にカバラの効果をもたらせる諸圏のカバリストは、通常の死すべき定めの者、未熟な人々には理解も考えも及ばない。この段階に到達すると、カバリストは個人的なガイダンスも、教授、明細、鍵の書も必要としなくなる。そのような秘儀参入者は既に真の達人であり、本も死すべき定めの者も、何も語れない。もはや自らのエゴ意識を神の摂理へと解体するのは、この者自身に委ねられる。このカバリストは至高の完成へと到達し、神の摂理とその全ての様相へと向かうだろうからだ。


 だが、そのような完成の状態に到達する前には、知恵の書のさらなるページも、実践的に行われる必要がある。私はこれらについて明かし、体系的な作業の技法を与える許可は与えられていない。人類はまだ、このような神の摂理の深遠な諸神秘を、知性で掴み、知的に理解できるほどには成熟していないからだ。特定の諸法則は、単に知性によっては理解できず、知恵の観点からの個人的普遍的意識によってのみ受け取れるからである。


 だが、知恵の書のさらに少なくとも2つのページを、最も才能のある者らが進む助けとなるために、明かすのを神の摂理により許されるならば、とても喜ばしいだろう。だがそれらをなすか否かは、神の摂理の決断のみに委ねられているのである。


真のカバラの鍵 結論
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