真のカバラの鍵 1-10

ページ名:真のカバラの鍵 1-10

カバラ神秘主義の理論


 私は東洋のヨーガ、タントラ、その他の霊的な分野の経典は不十分であると既に何度か述べ、これらの東洋の言語の書を西洋の言語に翻訳したほとんど全ての訳者らが、これらにある内容は象徴的に理解すべきなのを知らずにいるという事を強調している。真のヘルメース学者は、これらは知的言語ではなく象徴言語で述べるべきなのを容易に見い出すであろう。そして、東洋の書を文字通りに翻訳しようとはせず、これらの教え、特にヘルメース学の真の意味合いを理解し、実践的に用いれるであろう。そのため、カバラ、神秘主義などについて書かれた多くの書は、部分的にか全面的に誤解しており、そう伝えている。ヘルメース学については多くの書が書かれており、その多くの東洋を起源としているが、ある訳者が別の解釈をしたり、時には大きく変えたりしているのを見ると、真の諸法と真の学が歴史が進むとともにオカルトとなったり、ほとんど完全に失われているのも容易に理解できる。


 自然と多くの神秘主義の結社が歴史の中で設立され、全てが真の学へと伝授されたと主張している。だが真の魔術師はどの結社――どのような名前を持っているにせよ――とも誓約などをしたりして縛られたりはしないだろう。魔術師は自らの権威への批評も強制もされずに自らの霊的な道を進むため、この世界のどの足枷からも自由に留まるであろう。全ての正当な秘儀参入のサークルでは、師は弟子の教師にして友であり、自らの弟子の霊的な道に、自らの権威により影響を与えようとはせず、自らの上位性を認めるように強制したりはしない。探究者に誓約やその他の服従の誓いにより、ある種の強制がなされる場合、真の学が教えられているとは、ほとんど認められないだろう。これらについては、さらに多くの事が語れようが、この例により、我々の世界に存在する数えきれない神秘結社が、常に純粋で最も完成された知識を得る場所とは限らず、学徒は秘儀参入への自らの道を歩むべく努めるべきだと読者が気付くのには充分であろう。多くの結社はまず最初に、通常は経済的な目的のために設立され、それらのメンバーは遅かれ早かれ悲しい経験をし、正当な知識には到達出来ないであろう。


 カバリストは何よりも先に、言葉の実践的な使用、つまり文字の使用に興味があり、やがては普遍的な言語の理解へと導く。カバラ神秘主義の起源は古の時代の極東にあった。人類の起源の時代より、秘儀参入者らは口伝により、カバラ神秘主義をある民族から別の民族へと伝えていった。最近、J.B. カーニング(Kerning)が広めている文字の神秘主義が多くの人の興味を惹いている。この神秘主義の概念もまた、東洋を起源としている。カーニングは宗教的な観点により、聖書のキリストが弟子の足を洗った故事を引用し、それらをスペリングにより象徴的に解釈している。


 カーニングの体系を批評するのが我が意図ではない。誰もが自らの個人的な確信に従って行動すべきで、より良い体系が見つからないならば、自らが選んだ体系に留まるべきだ。だが正当なヘルメース学者は、文字の神秘主義とイエスが弟子の足を洗う故事を混ぜ合わせたりはしないだろう。ヘルメース学の観点からは、これらは大きな違いがあるからである。これは、個々は自らの個人的な開発を最底辺の圏や界、つまり地球から始めなくてはならないのを示している。


 この文明世界では、文字の神秘主義についてはごく僅かしか書かれておらず、誰もその正しい使用法については明白には知らない。カーニングの教えでは、足に特定の文字をイメージするのを勧めているが、ヘルメース学の観点からは勧められない。ヘルメース学者にはその理由が一目瞭然だからである。足に文字を集中する事での意識の変換には特別な訓練が必要であり、足であろうとも体の他の部分であろうとも、意識の変換は、不自然な血管の充血をもたらすであろうからだ。これは文字であろうとも、単独や複数の言葉にせよ、神の御名であろうとも、何の関係も無い。意識を足へと変換させ集中する事で、熱が作り出させるが、それは神秘家らから神秘主義の火だと誤って見做されてきた。この意識の転換は、心理的、生理的な反応であり、それらは神秘体験、魂と霊の特別な状態だと誤って見做されてきた。


 良き性質、強い倫理性を持ち、高い理想を求める者は、カーニングの教えによる実践をする事で、自らの心の均衡を失ったり、心理的な不調和を知覚したりする事は無いだろうが、強い性質や良い健康を持たず、抵抗力が少ない者には、肉体、魂、霊に大きな損傷を被るであろう。


 カーニングの文字の神秘主義を実践的、ヘルメース学的に用いたいと望む学徒は、まず最初に何らかの危険も無く行うために、完全な肉体、サイキック、精神の均衡を持つ必要があり、また長く深い集中の実践により、自らの意志、知性、フィーリングを訓練し強め、それにより火、風、水の3つのエレメンツを完全に支配すべきである。自らの肉体、魂、霊の3つのエレメンツのバランスを取り、ある程度の個人的な安定を得た者は、このような不十分な体系に満足したりはしないだろう。これらの美徳を身に着けた者は、既に完成への道へと進んでおり、自らの直観により適法の道を見い出すであろう。


 片寄った神秘体験(文字により実践による)のアンバランスの危険は、狂信者にはさらに大きなものとなる。これらの文字の神秘主義の実践をして、意識の片寄った変換のために、遅かれ早かれ精神障害になった多くの人々と私は出会ってきた。私は魔力によりこれらの人々の均衡を回復させ、その健康へのさらなる危険から救ってきた。これらの足への文字の神秘主義により実践は、人格性の分裂、統合失調症、全てのそれらの危険な結果を引き起こす。真の探究者は、成功のために必要な前提条件を満たすまでは、文字の神秘主義を行おうとはしないだろう。


 これは東洋の起源の書が不正確に解釈され、知的言語に文字通りに翻訳された場合、どれだけ酷い事になるかを明白に示している。


 本書の後に示す、真の文字のカバラの神秘主義は非常に古くからあり、普遍的な法則の類似によるものである。この普遍的なカバラの神秘主義は、単なる意識の転換の実践とは大きく違っており、あなたが単独の文字やマントラを用いるならば全て同じである。実践的に作業するならば、普遍的な諸法則や、それらの霊、魂、肉体への類似について考慮しなくてはならない。真のカバラの神秘主義では、カバリストは意識のみによって作業するのではなく、文字を実践的に用いる方法も学び、後には自らの霊の4つの性質、つまり意志、知性、フィーリング、意識(想像力)と結び付く言葉の構成、つまり術式についても学ぶ。これは正当なカバラの構成、真のカバラの神秘主義と関連しており、まずカバリストは霊のこれらの4つの性質を分離させておき、後には文字へと、実質的には自らの内外の霊、魂、肉体の諸圏へと、それらの力と類似を投射し、今や霊の4つの全ての本質的な性質を用いる。


 本書の実践篇では、未来のカバリストはこの神秘主義の詳細について、その段階ごとに体系的に与えられるであろう。さらに、霊、魂、肉体での四極磁石の使用の詳細についてもである。


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