真のカバラの鍵 1-9

ページ名:真のカバラの鍵 1-9

魔術の術式


 本書では魔術の呪文についても以下の短い論文で扱う。私がこれをする理由は、まず第1に、カバラとの特有の関係があるからであり、第2に私はカバリストが魔術の術式とは真に何か、タントラやマントラや他の術式とはどう違うかを知るようにしたいと願っているからである。普遍的な諸法則を基にしたタントラの呪文もあるが、主にそれは物質世界での利己的な目的のために用いられている。このタントラの呪文は普遍的な諸法則に厳格に従って構成されており、それぞれの文字は原因と結果に関する適法の基盤を含んでいる。また妖術師も望んだ結果を得たいと望むならば、自らが四極的に信頼する術式を用いる必要がある。


 さらに、妖術師が特定の霊的存在により授けられた魔術の術式もあるが、それは真のタントラの術式とは何の関係も無い。そのような術式は普遍的な諸法則と類似する必要は無い。それらは霊的存在によって妖術師は得ているからである。通常、そのような魔術の術式が用いられると、その術式自身が望んだ効果をもたらすのではなく、関連する霊的存在とその僕の霊らが行うのである。私はこれらについては、我が第2の書「The Practive of Magical Evocation」でその詳細について書いている。


 別の種類の魔術の術式は、特定の目的のために数人によって儀式的に用いられ、不可視の世界でのバッテリーやボルトを充填するものである。この種の魔術の術式はまた、霊的な訓練をされていない人々でも用いる事ができる。だがこれを用いる人々は関連する力の圏に霊的に縛られてしまい、ほとんど逃れられなくなる問題がある。それゆえ、このような呪文の使用は危険であり、どのカバリストにも勧められない。


 さらに別の種類の魔術の術式もある。これは単独の言葉――適法性のあるものや、関連する概念に適切かどうかは問題ない――を何度も繰り返す事で、動的に効果的となり、望む結果をもたらす類のものである。このような動化は多くの時間と忍耐が必要であることは言うまでもない。


 またタントラの術式、すなわち適切な性質のある普遍的な魔術の術式や、個人や人々により作られた関連する魔術の術式もある。先に既に述べたように、魔術の術式は通常は個人的な目的のために用いられる。豊かさや力や、霊的存在への優位性を得るなどである。この魔術の術式は、それが霊的存在によるにせよ、ボルトにせよ、他の力にせよ関係なく、利己的な目的を行うべく他の計画で用いられる。


 高次の霊的な目的のための魔術の術式は存在しない。それらのためには、カバラやタントラで構成されたものがあるからであり、それらも魔術の術式と言えなくも無いが、それらには特有の普遍的な適法性が含まれており、そのため使用にはテトラグラマトンの鍵が自然と用いられることになる。


 グリモアに多く書かれている悪魔や否定的な存在の召喚の数えきれない術式は、真のカバラや純粋で真のタントラの学とは何の関係も無い。これらの魔術の術式は、もとは霊的存在から教えられたものか、儀式的にボルトの諸力により形成されたものである。真の魔術師やカバリストは、あらゆる種類の魔術の術式に身を捧げるのは、自らの威厳の下にあると見做すであろう。私がここで書いたのは、読者の情報のためと、タントラと魔術の術式の違いを、過ちを避けるために説明するためである。魔術の術式は妖術師、魔女などが出てくるおとぎ話に含まれており、真のヘルメース学にも少しだけ取り込まれている。おとぎ話はただのお話ではなく、多くのヘルメース学の密儀の象徴的な再構成物だからである。魔術やカバラを伝授され、象徴言語を理解する者には、おとぎ話は多くの密儀を明かす。なぜなら、この人物は全ての出来事を一般人とは大きく違った視点で見るからである。ヘルメース学者は子供時代に既におとぎ話に親しみ、大きくなってもそれらの内容をなおも好んでいるのに気づいても驚かないだろう。それらの行間にある高次で真の意味合いを理解しているからである。


真のカバラの鍵 1-10
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