真のカバラの鍵 1-3

ページ名:真のカバラの鍵 1-3

類似の法則


 類似の法則は、ヘルメース学を含めた全ての真の宗教体系で重要な意味合いがあり、そのため最も重要な役割を演じてきた。この宇宙では、万物は厳密な適法性の下で創造され、それは万物は別のものと精巧な時計のような驚くべき精度で組み合わされている理由である。ヘルメース学では、この適法性の実践的な応用の学を「カバラ」と呼んでいる。どのヘルメース学の体系や技法、宗教哲学や体系であろうとも、この普遍的な法則を含んでなかったり部分的なものならば、それは一面的であり、それゆえ不完全である。この法の一面のみを受け入れて、残りの全てを無視したり、それどころか対立している宗教体系は、限られた期間しか存在できない。もっともそれらの崩壊が来るには数百年、数千年はかかるだろうが。絶対的に普遍的な諸法則を受け入れている宗教体系のみが永遠に耐えられ、存続できるであろう。


 絶対的なハーモニー、秩序、周期性などの全ての源の概念は、この普遍的な諸法則の絶対的な適法性を反映したものである。


 注意深い読者は、既に我が最初の書、Initiation into Hermeticsで、完成の道の最初のステップの伝授として、普遍的な諸法則を基盤とした肉体、魂、霊の開発の体系を示したことを見逃さないであろう。この絶対的な法則から導かれたならば、真の秘儀参入は一部の宗派の特権でもなく、どの宗教信念に拠るものでも無い。この本質的な真理、つまり普遍的な諸法則、三界全てでの魔術の均衡の必要性を理解するのは、特別な注意が必要でもない。三界全てで普遍的な諸法則に厳密に従い、明快に理解し、完全に熟達した者らは、自らの小宇宙を支配するだけではなく、この宇宙の支配者でもある。実践的な秘儀参入は、この目的、特にカバラの知識へと導くであろう。


 本書の実践篇では、私は普遍的な諸法則に厳密に従ったカバラの実践体系を公にした。カバラの実践体系は何千年も存在しており、既に古の時代から口承で伝えられており、後には預言者の学院や様々な民族の秘儀参入の神殿へと伝わった。類似の法則を知る事で、秘儀参入者はあらゆる学で類似の法則を関連づけ、常に正しく理解するであろう。例えば、あるヘルメース学に熟達した医師がいたとして、自らの知識を普遍的な諸法則に当てはめる事で、患者の不調和(つまり病)とその原因を発見できるだけではなく、病巣を取り除くための薬も類似の鍵により処方できるであろう。この特別な可能性を心に持ち、これらは秘儀参入者に可能となり、それは自らにのみならず、この病に苦しむ今の人類のためにも活動できるであろう。この同じ類似の鍵は、他の全ての分野でも使え、個人や人類に同様によく仕えるであろう。


 人々がよく用いる「混沌」という表現は、無知の言葉でしかない。現実には、神、想像できる至高の創造主は、その諸原理に従って全てを正確に、適法的に定めており、その適法性と全ての様相で、我々は神を速やかに認識できるのである。普遍的な原則として、神は至高の存在であり、理解も想像も可能ではない。その世界の創造、つまりその働きを通じてのみ、我々は類似により少なくとも、神の偉大さと流出の幾らかの概念を結論できるのである。


 ヘブライのラビらは、形成の書(セフェル イェツィラー)で、カバラ、つまり創造の適法性について説明しようとした。セフェル イェツィラーはヘブライを起源とするが、他の民族も創造の普遍的な諸法則を記せないという訳では無い。セフェル イェツィラーにあるような創造の歴史の記述は、バカヴァド ギータでも我々は見い出せる。また他の文書、言い伝えの口承、歴史的な建物、記念碑などでも、創造の普遍的な諸法則の記述や視覚的な証拠を残している。例えばエジプトでは、三重に偉大なヘルメースは創造の歴史や普遍的な諸法則を既に知っており、ヘルメースのエメラルド板で「上にあるものは下にあるが如し」のモットーで記している。ヘルメースはミニチュアの世界である人は、大宇宙の類似として造られている事の明白な証言を与えている。普遍的な諸法則の類似については数えきれない例があるが、これらの僅かなヒントで充分であろう。


 その類似のほとんどは、本書の実践篇で扱っている。これらの技法の中でカバリストは、普遍的な諸法則に従って、小宇宙と大宇宙の正当な言語の完全な命令を得る方法と、その実践的な応用を学ぶ方法の正確な情報を与えられよう。人間の体では、この類似は明白に見え、これらは数と同一視される。


 人は正確に10本の手の指と10本の足の指を持ち、6本や3本でない事も、私が本書の後に詳細を語る予定の類似を表している。読者が例えばセフェル イェツィラーで見い出せるであろう他の全ての類似も、同じく事実であり、カバラで必要な実践的な類似はいずれも無視されず、考慮されるであろう。本書の実践篇では私はこれらを秘教の観点から完全に述べて、メンタル、アストラル、物理世界に関する個々の文字についてや、その音だけではなく、数や概念も含めて述べるつもりである。


 カバラの熟達者は違った種類の数学を得ており、諸概念を数により表現し、また逆に数を諸概念に転換できる。さらにそれを数へと戻して、数の中に文字を包む事もできる。それにより、カバリストは自己や神について知る事ができる。カバリストは諸法の完全性を理解し、善悪を文字通りに取るのは、ただの宗教的な表現であり、現実には両方の原理、肯定性と否定性は必要であるのを悟るであろう。片方が無ければ、もう片方も存在できないからである。カバリストは常に善へと向かう傾向があるが、否定性を見下す事はなく、それも熟達するのを学ぶ。創造主に造られた万物に無用なものは無いからである。


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