ゾーハル 小聖会の書 3

ページ名:ゾーハル 小聖会の書 3

第3章 最も聖なる老いたる者の額について


87. 最も聖なる老いたる者の露にされた額は、恵みと呼ばれる。


88. この上位の頭は至高の場所に隠されていて、誰も知らないが、そこから特有の外的な発現へと拡張され、それらは美しく恵み深く、この額に含まれる。


89. そして、この御方自身は全ての恵みの中の恵みであり、この最も激しい光に包まれた額の構造をとったからである(別版では、葉の形で形成を取った)。


90. そして、これは恵みの中の恵みに取り囲まれ、全ての世界では、それらはより少なく見い出せる。


91. そして、低位者らの全ての祈りは受け入れられ、小さな顔は照らされ、万物は慈悲の中に存在するのを見い出せる。


92. それゆえ(これらを通じて)全ての裁きは隠され、服従する。安息日、午後の祈りの後には、全ての裁きは刺激され、額は露わとされる。


93. そして全ての裁きは横に逸れ、慈悲が見い出せる。


94. それゆえ、安息日には上にあるものも下にあるものも、裁きは見い出せない。またゲヘナ(地獄)の炎はその場所に抑えられ、罪びとらは休息にある*1


95. それゆえ、喜びのנשמת(NShMTh、ネシャマト、霊)は、安息日に加えられる。


96. そして、人はこの方を喜ばせるために、安息日の3つの祝祭をする必要がある。全ての真理、真の信仰の全体系が、そこに(すなわち、安息日のうちに)見い出せるからである。


97. この御方のために、人はテーブルを準備し、真の信仰の3つの祝祭を食べ、喜ばせるべきである*2


98. ラビ シモンは言った。私自身について、ここにいる全ての者の前で誓うと、我が生涯全てで、これら3つの祝祭を省いた事はない。これらにより、私は安息日に断食を強いる事もしなかった。


99. さらに、他の日々にも私は(断食を)強いる事は無かったが、安息日には尚更であった。これら(祝祭)を正しく行う者は、完全な真理の達人だからだ。


100. 第1の祝祭は、太母のためである。第2の祝祭は聖王のために。第3の祝祭は、最も聖なる老いたる者、隠された中の隠された者のためである*3


101. そして、この世界で、誰が、これらを、これらの小路を完全に従えるのか?


102. このרצון(RTzVN、ラツゾン、恵み)が明かされたならば、全てのこれらの裁きは啓明され、それらの集中した厳格さから逸らされる。


103. この最も聖なる老いたる者の構造は、一つの形を通じて定められ、それは全ての形の理想的な集成である。


104. 同じく、隠された上位の知恵は、全ての残りの総合である。


105. そして、これはעדן(ODN、エデン)あるいは上位の楽園と呼ばれ、全ての隠されたものと共に隠されている。


106. これは最も聖なる老いたる者の脳であり、この脳はあらゆる面に拡張する。


107. それゆえ、これはエデン、別の楽園*4にも拡張しており、ここからエデンあるいは楽園は形成されている。


108. そして、老いたる者の頭の中に隠され、未知である、この頭が特定の額の形成へと拡張した時、輝きとともに形成され、その脳から稲妻から放たれる。


109. これは形成され、多くの光に照らされる。


110. そして、この光の中で(別版では、この入り口の中で)、この額の中で、(特有の効果が)生み出され、作り出される。それは特定の光により刻まれていて、רצון(RTzVN、ラツン、恵み)と呼ばれる。


111. また、この恵みは髭へと下に拡張して、髭の中に留まれる場所にまで進む。そしてこれは上位のחסד(ChSD、ヘセド、慈悲)と呼ばれる。


112. そして、この恵みが露にされた時、全ての裁きの主らはそれを見て、逸らされる。


ゾーハル 小聖会の書 4
↑ 明かされたカバラ


*1 このゲヘナは古代ヘブライでは地獄ではなく単に死者が休む冥府と考えられてきた。キリスト教の影響によって、中世には地獄とされたのである。これもまた、ゾーハルが中世の産物である証拠である。
*2 マサース注。多くの古代密儀では、祝祭は儀礼の部分であった。我々のエウカリスト(キリスト教の聖餐)もその一つである。Verbum sapientibus(賢者にはこの言葉で充分である)。
*3 マサース注。すなわち、セフィロトの最上位の3つ組、王冠、王、王妃の事である。さらにこれはオシリス、イシス、ホルスや、レムノスとサモトラケ島(の密儀の)アクシエロス、アクシオケルソス、アクシオケルサーなどにも同様に見い出せよう。
*4 マサース注。他の箇所で、上位のエデンと低位のエデンについて記してある。