ゾーハル 大聖会の書 30

ページ名:ゾーハル 大聖会の書 30

第30章 小さな顔の額について


588. この頭蓋骨の額は、監査者の中の監査者であり、罪びとをその行いを調べるために訪れる必要がある時を除いて、覆われたままにある。


589. また私が学んだ事によると、この額が露にされる時には、全ての裁きの主らが刺激され、世界全体に裁きがもたらされる。


590. イスラエル人の祈りが日の老いたる者の前へと上昇し、その民への慈悲が懇願されるならば、慈悲の中の慈悲の額*1が露にされて、小さな顔のこの(額)へと輝きが降りていき、裁きは静まる。


591. この額の上には、特有の髪の部分が降りており、それらは脳から拡張したもので、(理解の)50の門を生み出している。


592. この額が広がる時には、怒りとともに眉が輝く。これは世界の罪びとら――すなわち、その行いに恥を持たない者らの監査者である。


593. それについては、エレミヤ書 第3章3節に「しかもあなたには遊女の額があり、少しも恥じようとはしない」と書かれているようにである。


594. そして私が学んだ事によると、この額の部分には髪は無く、不法に堅固に留まる者らに対して、額は露にされる。


595. そして、聖なる方――その御名に祝福あれ!――が目覚めた時、義人に喜び、日の老いたる者の顔から、小さな顔へと輝きが流れ、その(広大な顔の)額は露にされ、(広大な顔の)額が照らされ、それは慈悲の霜と呼ばれる。


596. そして、裁きの脅威があり小さな顔の額が露にされるたびに、老いたる中の老いたる者の額は露にされて、裁きは静まり、行われない。


597. 私が学んだ事によると、この(小さな顔の)額は200,000の赤の中の赤へと拡張され、それらの中に含まれる。


598. そして、小さな顔の額が露にされると、これら(赤き者ら)全てに破壊が許可される。だが、慈悲の中の慈悲ある者の額が露にされると、(小さな顔の)額へとそれは輝き、これら全て(赤き者ら)は静まる。


599. また私が言い伝えから学んだ事によると、24の上位の裁く者らが見いだせ、それらはנצחים(NTzChIM、ネツァハイム、勝利者ら)と呼ばれる。だが、(נצחים(NTzChIM)の文字を単数形へと配置して)נצח(NTzCh、ネツァフ、勝利)にして、隣の文字ら*2(נצחים(NTzChIM)のמ(M)とנ(N))を置き換えると、(נצחין(NTzChIN)と、単数形の)מצח(MTzCh、メツァフ。すなわち)額(を得る)。


600. それゆえ(これらの言葉は)額と勝利(を意味し)、これは複数形の勝利者らである。そして、言い伝えにより与えられている事によると、勝利者の中の勝利者である。そして、これらは額の中にあるが、その特定の部分は、体の(特定の)知られている部分に拡張する。


601. これは外部の言い伝えであり、それについてサムエル記上 第15章29節に「またイスラエルの栄光(ネツァフ)は偽ることもなく、悔いることもない。彼は人ではないから悔いることはない」と書かれている。


602. 今私は、その構造における奥義について宣言した。勝利全てが体へと拡張すると、この世界は裁かれ、変えられ、悔い改められるが、この額が覆われている時には裁きは行われない。


603. 何故にか? なぜなら、この問題はアダムと呼ばれる場所にて留まっており、アダムは悔い改めるであろうからだ。


604. だが、この勝利が見られ、述べたばかりの頭の場所――すなわち額――が露にされると、悔い改めの時間も機会も与えられない。


605. 何故か? なぜなら、ここはアダムと呼ばれる場所ではないからだ。この顔と鼻は覆われており、額のみが露わにされるからである。


606. そして、この部分(すなわち額)に、顔全体は見出せず。これ(額)はアダムとは呼ばれず、そのため「彼は人ではないから悔いることはない」と書かれている(すなわち、彼、העאוא(HOAVA)のה(H、ヘー)はアダムではない)。また、これは(広大な顔の)体の他の部分でも、勝利(に対応する比例の部分)と見做されている。


ゾーハル 大聖会の書 31
↑ 明かされたカバラ


*1 マサース注。すなわち、広大な顔の額の事である。
*2 マサース注。すなわち、ヘブライ文字の順番のこれらの通常の場所の事である。