ゾーハル 大聖会の書 8

ページ名:ゾーハル 大聖会の書 8

第8章 広大な顔の額について


89. 広大な顔の頭蓋骨の額は、受け入れられる中の受け入れられるものであり、小さな顔の受け入れられるものとは対照している。これらについて、出エジプト記 第28章38節で「これは主の前にそれらの受けいれられるため、常にアロンの額になければならない」などと書かれているようにである。


90. そして、この額は רצון(RTzVN、ラツォン、意志力)と呼ばれる。なぜなら、これは頭全体と頭蓋骨の支配者であり、420の諸世界を覆っているからである。


91. そして、これが覆われない時、イスラエルの民の祈りは(天へと)上昇する。


92. (息子のラビ エレアザルが尋ねた)「覆われない時とはいつですか?」ラビ シモンは沈黙をした。ラビ エレアザルは再び「いつですか?」と尋ねた。するとラビ シモンは、ラビ エレアザルに「これが覆われない時だ」と言った。


93. そして言った。「サバトの日の夕の祈りが捧げられた時だ」


94. ラビ エレアザルは「何の理由でですか?」と尋ねると、ラビ シモンは答えた。「その時には、低位の裁きが、小さな顔を通じて脅威を与えるからだ。だが、この額は覆われなくなり、それは「受け入れられる」と呼ばれ、裁きの怒りが和らげられると、祈りは上昇するのだ。


95. これについては、詩篇 第69篇14節に「神(テトラグラマトン)よ、恵みの時に私は祈ります」と書かれている。


96. そして、日の老いたる者により受け入れられ、額が覆われなくなるのは、この時だと理解せよ。そして、これはサバトの夕方の祈りを捧げたからなのである」


97. ラビ シモンは息子のラビ エレアザルに言った。「汝、我が息子よ、日の老いたる者により祝福されよう! 汝はその額の受け入れられるための必要な時を見出したからだ。


98. これらの低位者らを来たりて見よ! 額が覆われなくなる時、堅固な厚顔さを見出すであろう。


99. これについては、エレミヤ書 第3章3節の「しかもあなたには遊女の額があり、少しも恥じようとはしない」と書かれているものと同じである。


100. だが、額が覆われなくなる時、好む傾向と受け入れもまた完全な形で見出せよう。そして、全ての怒りはその前に静まり、和らげられよう。


101. この額から、400の裁きの世界の住居は輝く。そして、この覆いが取られて受け入れられる時期には、万物は平和とともにあろう。


102. これは、ダニエル書 第7章10節での「審判を行う者はその席に着き」と書かれているものと同じである。これは、その場所で静まり、裁きは行われないのを意味する。


103. そして、こうも言い伝えられている。この額の部分には髪が見いだせない。なぜなら、額は開かれていて、覆われていないからである。


104. これが覆われているならば*1、いわば裁きの実行者らはこれを見て、静められて、(裁きは)行われない。


105. こうも言い伝えられている。この額は上位のエデンの270,000の輝きの光へと拡張されている。


106. こうも言い伝えられている。エデンの中に輝くエデンもある。この上位のエデンは、覆われていて、その中に隠されていて、これまで述べてきたような諸小路へと分配されていない。


107. 低位のエデンは、諸小路、(すなわち)32の方向の小路へと分配されている。


108. このエデンは、小路に分配されているものの、小さな顔以外の誰にもまだ知られていない。


109. だが、誰も上位のエデンも、その小路も、広大な顔自身を除いては知らない。


110. これについては、ヨブ記 第28章23節に「神はこれに至る道を悟っておられる、彼はそのある所を知っておられる」と書かれているようにである。


111. 「エロヒムはこれに至る道を悟っておられる」とは、小さな顔が知る低位のエデンの事である。「彼はそのある所を知っておられる」とは、万物の中でも最も深遠であり、日の老いたる者のみが知る上位のエデンの事である。


ゾーハル 大聖会の書 9
↑ 明かされたカバラ


*1 覆われていないならば、の誤字のように思える。