ゾーハル 大聖会の書 1

ページ名:ゾーハル 大聖会の書 1

האדרא רבא כדישא

(ハ=イドラ ラッバ カディシャ)

あるいは

大聖会の書


第1章 導入と序文


1. このように伝えられている――ラビ シモンは仲間らの前でこう語った。「詩篇 第119篇126節で「彼らはあなたの掟を破りました。今は主の御手の働かれる時です」と書かれている中で、我らは自らで1つの柱の状態にどれだけ長く留まれようか?*1


2. 日々は短く、貸し主は緊急に迫っている。使者は日々大声をあげて叫び、大地の収穫は乏しい。そして、ワイン畑に向かう者はその終わりには留まらず、適法の場所がどこであるかを知らない(すなわち、ワイン畑と呼ばれる場所では、聖なるものの学習はしない)。


3. 我が仲間らよ、槍と鎧を装備して、広い場所に集まるのだ。助言において、知恵において、理解において、智において、注意において、その手足を準備させるのだ! 汝らの上に立つ王を選び、生と死に及ぶ力を持たせよ。それにより、真理の言葉を受け取られよう。それらに上位の聖なる者らも参列し、これらを聞いて知り喜ぶであろう」


4. そしてラビ シモンは座ると泣き、言った。「災いなるかな! 私がこれを明かすならば! 災いなるかな! 私がこれを明かさないならば!」


5. そこにいたラビの仲間らは沈黙していた。


6. するとラビ アッバ*2が立ちあがると、ラビ シモンに言った。「主の恵みにより、詩篇 第25篇14節には「主(テトラグラマトン)の奥義は主を畏れる者のためにあり」と書かれている。そして、ここにいる仲間らは、聖なる祝福された方を畏れているのだ。そして今では、主の館である幕屋の聖集会へと彼らは入り、その中の一部は入ったままであり、一部は出発している」


7. さらに、ここでラビ シモンとともに数えられている仲間らは、その息子であるラビ エレアゼル、ラビ アッバ、ラビ イェフダ、ヤコブの子のラビ ヨシ、ラビ イツハク、ラヴの子のラビ ヒスキアー、ラビ ヒヤ、ラビ ヨシ、ラビ イサで構成されると言われる*3


8. 彼らはラビ シモンへと手を与え、その指を高く上げ、木々の下にある野原へと入ると、皆で座った。


9. ラビ シモンは立ちあがり、祈りをささげた。そしてラビは彼らの真ん中に座り、「皆、その手を我が胸へと置くのだ」と言った。彼らは自らの手をラビの胸へと起き、ラビはその手を取った。


10. そしてラビは(申命記 第27章15節を)言い始めた。「工人の手の作である刻んだ像、または鋳た像は、主が憎まれるものであるから、それを造って、ひそかに安置する者は呪われる。民は、みな答えてアーメンと言わなければならない」


11. ラビ シモンは言い始めた。「テトラグラマトンよ、その御手を置く時です」なぜ、テトラグラマトンがその御手を置く時なのか? なぜなら彼ら*4はその律法を歪めているからである。彼らが歪めているその律法とは何か? それは、高次の律法であり、神の命に従って行われないならば、それ自身が虚無となる。これは何故か?(あるいは他の版では、この御名テトラグラマトンは何ゆえに用いられるのか?) これは、日の老いたる者について述べられてきた事である*5


12. 申命記 第33章29節に「イスラエルよ、あなたは幸せである。だれがあなたのように、主に救われた民があるであろうか?」と書かれているからである。また出エジプト記 第15章11節にも「主(テトラグラマトン)よ、神々のうち、だれがあなたに比べられようか?」と書かれている*6


13. ラビは、息子のラビ エレアゼルを呼び、前に座るように命じた。そしてラビ アッバには反対側に同様に命じた。そして言った。「我らは万物の型である」(すなわち、セフィロトの3本の柱を我らは表している)「これにより、諸柱は確立した」


14. 彼らは沈黙を保った。やがて、彼らは声を聞いた。彼らは畏れからお互いの膝を折って倒れた。この声は何か? (天の)上で集められた高次の集会の声である(楽園より、神の臨在であるシェキナーと共に我が魂らが来て、彼らはそれを聞いたのである)。


15. ラビ シモンは喜び、言った。「おお、テトラグラマトンよ! その声を私は聞き、畏れる!(ハバクク書 第3章2節)」さらに言った。「それゆえ、畏れが従うのは正しい行いであった。だが、この問題はむしろ愛に拠るものだ。申命記 第6章5節で「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主(テトラグラマトン)を愛さなければならない」と、またマラキ書 第1章2節にも「私はあなたがたを愛した」と書かれているようにである」


16. ラビ シモンはさらに言った。「人のよしあしを(上へ下へと行き)言い歩く者は秘密をもらす。だが心の忠信な者は言葉を隠す」(箴言 第11章13節)


17. 「誰が言い歩く者か」これは、良き質問である。なぜなら、「上へ下へと行き」と述べてあり、ではなぜ、私は歩くのか? この者は既に上へ下へと行ったとされている。ではこの「歩く」という言葉は何か?」


18. その心が安定してなく、忠実でない者については、これは真実である。この者が聞いた言葉は、それが発されるまでは、水の上の藁のようにあちこちへと彷徨う。


19. 「何ゆえか?」 なぜなら、その者の精神は、堅固なものでは無いからだ。


20. だが心が堅固な者については、「だが、心の忠信な者は言葉を隠す」と書かれている。(この文の)「心が忠信」は、堅固な精神を示している。イザヤ書 第22章23節で「私は彼を堅い所に打った釘のようにする」と書かれているようにである。この問題は精神に拠るのである。


21. また、伝道の書 第5章6節にも「あなたの口が、あなたに罪を犯させないようにせよ」と書かれている。


22. 「世界は秘密を保たない限りは堅固では留まれないからである。そして、世俗の問題ですら、大きな秘密が必要ならば、秘中の秘の事柄にはそれ以上にどれだけ必要であろうか。さらに、日の老いたる者*7の黙想の中では、これらの事柄は、最も高次の天使らにすら明かされないのだ」


23. ラビ シモンはさらに言った。「私は汝らが聞いたのが天だとは言わず、地だとも宣言しない。確実に、我々は世界の諸柱(の象徴)だからだ」


24. ラビ シモンがその口を開き、この奥義の中の奥義を述べると、この場所全体は震え、その仲間らも震えたと言われる。


ゾーハル 大聖会の書 2
↑ 明かされたカバラ


*1 1つの柱とは中庸の柱の事であろう。主の裁きが近い中で、その状態を保ち続けるのは難しいとシモンは言いたいようである。
*2 父を意味する。史実では、ラビ シモンの秘書、一番弟子だったようである。
*3 この10人のラビは、10のセフィロトの象徴であると後に明かされる。彼らが集まって議論するので、大聖会の書と呼ばれる。なお、次の小聖会の書では、7人のみが集まっている。
*4 これは、堕落した当時の一般ユダヤ人を指しているようである。
*5 マサース注。これは広大な顔、第1の流出、王冠、ケテルの称号の1つである(序説を参照せよ)。
*6 マサース注。上記の聖書の文は、文献カバラの第2の部門であるノタリコンによる注記をする価値がある。それにより、最初の引用文の4つの言葉のそれぞれの最初の文字から、אימך(AIMK、アイマク「その畏れ」)を造り出す。さらに、文献カバラの第1の部門であるゲマトリアを用いたら、その値は71となる。同様の事を2番目の文でも行ったら、מכבי(MKBI、マカベー)の言葉が得られ、その値は72である。次に、72はシェム ハ=メフォラシュ、「神名」の数であり、マカベーはこの神名と常に関連づけられている。そして、最初の引用の71の数に、その隠された一致を表現するא(A、アレフ)の数を加えたら、我々は再び72を得る。さらに、各引用の文は4つの言葉により構成されているのは注記する価値がある。それにより、テトラグラマトンの4文字に対応しているのである。
*7 マサース注。広大な顔、第1セフィラの事である。