ゾーハル 隠された神秘の書 5

ページ名:ゾーハル 隠された神秘の書 5

第5章


1. イザヤ書 第1章4節に「ああ、罪深い国びと、不義を負う民、悪をなす者のすえ、堕落せる子らよ」などと書かれている(ここで、「隠された神秘の書」の著者は、HVI(ああ)という小さな言葉について考えている。この言葉はまた名前を形成する。そして、この言葉のみが、この文の他の部分とは分離されている)。


2.(テトラグラマトンが部分的に完全な文字として書かれるとしたら)7つの小路、IVD、HH、V、Hがある(ここでは、父と母の文字は完全な形で書かれており、小さな顔とその花嫁は隠された形で書かれている。そして、これら全てを合わせてから最初と最後、また2番目と最後の2番目の文字を組み合わせるならば)HIとVV(母と息子の文字を形成する)。それから(真ん中の3つの文字により)HHとD(が形成される。これらは重い裁きにある王妃の象徴である。だが、母と娘を組み合わせたならば)HVIとHH、(となる。そして)VV(あるいは小さな顔)とDV(両性具有者。これもまた裁きの状態にある)を生む。こうしてオカルト的にアダム、あるいは男女が示され、それらはDVであり、(上記の聖書の文で)「堕落せる子ら」と書かれている。


3. BRAShiTh BRA(ベラシト ベラ)「初めに創られた」(と、創世記の最初で述べられている。上位の小路は理解である。なぜなら)BRAShiTh(ベラシト)は(創世記の10の規則の1つを)述べるのを意味するが、BRA(ベラ)はその発言が半減されるのを意味する。(そして、これらは)父と子、隠されたものと現わされたもの(を意味する。また)


4. 上位のエデンも隠されている(すなわち、王冠について述べられていない)。低位のエデンは生まれており、(低位者らに向かって)移動し、(知恵を表している、その源の声を通じて)発現する。

(「王冠について述べられていない」とは、第1のセフィラ、ケテル、広大な顔の事である)


5. 御名(テトラグラマトン)IHVH(ヨド ヘー ヴァウ ヘー)には、IH(ヤー。父を表す。また)ALHIM(エロヒム。この聖書の文の次の部分にあり、母と関連する)が含まれているからである。


6. Ath(アト。この文の4番目の言葉であり、これもまた御名)ADNI(アドナイ、主を表す。つまり、王国の小路の事である。また、御名)AHIH(エヘイエ。これは王冠の小路であり、これ自身が2つの極端な小路を象徴する。それらは)右と左(すなわち、慈悲と峻厳を示し)これらは一つ(均衡)の下で統一する。

(Ath(アト)は「The」や「その真の実質」を意味し、カバラでは「始まりと終わり」を意味し、ヨハネの黙示録で用いられている「アルファとオメガ」に似ている。アルファとオメガがそれぞれギリシア文字の最初と最後であるように、アレフとタウもヘブライ文字で最初と最後なのである。また、この「2つの極端な小路」とは、王冠ケテルと王国マルクト、第1と第10のセフィロト、最高と最低、広大な顔と王妃の事である。読者が序説であったセフィロトを3本の柱に配置した図を見るならば、マルクトはいわばケテルのアンチテーゼであるのを見るであろう。それゆえ、「マルクトは別の意味でのケテルである」と言われる。そして、これはエメラルド タブレットのヘルメースの格言、「下にあるものは上にあるが如き、上にあるものは下にあるが如し」を思い起こさせる)


7. HShMIM(ハ=シャマイム。諸天。第5の言葉と)VATh(ヴァアト。その形質の。第6の言葉。これらは美と勝利の小路を表している)については、歴代誌上 第29章11節の「主よ、大いなることと、力と、栄光と、勝利と、美とはあなたのものです」と書かれているようにである。これらの小路は共に1つに加わる。

(「美と勝利」とは、第6と第7のセフィロト、ティフェレトとネツァフの事である)


8. HARTz(ハアレッツ。大地。創世記の第7の言葉で、王妃が栄光と基盤に共に加わるのを示している)については、詩篇 第8篇2節*1の「主、われらの主よ、あなたの名は地にあまねく、いかに尊いことでしょう(すなわち、美の小路)」と書かれているようにである。(これにより基盤を象徴する。そして地とは王国の事である。また)イザヤ書 第6章3節の「その栄光は全地に満つ」ともある(ここでも、この3つの小路が再び一致する)。


9. (創世記の次の6節には)「水の間に大空があり」、「聖なるものと至聖なるものを区別をすることができるため」*2とある(これは、広大な顔と小さな顔の違いである)。


10. 最も古き御方は、小さな顔へと(あるいは、王冠は美へと)拡張し、密接となり(それによって、小さな顔は増大を受け取る。もしも)完全に拡張していなかったら(小さな顔が自らにより存在せずに、母の胎内に留まっていたら)、その口は偉大な事を語り、その場所へと動き(その場所とは小さな顔のあるべき場所であり、そのため彼は完全に生まれる)、水の5つの部分の下での低位の王冠らをかぶる(すなわち、小さな顔は、5つの慈悲の流れを受け、それらは「王冠ら」と呼ばれる。なぜなら、これらは王冠、ケテル、広大な顔から降りてきたものだからである。だがこれは「低位の王冠ら」である。なぜなら、これらは小さな顔の小路の中の慈悲から起きたものだからある。また、これらは水の5つの部分と呼ばれるが、それは水は慈悲に属するからである。そして、この創世記 第1章5-6節の言葉MIM(メイム、水ら)は第5の場所を満たす)


11. これらについては、民数記 第19章17-18節の「汚れた者があった時には、(略)流れの水をこれに加え、(略)ふりかけなくてはならない」と書かれているようにである。これは(母へと向かう命であり)ALHIM CHIIM(エロヒム ヒイム。命のエロヒム、と呼ばれる小路であり)、宇宙の王である(すなわち、理解の事である。またこれらが属するのは、以下の句で述べられている)詩篇 第5篇9節の「私は生ける者の地で、主のみ前に歩みます」とある。また、サムエル記上(第25章)29節でも「わが君の命は、生きている者の束にたばねられて、あなたの神、主のもとに守られるでしょう」とある。また創世記 第2章9節にも「更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた」とある。(これら全ては、真に理解についてであり、これより6つの仲間らは上位からの流れを受け取るのである。また、これらは以下の御名を共にしている)IH(ヤー。また、完全に書いてAを加えると)IVD HA(ヨド ハーとなり、テトラグラマトンの数値、26を含む。またこれは知性体に属する名前)AHII(エヘイイも表している。ここでは先の例のように、最後のヘーの場所にヨドが置かれている。第1章32節を参照せよ)。

(ヘブライ語でChIIM(ヒイム)は「生き物」を意味する。旧約聖書の我々の(英語)版では「running water」と訳されている。なおヒイムは複数形である)


12. 水と水の間には違いがあり、(上位の)完全な水と、(小さな顔の中にある)不完全な水がある(あるいは、峻厳と混ぜられた水である。なぜなら、別の言い方をすると)完全な憐れみと不完全な憐れみである(次に、創世記 第6章3節の神秘的な解説をする)。


13. そして主(テトラグラマトン)は述べた。「私の霊は長く人の中に留まらない。彼は肉にすぎないのだ」(この文の中で)「テトラグラマトンは述べた。」というのは、その後に小さな顔の最後の部分(である上位の構造)が形成された(この名は理解である)と知る必要がある。なぜなら、「彼はこれをまた、その名で呼ぶ」と言われる時、古き御方は隠された方法によりオカルト的に語っている。

(古き御方は、この文「彼はこれをまた、その名で呼ぶ」の代名詞「彼」で象徴される)


14. (この創世記の文の)「我が霊は人の中に留まらない」(は、小さな顔の霊の事ではなく)上位者らから来るものである。なぜなら、この霊(あるいは風、息)は広大な顔の2つの鼻の孔から出て、その流れは低位者らへと降りていくからである。


15. また、(同じ節の続きで)「しかし、彼の年は百二十年であろう」とも書かれている。ここでI(ヨド)は完全な形(10桁での単数形の部分として存在する)か不完全な形(これらが単数の中にある)のいずれかである。(そのため)ヨドのみでは(自らにより)100(が含まれているので、完全だと知るべきである。だが)2文字ならば(10桁として)2つあると示されており(そのため、合計では)120年となるのである。

(このヨドの「単数形の部分」とは、1から10までの数の事である。ヨドの値は10だからである。だが、ヨドが平方として用いられるならば、I x I = 10 x 10 = 100となる。さらに、IIならば、 I x I + I + I(あるいは、2つの文字が共に掛けられ、それから共に加えられたら) = 10 x 10 + 10 + 10 = 120となる。だがヨド = 100ならば、その桁は1桁ではなく10桁、つまり、1, 2, 3などではなく10, 20, 30などになる)


16. ヨドは単独で小さな顔の中に発現し(すなわち、広大な顔からの光が小さな顔へと降りてくると、10の小路は増大し、この10はテトラグラマトンの4文字が加わった小路らにより)1万年へと増大する。(だが、これらは広大な顔の力が、それらの場所へと受け取ったならばである)それらは、詩篇 第139篇5節に「(主は)私の上に御手を置かれます」と書かれているからである。この言葉、KPKH(ケファカ。通常は、KPKHの言葉はKPK(ケファク)と書かれて、120の値がある。だが、ここでは、女性であるHの付加音(パラゴギック)が加えられているので、5つの峻厳を表す125の数となる)

(「この10はテトラグラマトンの4文字が加わった小路らにより1万年へと増大する」という意味は、この小路らはセフィロト、1から10までの数の事である。そして、4文字が加わるというのは、10を4乗する事である。テトラグラマトンの最初の文字のIにより、10 x 1 = 10を得る。また第2の文字のHで、10 x 10 = 100を得る。第3の文字のVで、10 x 10 x 10 = 1,000を得る。そして第4の文字のHで、10 x 10 x 10 x 10 = 10,000を得る。またセム言語圏では、パラゴギック文字とは、追加の強勢を与えるために言葉に加えられる文字の事である)


17. 創世記 第6章4節には「そのころ、またその後にも、地にネピリム(巨人)がいた。」とある(この言葉、HIV(ハユ)について考えると、これも様々な名前を形成し、王国から起き上がる)。これについて、創世記 第2章10節では「また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった」と書かれている(これらは、流出の最後に世界が分離されたのを意味する。だが)この体が分割された場所から、これらの木々と呼ばれる(あるいは、マントヴァ文書では、この文を以下の様に修正している。エデンの園が分割され、7つの低位の流出が知られた。それから、世界は低位の諸世界に分割され、殻あるいは物質の霊らの住居を与えた)。ゆえに、「ここから、分割された」と言われるのである。

(ここでの「殻」とは、エレメンタルの霊らの事である。カバラでは常に、悪しきエレメンタルの霊を物質の「殻」と呼んでいる)


18. その頃、これらは地にあったが、ヨシュアが来るまでは時には従わなかった(すなわち、これらは花嫁の小路、あるいはカナンの地と呼ばれる場所には適切では無い。この地でヨシュアは巨人と出会う。この巨人、NPILIM(ネピリム)の言葉は、民数記の第13章33節でのスパイの報告で使われた他には充分には使われていない)。


19. そして、このエロヒムの子らは、ソロモン王が来て、人の娘らと交わるまでは守られていた。それらについて、伝道の書 第2章8節にVThONVGVTh(ヴェ=トノゴト)「また人の子の楽しみとする側女を多く得た」などと書かれているようにである。この文では、(女性形での)ThONVGVTh(トノゴト)がソロモン王を呼ぶのに使われていて、(通常使われるような男性形の)ThONVGIM(トノギム。アダムの子らでは無い。この秘められた暗喩により、この後者(エロヒムの子ら)は、上位の知恵の下にあるものでは無い他の霊らである。彼らについては、列王記上 第5章12節に「主は約束されたようにソロモンに知恵を賜わった」と書かれている(これらについて、より詳しくは「循環の文書」を参照せよ)

(本訳書には、「循環の文書」は含まれていない)


20. また、前の(列王記上)第4章31節には「彼(ソロモン王)はすべての人よりも賢く」と書かれている。なぜなら、彼らは人には属していないからである。


21. (だが)「主(テトラグラマトン)はソロモンに知恵を賜わった」(と書かれていたら)、これは上位のヘーであると知る(なぜなら、主はソロモンに王妃の知恵の流れを与えるからである)。「そして彼はすべての人よりも賢く」なるが、それは彼女から彼は下にて(王国への小路を通じて)知恵を受け取るからである。


22. これら(霊ら)は永遠より存在する強力な者である。すなわち(永遠あるいは)上位の世界から(峻厳を刺激する理解の世界から)である。この御名の人々、(すなわち)この御名により人々は実践してきた。


23. だが、何の御名か? それは聖なる御名、これにより人々は(様々な驚異を行うのを)実践しており、これは聖なる低位者らでは無い。さらに、実践してこなかった者らも、この(聖なる)御名で保たれてきた。


24. この「御名の人々」は「テトラグラマトンの人々」では無いと広く言われている。(そのため、この人々は御名を)奥義の神秘に関して行っておらず、小さな形では用いず、(御名そのものの)縮小もしていない。


25. (そして)御名の人々は広く(御名を語っているので)、彼らは人の一般的な概念から締め出されている。


26. 詩篇 第49篇12節に「人は栄華のうちに長くとどまることはできない」と書かれている。「栄華のうちに」ある人とは(ソロモン王のような者の事であり)、王の栄華は霊無しには、長くとどまらない(すなわち、王、小さな顔からの、霊が属する美の小路への流れの事である)。


27. 13人の王たち(すなわち、テトラグラマトンの12の音位転換に、その根源を加えたもので、慈悲の手段である)は7人(のエドムの王たち)に戦争を仕掛けた(なぜなら、先の者らの光が降りていくと、エドムの王らは自らを保てないからである。加えて、これらは慈悲と対立する最も厳格な裁きに属しているからである)。これら7人の王たちは(エドムの)地で見られ、今では彼らの器は壊れ、彼らは殻(クリポト)と呼ばれ、低位者らの間で没落していた。(これらの)9人は戦争で征服した(小さな顔の手段であり、それらについては「大聖会の書」を参照せよ。ダヴィデ王がその敵を征服したように)その支配力により(すなわち、広大な顔とその髭として13を形成し、これはその影響力と呼ばれ、自由に流れ降りる)、下降していった小路を上昇する。そして、これらの手を差し止められる者は誰もいない(上位の手段が低位者らにて増大するのを許す中、全ての裁きは細分されるからである)。

(この「御名の12の旗」、テトラグラマトンの音位転換については、序説の62節を参照せよ。また、エドムの王たちについては、私が先に述べたように、カバラ学者らから、クリポト(殻)と呼ばれる悪魔たちである。小さな顔の13の部分とは、9つの発現している部分と、4つの隠れている部分で構成される)


28. 5人の王たち(すなわち、MNTzPKの5つの文字(メム、ヌン、ツァディ、ペー、カフ)であり、裁きの根源らである)は、4人(テトラグラマトンの4文字で、慈悲の流れを生む)に激しい戦いを挑むが、彼らは留まれない(裁きと峻厳は収まり、逃げ出すからである)。

(ヘブライ文字は3つのカテゴリーに分けられる。AMShの3つは母の文字と呼ばれる。BGDKPRThの7つは二重の文字と呼ばれ、ダゲッシュ点が置かれたり置かれなかったりする状況によって、無声音となったり気息音となったりするからである。そしてHVZChTILNSOTzQの12は単独の文字である。また、他にもヘセド、ディン、ラフミム(慈悲、義の裁き、中庸)の3つのカテゴリーにも分けられる。さて、MNTzPKの5つの文字は、最も峻厳な裁きを示しており、それらの数は280 = PR = 天使SNDLPVN(サンダルフォン)や、天使IORや、アシヤー界の木の数と同値である。木々の最大の部分は実を結ばないからである)


29. 4人の王らは、4人を殺し(すなわち、テトラグラマトンの4文字は、ADNI(アドナイ)の4文字と共に結び付き、それにより)、葡萄の房のようにこれらに拠る(これら2つの御名が、IAHDVNHIとして連なるようになる)。


30. これらの間にて7つの通路(すなわち、7つの壊れた器であり、今では殻のようになり、その中には光と魂の多くの部分を含む)を除外した(すなわち、神名らの小路にて、これらの壊れた器から聖なるものを選んだ)。これらは証言者であり(すなわち、選ばれた魂らは、この世界に生まれているので、彼らは不純から逃れたと証言する)、これらの場所にはもはや留まらない(殻の下でもはや留まらない)。


31. 和らげられた樹(すなわち、王国あるいはシェキナーの小路であり、善悪の知識の樹であり、これ自身は裁きより存在するが、慈悲の流れを通じての花婿により和らげられている)は、この内に住む(殻の内に住む。なぜなら、王国は万物への支配を持ち、その足は死へと降りているからである)その枝(低位の諸世界)では、鳥らが集まり、その巣を造る(魂らと天使らが、これらの場所に住む)。その下には、陰(すなわち、殻の事である)を求める力ある動物らがいる(詩篇 第104篇20節に「あなたは暗やみを造って夜とされた。その時、林の獣は皆忍び出る」とあるようにである)。

(序説の3本の柱、あるいは生命の樹に配置されたセフィロトの図を参照せよ)


32. これは2つの小路を持つ樹であり(この文は修正した文書で修復したものである)、同じ最後へと到達する(すなわち、善悪である。なぜなら、これは善悪の知識の樹でもあるからだ)。そして、この樹は周囲に7本の柱(すなわち、7つの宮殿である)を持ち、4つの光輝(すなわち4匹の動物)が樹の周囲の4つの側面を(4つの輪で)回っている(エゼキエルの4匹の戦車の説明のように)。

(この7つの宮殿とは、第3、4、5、6、7、8、9セフィロトの事である。これらには、土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月の7つの惑星の圏の天使らの序列がある。4匹の動物、ハイオト ハ=カデシュは、創造の第一動者の推進力として第1セフィラにある、テトラグラマトンの4文字の生命を与える力である。4つの輪とは、第2セフィラでこれらに関連するものらで、4つの側面とは、すなわち地水火風の4大エレメンツの事であり、第10セフィラでそれらと関連するエレメンツの霊、シルフ、サラマンダー、ウンディーネ、ノームが住む)


33. 蛇(モーセの杖――すなわち殻――より造られたNVOH(ノガ。光輝)である)は370の跳躍をしつつ駆け上る(その32の名前に、ALHIM(エロヒム)を足したら37となり、10で掛けたら370となり、花嫁を示す。花嫁はこの蛇の跳躍を方向付けるからである。なぜなら、この蛇は聖と俗の中間の性質があるからである)。(雅歌 第2章8節で)「見よ、彼は山をとび、丘をおどり越えて来る」と書かれているようにである(すなわち、この蛇は残りの殻の上を高く飛ぶ)。蛇はその尻尾を自らの口の中の歯の間に留める(すなわち、この蛇の極であり、それにより蛇は殻と繋がり、そのもう片方の極、聖性へと向き求める)。蛇はいずれの側も通じて貫く(そのため、この蛇は上位と低位の性質を受け取ろうとする)。首領(メタトロンの事である)が起き上がると、この蛇は3つの霊らに変わる(すなわち蛇は3つの低位の殻らの性質を引き受ける)。

(この「ノガ」は、金星の惑星の圏のカバラの称号でもある。MTTRVN(メタトロンあるいはメトラトンは、第1のセフィラの知性体であり、「顔の大公」とも「モーセの支配者」とも呼ばれている。メタトロンはShDI(シャダイ、全能者)と同じ値を持つ)


34. (そしてメタトロンについて)創世記 第5章24節では「エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」と書かれている(なぜなら、このエノクが神に取られてメタトロンとなったからである)。また、箴言 第22章6節にも「エノクはその行くべき道に従って子となった」とある(すなわち子へと変わった。メタトロンはその名前NOR(ノウル)とも呼ばれ、これは「子」を意味するからである)。

(「エノクは子となった」などの奇妙な翻訳は、原文の「子をその行くべき道に従って教えよ」から、ヘブライ文のChNK(ハネク。「教える」)をChNVK(ハノク。エノク)と読み替える事で起きている)


35. ここではテトラグラマトンと共にでは無く、エロヒムと共にある(なぜなら、エノクは厳格の名に帰する王妃の小路と関連しているからである)。「そして、エノクはもはやその名(エノクとして)では存在しない。」なぜなら、エロヒムが取られたからであり、この御名の下で呼ばれるであろう(この御名は天使らに伝える事ができ、その第一の例は天使らの首領、すなわちメタトロンにあるからである)。


36. 裁きの3つの家が与えられており、それらは4つある(すなわち、IHVの3文字で、理解を表しており、テトラグラマトンの4文字を生み、エロヒムの名前の母音点で示される。なぜなら)裁きには4つの上位の家(先に述べたテトラグラマトンの4文字)と、4つの低位の家(ADNI(アドナイ)の4文字で、王国に属する)がある。レビ記 第19章35節に「あなたがたは、裁きにおいても、物差しにおいても、測りにおいても、ますにおいても、不正を行ってはならない」と書かれているからである(この文の中に、これらの4つが神秘的に匂わせてある)。


37. (片方には、峻厳の)厳しい裁きがあり、もう片方は厳しくはないものである(すなわち、王国のものである)。また、天秤による裁き(これには長所と過ちの2つの皿がある)があり、また天秤によらない裁きもある。(そしてこれは)温和な裁きである(これにより、イスラエルの民は裁かれる。また、他にも)いずれの性質も持たない裁きもある(すなわち、美の小路である)。

(言うまでも無く、この「美の小路」とは第6のセフィラ、ティフェレトの事である)


38. (さらに)創世記 第6章1節に「人が地のおもてに増え始めて」と書かれている。(この文の中の)ADM(アダム)は増え始める(ダアトあるいは知識、モーセが述べた美の小路の魂だと知られる。大地の花嫁がそこへと上昇しようとすると、ここから多くの光が花嫁へと注がれる)。これについては(同じく創世記 第6章の3節に)BShGM(ベシェガム、「彼は肉にすぎないのだ」)と書かれている(このベシェガムは、MShH(モーセ)と同じ値である)。アダムは上位者(ダアト、知識)である。また「地のおもてに」と書かれている(この地のおもては、高次の王妃、理解、母を表しており、モーセはこれらの門を通じて上昇した)。


39. (このおもてについて)出エジプト記 第34章29節に「モーセは、さきに主と語ったゆえに、顔の皮が光を放っているのを知らなかった」と書かれている(ここでの、顔は母であり、肌は王妃であると知る)。これについて、創世記 第3章21節では「皮の着物」と述べられている(なぜならば、それにより王国は光が欠けているからである)。


40. (先の文にあるモーセの顔が)輝くのは、母の事だと知る。これについては、サムエル記上 第16章13節に「サムエルは油の角をとって」とある(この油とは知恵の事であり、角あるいは油からの光輝とは、理解が示されている)。角以外には塗るものは無いからである(すなわち、塗油は常に母を通じて流れ落ちる)。ゆえに、詩篇 第89篇17節に「我らの角はあなたの恵みによって高くあげられるでしょう」と述べられている。(また)詩篇 第132篇17節にも「私はダヴィデのためにそこに一つの角をはえさせる」とある(すなわち、王妃は母からの流れを受け取る)。これは10番目の王であり(すなわち、王国の小路の事であり)、母であるヨベルの角から来ている。


41. これについては、ヨシュア記 第6章5節に「そして祭司たちが雄羊(ヨベル)の角を長く吹き鳴らし」と書かれている。これはヨベルの光輝、第10(の小路)であり、母により王冠を与えられている。


42. (これは)角であり、角と霊を受け、ヨド ヘーの霊を、ヨド ヘーへと修復するであろう(すなわち、小さな顔に霊が与えられる時、その母は同様に与え、それはQRN(カラン、角)、輝きであり、父から小さな顔が受け取ったものを増大させる)。そして、これはヨベルの角である。またIVBL(ヨベル)は、テトラグラマトンの最初のH(ヘー)である。そして、このヘーは全てにおいて走る霊である(なぜなら、母は来るべき世界であり、その復活の時には万物は霊を受け取るからである)。そして万物はそれらの場所へと帰還するであろう(ヨベルのように、来るべき世界においてもである)。


43. これらについて、AHH IHVH ALHIM(アハー テトラグラマトン エロヒム! 「ああ、テトラグラマトン エロヒムよ!」)と書かれる。(最初の)H(ヘー)と(第2の)H(ヘー)が現れる時、テトラグラマトンはエロヒムと呼ばれる(裁く者のようにである。なぜなら、来るべき世界では、多くの力が働くからである。これは)完全な名前である。そして、これについて、イザヤ書 第2章11節では「その日には、主(テトラグラマトン)のみ高くあげられる」と書かれている。片方のヘーがもう片方のヘーと向き、ヨドが取り去られたら、この世界に復讐が来る。そしてテトラグラマトンと呼ばれるアダム無しには、この世界は存在せず、万物は破壊されていただろう。そのため、「テトラグラマトンのみが」などと書かれているのである。


44. これらが、隠され、王の神秘を含んだものであり、「隠された神秘の書」と呼ばれる。祝福されるは、ここに入ったり出たりし、その小路や道を知る者である。


ゾーハル 大聖会の書 1
↑ 明かされたカバラ


*1 実際には1節のようである。
*2 聖書にはこのような文は無いが、レビ記 第10章10節の「聖なるものと俗なるもの、汚れたものと清いものとの区別をすることができるため」が近い。