ゾーハル 隠された神秘の書 3

ページ名:ゾーハル 隠された神秘の書 3

第3章


1. (小さな顔の)髭の形は9つだと言われる。それにより、隠されたままにあり(すなわち、他の4つの形は、小さな顔からは見つけられない)発現せずに、上位にあり崇められる(すなわち、これらの性質とそれ自身は、小さな顔を指してはいないが、にも関わらず、別の方法により小さな顔へと降りていく)。

(広大な顔の髭には13の部分があり、そのため他の4つの形とは、小さな顔の9つの髭と、広大な顔の13の髭との違いであると理解する必要がある)


2. そのため、これは最も素晴らしく整えられた髭である。その毛は耳の孔の前より始まり、口の始まりにまで吊るされている(これは第1の構造である)。


3.(口の)この始まりより、他の始まりへと進む(これは第2の構造――すなわち、上唇の髭である)。


4. 2つの鼻の孔の下より、毛で満たされた道があり、それは見えない(これは第3の構造である)。


5. 頬を片面からもう片面へと広げられている(これは第4の構造である)。


6. この中に薔薇のように赤いリンゴがある(これは第5の構造である)。


7. これらの吊るされるひと房の毛は、強く黒く、胸にすらある(これは第6の構造である)。


8. 唇は薔薇のように赤く、覆われていない(これは第7の構造である)。


9. 喉から降りて首元まで覆う短い毛がある(これは第8の構造である)。


10. 長いのと短い毛が降りる(これは第9の構造である)。


11. ここで見出せるものは、強く堅固である(これは、その中で自らの黙想を導く者である)。


12. 詩篇 第118篇4節に「私は悩みの中でיה(IH、ヤー、神)を呼ぶ」と書かれている。ここでダヴィデ王は(これらの)9つ(の構造)を思い起こさせている。(さらに続く詩句の)「もろもろの国民はわたしを囲んだ」により、これら(先に述べた9つの構造)が彼を取り囲み、守護する。


13. (創世記 第1章12節に)「地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた」と書かれている。


14. これらの9つ(の小さな顔の小路)は、完全な御名(すなわち、これらを産む理解あるいは母からである。彼女はיהוה(IHVH)の御名に属するからであり、これは表現されたテトラグラマトンで隠されたエロヒムであり、ここから9つの力を形成する)から展開する。そして、これらは完全な御名へと植えられる。創世記 第2章8節で「またיהוה אלהים(IHVH ALHIM、主なる神)は、(エデンの園に木々を)生えさせた」と書かれているようにである(すなわち、完全な男性と女性の御名のこれらの9文字は、園の如きものである――すなわち、活動する小さな顔である)。

(「表現されたテトラグラマトンで隠されたエロヒム」という表現は、テトラグラマトンは文字の母音点とともに書かれているのを意味する。これらは「9つの力を形成する」のは、IHVHの4文字とALHIMの5文字を共にすると9つになるからである)


15.(小さな顔の)髭の構造は、上位者が低位者となる時には13と見出せる(すなわち、広大な顔の髭が、その光を降ろした時の事である。だが、低位者(これは小さな顔を指す)の中では、これらはその内の9つのみを見る)。


16. 22文字は、それらの色の形である。これは白き炎の上に黒き炎で律法が与えられた時*1のみならず、通常の書くものでもそうであり、なぜなら髭は黒いからである。

(ヘブライ文字の数は22ある。「黒き炎」と「白き炎」は、それぞれ小さな顔と広大な顔の髭の色である)


17. これ(髭)を考えよ(すなわち、述べた事を理解せよ)。眠る中で髭を見る者を考えよ。「眠る時、その上の髭をその手に取る者は、主の平和と共にあり、その敵は服従する。」

(この「上の髭」とは口髭の事である)


18. (触れるのを求めるならば)さらに上位の髭もある。慈悲(広大な顔の髭の称号である)の中に存在する上位の光から起こる低位の光は、小さな顔の中にある、より単純なやり方による慈悲だと呼ばれる。だが、これが光の中にて活動するならば、それは輝く。それにより、これは豊富な慈悲と呼ばれる。

(他の版では、文はこうなっている。夢を見て、この人の髭に手で触れる者は、主の平和と共にあり、その敵は服従する。なぜなら、この唯一のものを眠っている中で見るからで、その者が上位の髭であろうものを見る価値があるならば、より多くの事が起きるであろう。このため、上位にあるものは慈悲と呼ばれ、低位者へと照らされる。だが、小さな顔の中では――(以後略))


19. 創世記 第1章20節に「水は生き物*2の群れで満ちよ」と書かれている(ח-יה(Ch-IH、キアー)、生き物はここではそう記されている)。

(この節には、本章の最後に置いた注釈が属しているので参照せよ)


20. יה(IH、ヤー)と言われるように(ח-יה(Ch-IH、キアー)と、正当なマントヴァ文書では書かれており、これはחיה(ChIH、キアー、生き物)の言葉を、理解の第8の小路(セフィラ)から出たものだと説明し、ヤーの御名の水であり、父と母として示されている。そして)前者の光が後者(すなわち、水に動くもの)に拡張されると、万物はそれらの種を同時に瞬時に再創造する――良き水と悪しき水が(すなわち、神的で聖なるものと同時に、爬虫類の形の魂により象徴される地上の生き物と人の再生もある)。


21. (なぜなら)ישרצו(IShRTzV、イェシュラツ)、「生き物で満ちよ」と述べる中、これらは生命の動きを持ち、ある形から瞬時に別の形へとなる。上位の生き物、低位の生き物、良き生き物、悪しき生き物と。


22. (そのため、創世記 第1章26章では)「そして神(エロヒム)は言った。我々は人を造ろう」と書かれている。ここでは、האדם(HADAM、ハ=アダム、この男)とは書かれておらず、単にアダムであり、完全な御名にて作られた高次の者のアンチテーゼとしてである。

(この高次の者、アダム カドモン、「天の人」については、序説の55節を参照せよ)


23. かの者が完成した時、この者もまた完成する。だが、男と女として完成する。これは万物の完成だからである。


24. (そのため、この時にはこう言われる)יהוה(IHVH、ヨド ヘー ヴァウ ヘー)は、男の性質(と表現される)。そして(これらと加わる)אלהים(ALHIM、エロヒム)は女の性質(と表現される。また、王国とも呼ばれる)。

(この「王国と呼ばれる女」とは第10のセフィラ、マルクトの事である)


25. (そのため)男は拡張し、(この者が持つために)その仲間らを形成する、いわば力を再生させる。

(「男の仲間ら」とは、共に小さな顔を形成する6つのセフィロトの事である)


26. この再生の力により、かつて滅びた王たちは復活し、安定を獲得する(光が狭い通路を通じて降りてくると、より乏しくなっていきつつも、低位の知性体らはそれらを保有できるからである)。

(この「かつて滅びた王たち」とは「エドムの王たち」、「アンバランスな力の諸世界」、「天の人の姿のために存在できない者ら」の事であり、やがて来るであろう。序説の41節と56節を参照せよ)


27. (これらの王で象徴される裁きの)厳格さは男のものであり、始まりにて熱烈であったが、終わりには緩められよう。女の場合は、反対の規則がある。


28. (この御名の形の例として)ויה(VIH)(これには、男が2つの文字を持つが、女は1つのみである。また、男の側は始まりには長く、その後には短くなる文字を持つ。また、この形では)繋がりのチャンネルは、その覆っているものの下で短くなる(すなわち、上位の文字らは結婚の結び付きで疑い無く繋がっているが、ヴァウの文字によりこれらは取り囲まれている。またこの場所にある)ヨドは小さく(基盤の象徴である。なぜなら女の)異なった形で(すなわち、彼はH(ヘー)の中に隠されているとしても、このヘーは上位では無く低位のものだからである)彼は見出せる(また、全ては裁きである。なぜなら、上位の流れが欠けているからである)。


29. だが、これらの裁きを静めるためには、老いたる者が求められる(すなわち、テトラグラマトンの最初の文字י(I、ヨド)の、יה(IH、ヤー)、王冠をかぶった父で表される、その頂点の事であり、広大な顔と呼ばれる)。


30. この厳格な裁きは低位者らで起きる。花嫁のヘーが、ヨドとヴァウの2文字にレヴィアタンの概念の下で加えられるように、蛇は女のもとへと来て、彼女の中に悪の住居として不純さの核を作るからである。


31. それらは創世記 第4章1節に「人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、את קין(ATh QIN、アト カイン)を産んだ」と書かれるが、これはקינא(QINA、カイナ)、悪霊らの住処であり、混乱と悪が起きた(「魂の循環の文書」をさらに参照せよ)。

(この「魂の循環の文書」は、本訳書の中には含まれていない)


32.(だが、このויה(VIH)の御名は、יהו(IHV)のように書かれるならば)この者(すなわち先に述べた上位者と、また)これらの2人(すなわち父と母、また両性具有の小さな顔とその部分の)類と(ヴァウ単独で、小さな顔とその花嫁を象徴するので)その種(ヨドとヘーは父と母として分離して置かれるので)の中にて回復する。


33. (だが)これらは特別(これらの配偶者を表す)や一般(すなわち、小さな顔とその花嫁のように父と母)に含まれる(ように)、足と腕、右と左にもある(すなわち、計算の余りで、2本の側線の中に共に集められ、その真ん中の線はヴァウとヨドを表している)。


34. (だが)これ(すなわち、上位の均衡)は、その側面に分割される。なぜなら、ヨドとヘーは父と母として表わされて置かれるからである。(だが別の均衡として)男は女と一致する(両性具有者のようにである。なぜなら、最後のヘーが加えられていないからである。そのため、)יהו(IHV)(が形成されている)。


35. י(I、ヨド)は男(つまり父)であり、ה(H、ヘー)は女(つまり母)であり、ו(V、ヴァウ。だが、これは両性具有である。なぜなら)創世記 第5章2節に「彼らを男と女とに創造された。彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた」と書かれているからである。


36. (それゆえ、また)男の姿と存在は、玉座の上に座っており、それはエゼキエル書 第1章26節に「またその玉座のような形の上に、人の姿のような形があった」と書かれているようにである。

(この節は、ヘブライ文字の形による人の姿でのテトラグラマトンそのものを暗に述べている。י(I) = 頭、 ה(H) = 両腕、 ו(V) = 体、 ה(H) = 両足である。序説でのヘブライ文字の表を参照せよ)


注釈

先に述べた19節に属する


1.「水は生き物の群れで満ちよ」には別の説明もある。この場合、カルデア語の言い換えでは、ירחשון(IRChShVN)と言われ、これは動きを一般的に意味する。「その(神の)唇が動き囁くならば、義の心と純粋な精神からの祈りのように言葉が作り出され、水は生ける魂を生み出す」と言われるようにである(この意味は、命の生成の働きについてである)。


2. そして、人が主の御前で祈りを唱えるのを望み、その唇をこのように動かすならば、(その祈りは)彼から上へと上昇し、主の威厳のために、泉の底より起き上がり溢れかえる豊富な水へと向かう(すなわち、知恵から理解が流出する)。それから(この泉は豊富となり、)外へとあふれ出て、その流れは至高の場所から降りていき、豊富な水の場所より下り、一つに一体となって各小路を流れていき、最後の小路にまで至る。彼女の豊富な恵みが、至高の場所から下へと全て行きわたるためである。

(この泉とは、上位の母のה(H、ヘー)である)


3. そして、このような者は、全てのこれらの繋がり、すなわち、真にして義の黙想の繋がりを保ち、その全ての懇願は、それが崇拝の場所(神殿あるいはシナゴーグ)でなされようとも、個人的な祈りであろうとも、叶えられる。

(このような者とは、真摯に祈る義人の事である。また「これらの繋がり」とは、各小路の事である)


4. だが、この者が主に望む懇願は、通常は9つの方法により捧げられる。


5. それらは以下のように行う。(1)文字により行う。あるいは(2)最も聖にして祝福された神の属性、慈悲深い、寛大などを祝する(それらは、出エジプト記の第34章6節の祈りの文などに従う)。あるいは(3)最も聖にして祝福された神の尊き御名を用いる。例えば、אהיה(AHIH、エヘイエ。王冠に関して)、יה(IH、ヤー。知恵に関して)、יהו(IHV、ヨド ヘー ヴァウ。理解に関して)、אל(AL、エル、荘厳に関して)、אלהים(ALHIM、エロヒム、峻厳に関して)、יהוה(IHVH、ヨド へー ヴァウ ヘー、美に関して)、צבאות(TzBAVTh、ツァバオト、勝利と栄光に関して)、שדי(ShDI、シャダイ、基盤に関して)、אדני(ADNI、アドナイ、王国に関して)。あるいは(4)10のセフィロト、数を用いる。それらは、מלכות(MLKVTh、マルクト、王国)、יסוד(ISVD、イェソド、基盤)、הוד(HVD、ホド、栄光)、נצח(NTzCh、ネツァフ、勝利)、תפארת(ThPARTh、ティフェレト、美)、גבורה(GBVRH、ゲブラー、峻厳)、חסד(ChSD、ヘセド、慈悲)、בינה(BINH、ビナー、理解)、חכמה(ChKMH、ホクマー、知恵)、כתר(KThR、ケテル、王冠)である。あるいは(5)父祖、預言者、王らといった義人の祝典による。あるいは(6)その中に真のカバラがある雅歌や詩篇により。あるいは(7)主との一致を、名誉ある行いとして宣言する方法を知るならば、これら全てに勝る。あるいは(8)下から上へと上昇する方法を知るならば。あるいは(9)至高の場所から下へと流れをもたらす方法を知る者らである。そして、これら9つ全ての方法は、非常に強い集中と注意が必要である。なぜなら、そうでないならば、サムエル記上 第2章30節の「わたしを卑しめる者は、軽んぜられるであろう」というようになるからである。

((1)の「文字により」とは、神秘家のカバラ学者による、文字の神智学的な値の事である。(2)での出エジプト記 第34章6-7節とは「主、主なる神、憐れみあり、恵みあり、怒ること遅く、慈しみと、真との豊かなる神、慈しみを千代までも施し、悪と、咎と、罪とを許す者、しかし、罰すべき者をば決して許さず、父の罪を子に報い、子の子に報いて、三、四代におよぼす者」の事である。(3)ここでの神名はいずれもセフィロトと関連づけられている。(4)10のセフィロトである。(5)祈りの望みと類似した者を用いる。(6)目的を得るための詩句を用いる。(7)神性のカバラ的な発展である。(8)小路による。(9)8番目の逆である)


6. また、ここではאמן(AMN、アーメン)という言葉についても黙想してみよう! この言葉には、その中に2つの御名、יהוה(IHVH、ヨド ヘー ヴァウ ヘー)とאדני(ADNI、アドナイ)が含まれている(先のאמן(AMN)と、יהוה אדני(IHVH ADNI)を足した両者は、同じ91の値がある)。この中には、宝物庫の中にある幸運と祝福もあり、היכל(HIKL、ハ=イェカル、宮殿)と呼ばれる(この言葉の値も、אדני(ADNI、アドナイ)と同じであり、この名前はテトラグラマトンの宮殿だと言われる。なぜなら、この助けにより、最初の場所が発音されるからである。また、第2の場所では、יאהדונהי(IAHDVNHI)という風にそれぞれ文字を混ぜ合わせていく)

(A + M + N = 1 + 40 + 50 = 91である。また、I + H + V + H + A + D + N + I = 10 + 5 + 6 + 5 + 1 + 4 + 50 + 10 = 同じく91となる。同様に、 H + I + K + L = 5 + 10 + 20 + 30 = 65となり、 A + D + N + I = 1 + 4 + 50 + 10 = 同じく65となる。ユダヤ人は、聖書を読んでいる時にיהוה(IHVH)の言葉を見たら、少し止めて、それを発音しないか、אדני(ADNI、アドナイ、主)の言葉を代わりに唱えている)


7. これは、ハバクク書 第2章20節で「しかし、主はその聖なる宮にいます、全地はその御前に沈黙せよ」で述べられる事で指し示されている(היכל(HIKL、ハ=イェカル、神殿や宮殿)、הס(HS、ヘス、沈黙を保つ)、אדני(ADNI、アドナイ、主)。これら全ては同じ値、すなわち65がある)。

(H + S = 5 + 60 = 65である)


8. この理由から、敬虔な記憶にある我らが賢者らは、人の全ての良きものは、その家の中にあると神秘的に述べている。それらについて、民数記 第12章7節では「彼(モーセ)は私の全家に忠信なる者である」と書かれている。これは、「彼は全てにおいて私と共にある」というのと同じである。


9. だが、祈りの形の9つの部類(先の5節を参照せよ)を行うために慎重に黙想する者がいたら、彼は主の御名を称える者である。そして、サムエル記上 第2章30節で「私を尊ぶ者を私は尊び、私を卑しめる者は軽んぜられるであろう」と書かれた者に属する。私(神)はこの世界での彼を称えて、彼を保ち、必要なもの全てを与えよう。地の全ての国々が、彼が主の御名を呼ぶのを見るためである。そして彼らは彼を畏れるであろう。来るべき世界(死後の来世)でも、彼は義の幕屋(神の宮殿)の前に立つ価値ある者とされるであろう。


10. それゆえ、そのような者は必要なものは無くなる。なぜなら、彼は主の特別な摂理の下に保たれ、正しい行いとして神を黙想できるからである。


11. だが、「私を卑しめる者は軽んぜられるであろう」の文については、どう理解すべきか? そのような者は、御名との一致を始めたりせず、真理とも繋がっておらず、上位者を求める場所へと引き出したりもせず、主の御名を称えたりもしない。そのような者は創造されなかった方が良かっただろう。それよりもさらに、アーメンと唱える際に、注意して黙想しない方が良かったろう!


12. その理由から、特に(祈りで)唇を動かし、純粋な心で水を清める(べく瞑想する)者については、創世記 第1章26節で「神(エロヒム)はまた言われた、『我々にかたどって人を造り』」と明白に書かれている。正しく像や似顔と一致する方法を知る者について、言われるようにである。そして彼らは海の魚などを支配するであろう。


これらが注釈である


ゾーハル 隠された神秘の書 4
↑ 明かされたカバラ


*1 タルムードの言い伝えの中では、モーセが受けた律法の石板は、白き炎の中に黒き炎で書かれていたという内容がある。
*2 原書では、生きる魂の爬虫類。