アブラメリン 2-5

ページ名:アブラメリン 2-5

第5章 神聖魔術のための特別な日は無い


 神聖魔術は善霊によって明かされた神の秘密を除いて、いかなる特別な時間も日にちも必要条件としない。
 我らの真の魔術では、正しい日を見つけるのは簡単である。神が自ら律法に示しているのだ。ある日は他の日よりも良くは無いが、我々が自らの決断や悪魔の囁きではなく、創造主の日を尊重したら神はお喜びになるだろう。
 父祖たちから毎週土曜の安息日、ユダヤ暦の1月15日の過越の祭と7月15日の仮庵の祭*1が向いている。他の祝日はトーラーの、特に第3の書(レビ記)の23章に書かれている。
 今日では、我々(ユダヤ人)の苦難と屈従は大きい。我々の敵どもは神への奉仕を行うのを妨害している。たとえそうでも、神は憐れみをもって我らを見ており、その聖霊を通じて明かしている。これは彼の天使の第3の幻視を通じて語られた。
 誰もが主の祝日を祝うことが出来る。どのような環境にあろうとも、ユダヤ人であろうとキリスト教徒であろうとイスラーム教徒であろうと。主は彼ら全てを憐れみにより認めているからだ。祝日が祝れないなら、神と天の霊たちはそれをお知りになり、知恵を与えるのではなく罰を与えるだろう。
 敬虔な民すべては彼らの場所で敬虔に振る舞うすべを知っている。ユダヤ人、キリスト教徒、異教徒、イスラーム教徒は何が正しいか知らなくても、彼らは我々の学者やラビに尋ねる事が出来る。彼らは助言を与え、人々はどのような宗教を信じていようとも、それに従うべきだ。神はモーセとそれに続く学者やラビ達にその聖なる天使を通じて明白な指示を教えている。生贄や手の込んだ祝祭は不要である。神が望むことすべては、謙虚で敬虔な生活のみである。
 過ぎ越しの祭の翌日から始める必要はないが、この日は多くの理由から最も良い日である。この作業の終わりの日が、仮庵の祭の1日目となるからだ*2。これがなぜ我らの父祖が最も良い時と考え、天使も勧めていた理由である*3。我が忠告に従う方が、汝自身で異教の日などを頑固に決めるよりも良い。
 私はエレメンツや星々を尊重せず、作業をする者は神との関係のみが必要だと考える。これは日にちやエレメンツや星々よりも、より重要な事である。これは重要な事なので慎重に読むのだ。
 エレメンツや星々に力があるのは事実である*4。これらは日々を変えている。だがこれらの変化は霊的、超自然的な事には関係せず、地上的、自然的な事のみに影響している。この間違いは私に、これらの過失と、どのようにそれらを避けるべきかについての特別な章を書く原因となった。


アブラメリン 2-6
↑ アブラメリンの書


*1 マサース注。過越の祭は、ほぼ3月か4月の春分の日で、我々の復活祭と些か関連しており、ユダヤ人の最初の月、ニサンかアビブの月の15、16日から始まる。仮庵の祭は第7のティシュリーの月(9月か10月)の半ばから始まる。
*2 マサース注。真の薔薇十字の知恵の秘儀参入者らは、春秋分の観察により、この時期に特有の力があるのを知っている。
*3 マサース注。このアブラハムの言葉は、明らかにその守護天使の事を意味している。
*4 マサース注。ここではアブラハムは、先の章で私が注記した事をある程度は認めている。