アブラメリン 1-5

ページ名:アブラメリン 1-5

第5章


 旅人が外国の旅をして、多くの土地を見ていても、それらから有用な経験を得ていないならば充分では無い。そのため汝に良い例を示すために、私はこの章では世界を旅している途中に出会った様々なこの術の神秘と、それらの様々な学への判断と理解について語る事にしよう。一方で次の第6章では、私が幾らかを学んだり見てきたこれらの事、私が出会ったこれらが、実際には真か偽かを再び検討しよう。私が汝に先に既に述べたように、我が魔術の最初の師はマインツのラビ モーシェであった。彼は勿論、良い人物であったが、真の神秘、真実の魔術には完全に無知だった。ラビは様々な異教徒の書から集めた、特有の迷信的な秘密のみに自らを捧げていて、それらは多神教徒と偶像崇拝者のナンセンスと愚かさに満ちていた。そのために、良き天使や聖霊らは、訪問と対話をする価値が無いと判断しており、悪霊らは馬鹿らしいほどにラビを嘲っていた。これらの悪霊は時にはラビに自発的で気まぐれに話しかけ、罠にかけるべく下劣で不敬で無益な事へとラビに従うように命じて、ラビを欺き、さらなる真理とこの偉大な学の確実な基盤を探究するのを防いでいた。


 パリのアルジャンティーヌ地区では、ジェームという名の、博識でとても技量のあるという評判のキリスト教徒と私は出会った。だが彼の術は大道芸人あるいは杯とボールの使い手の芸であり、真の魔術師のものでは無かった。


 プラハの町では、私はアントニーという名の25歳の邪悪な男と出会った。この者は実際に私に驚異的で超自然的な事を見せているが、神は我らにかくも大きな過ちに陥るのを守っていよう。なぜならこの不名誉な嫌われ者は悪魔と契約を結び、自らの身も魂も与え、神と全ての聖人らを捨てると誓っていたのを私に認めていたからだ。その結果、欺くレヴィアタンはこの男に40年間の生涯と快楽を約束していた。アントニーは契約に従うべく、あらゆる努力をして、私を同じ過ちと惨めさの奈落へと引きずり込もうとしていたが、私は最初は彼から離れるようにし、最後には去っていった。そして今日に至るまで、人々はこの男に起こった恐るべき末路を語っており、主なる神はその憐れみにより、我らをこのような不幸から守っていよう。これは我々に、全ての悪を行ったり致命的な好奇心から遠く離れる事への、反面教師の警告として仕えよう。


 オーストリアでは私は(魔術を使えると称する)多くの者らと出会っているが、彼ら全ては愚か者か、ボヘミア人*1のような者らであった。


 ハンガリー王国では、神も悪魔も知らない者らと出会い、彼らは獣よりもひどかった。


 ギリシアでは、多くの賢く分別のある者らと出会ったが、彼ら全ては異教徒であった。彼らの中でも、荒野に住んでいた3人の賢者らは、私に大いなる事を示した。それらは、たちまちに嵐を引き起こしたり、夜に太陽を出したり、川の流れを止めたり、昼間を夜にしたりというもので、それらは全て、まじないの力と、迷信的な儀式を用いる事によってであった。


 コンスタンティノープルの近くのエピハと呼ばれる場所では、まじないの代わりに特別な数を用いて、それらを大地に描いて魔術をなす者らがいた*2。それらによって、彼らは特有の途方もなく恐ろしい幻視を起こしていた。だがこれらの術全ては実用には使えず、魂と肉体を失うのみである。なぜなら、これら全ては、特有の(悪魔との)契約によってのみ働くもので、真の基盤が無いからである。またこれらの術は実行に非常に長い時間を必要とし、さらに非常に偽りのもので、これらの者らが魔術に成功しなかったら、彼らは常に1,000の嘘と言い訳を用いていた。


 そして同じコンスタンティノープルの町では、我らの律法に従うシモンとラビン アブラハムという名の2人の者と出会った。彼らはマインツのラビ モーシェと同類といえよう。


 エジプトでは、最初に私は賢者の評判のある5人の者らと出会った。そのうちの4人、すなわち、ホライ、アビメク、アルカオン、オリラクは、惑星と星座の運行の方法によって作業をなして、さらに多くの悪魔的な呪文と、不信心で冒涜的な祈りを加えており、その全体の実行は大いに困難なものであった。そしてアビメルと呼ばれる5人目は、悪魔の助けにより働き、この悪魔に対して彼は彫像を用意し、生贄をなし、よってこれらの忌々しい術により悪魔に仕えていた。


 アラビアでは、人々は植物、薬草、宝石や普通の石を用いていた。神の慈悲は私をそこから帰させてアブラメリンに出会うように啓明した。この方は私にこの秘密を宣言し、聖なる神秘、神が我らの父祖に与えた真にして古の魔術の泉にして真の源を開いた。


 またパリでは私はヨセフと呼ばれる賢者と出会った。この者はキリスト教信仰を捨ててユダヤ人となっていた。そして、この者はアブラメリンと同じやり方で真に魔術を行っていたが、その完成からは遥かに遠かった。なぜなら、義なる神は自らを拒絶した者らへの、完全、真実にして本質的な宝を与えるのを決して許さなかったからだ。にも関わらず、彼らの残りの生涯は、世界で最も聖にして完全な者らといえよう。私は偽りを喜ぶ悪しき支配者に自らを委ねる、多くの者らの盲目ぶりを考える時に驚かされる。そして悪魔自身に妖術や偶像崇拝、あれこれの方法により自らを捧げて、結果として自らの魂を失うのである。だが真理は偉大すぎており、悪魔はかくも欺き悪意があり、世界はかくも脆く忌わしいので、物事は他のようにはいかないと、私は認めざるを得ない。そのため我らは目を開き、以下の諸章で私が書き記す事に従い、悪魔のものにせよ、人のものにせよ、魔術を自慢する本のものにせよ、違う道には従わないようにせよ。真に汝にこれから私が述べるものは、アブラメリンと出会うまで知らなかった多くの術について書かれており、その質はかくも偉大だからである。そして、唯一の神があるように、これはオボルス銀貨*31枚の価値も無い諸書の1つでは無いのは事実である。だが人々はかくも盲目であり、これらの偽書を極端な値で買い、彼らは金、時間を失い、労苦をなし、さらに酷い事に多くの場合、彼らの魂も同様に失うのである。


アブラメリン 1-6
↑ アブラメリンの書


*1 ジプシー、ロマ人のこと。
*2 まるでピュタゴラス学派の生き残りのようである。
*3 マサース注。かつて用いられていた基底の貨幣で、その価値は約半ペニーである。