アブラメリン 1-3

ページ名:アブラメリン 1-3

第3章


 先の章で述べたように、父の死後すぐに私は、真の知恵と主の神秘の探求へと乗り出した。そしてこの章では、良きものを学ぶために通過していった国々について簡潔に述べるとしよう。そしてこれらは、暖炉の周囲で少女らが座って(お喋りする)ような、些細で無価値な追求で汝の若さを浪費しないための、規則と例として仕えるであろう。全ての状況において自らが無知であると知る事よりも、嘆かわしく人にとって無価値なものは無いからである。多くを学ぶために働いて旅をしていても、祖国から遠く離れても身を処するのを知らない者は、自らの家でどう行うか学んだ者よりもなおも知らないであろう。そのため、我が父の死後、私は4年間を兄弟姉妹らと共に過ごして、我が父が持ち私に残したものを、どのように有益に用いるかを慎重に学んでいた。そして我が資力が支出に対して不十分なのを見て、我が仕事と取引の全てを力の及ぶ限り落とすと、私は旅に出て、まず最初にヴォルマティア*1よりマインツへ行った。ここに住むと言われるモーシェという名の非常に老年のラビを探してであり、我が探究が得られるのを望んでの事だった。だが、先の章で述べたように、このラビの学は真の神の知恵に基盤を持つものでは無かった。私は彼の下で4年間過ごし*2、そこで惨めに時間を浪費し、私が知りたいと望んだ全てのものを学んだと自らに言い聞かせて、父のいた家に帰る事のみを考えていた時、サムエルという名の我が宗派(ユダヤ教)のボヘミア出身の若者と軽く出会い、その語り口や生き方は、この者が主の道とその聖なる律法に従って生き、歩み、死ぬのを望んでいると私に示していた。私は彼に強く友情を結ぼうとして、自らの全ての感情と意図を示した。サムエルは彼の父の兄弟に加わり、コンスタンティノープルへと旅をする準備をしていた。さらにその後は我らの父祖らが住んで、その過ちから神により追い出された聖地(イスラエル)へと向かう予定だった。神は強く望んだので、サムエルは私を共に旅するようにと誘い、私はその旅に付き合うのを強く望むのを感じ、全能の神がこの方法によって私を目覚めさせようとしていると信じた。我らが旅を共にするようにお互いに言葉を投げかけて誓うまで休めなかったからである。


 1397年2月13日、我々は旅を始めて、ドイツ、ボヘミア、オーストリアを通過し、それからハンガリーとギリシアを通ってコンスタンティノープルへと到着した。そこで我々は2年を過ごし、サムエルは突然の病で亡くなってしまったが私は諦めようとはしなかった。自らが独りであるのを見出し、旅への情熱が私を占めて、ある場所から別の場所へと彷徨い続けて、最終的には私はエジプトへと到着し、そこでも4年間、ある方角から別の方角へと常に旅を続けていたが、その間にラビ モーシェが私に教えた魔術の試みを実践すればするほど、私はそれらに満足しなくなっていた。我らが古き国(イスラエル)へと私は旅を向けて、そこで私は1年ほど住居を構えたが、惨めさ、不幸、不満足以外の何も見なかった。この後、私はあるキリスト教徒と知り合い、彼もまた私が求めていたものを探していて、共に合意をすると、我々はお互いに強く望むもののために、アラビアの砂漠へと向かった。我々はここに、義と博識な者らが邪魔されずに学ぶための場所があり、そこで彼らは我々が求める術にも自らを捧げていると聞いており、確信をしていた。だがそこで我々は受けた困難に値するようなものも、注意を払う価値のあるものも何も見つけ無かった。もう先には進まずに、我が家に帰ろうという突飛も無い考えが私の頭に浮かんだ。私はその事を旅の仲間に話すが、彼は自分はまだ先に進むのを続けて、幸運を求めたいと述べたので、私は彼と別れて帰る準備をした。


アブラメリン 1-4
↑ アブラメリンの書


*1 マサース注。「Vormatie」とは、ヴォルムスの町の政庁のある地区で、古くはラテン語で「Vormatia」と呼ばれていた。
*2 マサース注。先の章では、アブラハムはここで10年間この学習の道に留まったと述べている。